ハイスクール・デイドリーム
ShiotoSato
ハイスクール・デイドリーム
プロローグ
―――01―――
「あっつ……」
電車から降り立った途端、むせ返りそうな程の熱気が襲い掛かって来る。
立ち尽くしていると、それだけで体力を奪われていき……。
(……こ、コンビニ入ろ)
改札を出て左手にあるコンビニ。さながら、私にとってのオアシスだ。
この駅に通うことになってからは毎日のように出入りをしているので、店員さんにそろそろあだ名の一つでも付けられている気がする。
いや。自意識過剰だってば。
頭の中でくだらないことを考えている内に、私の足はさっさと改札前まで辿り着いていた。
そのまま出場しようとして――
(……?)
ふと、頭上から聞こえて来るピーピーという甲高い音。
視線を向けると、鉄骨の隙間に納まった小さな巣から、ツバメの雛がちょこんと顔を出していた。エサを求めて一生懸命に鳴いている。
別に珍しい光景ではない。
それなのに何故か、目が離せなかった。
雛は、成長すれば自分の翼を広げて飛び立って行く。
子供は、成長すれば大人になる。
いずれ大人になるから、子供は"子供"と呼ばれるのだ。
「どけよ!」
「え?」
不意に怒号が聞こえ、訳も分からずその場から立ち退く。 -
声の方を見ると40代くらいだろうか――男の人が不快感を露わにしてこちらを睨んでいた。
「え、あ、すいませんっ」
そこで初めて、通行を妨げていたことに気付く。ここは改札の真ん前。
「ったくガキがよ、ホント$%&#――」
彼は小さく文句を言うと、そのまま改札をズカズカと通って行った。
「…………」 .
(そりゃあ私が悪かったけどさ……。何もそんな態度取らなくたって良いじゃん)
'
フン。大人は大人でも、ああいう大人にはなりたくないね。
―――02―――
「おはよー」
「あ、おはよう
教室の扉を開いた途端、一人の女性が駆け寄って来た。
,
「今みんなで、お出掛けのプランを立ててたのよ。夏だしどこか行きたいねって」
「お出掛け……良いね。
「違う違う。立案者はアタシ~」
窓際で手をひらひらと振りながら、
~
「……私は山が良いんですけど」
「ん?」
「山です。凪咲さん」
楓が縋るような目で私を見て来る。
なんだ……様子がおかしいぞ?
「ど、どうしちゃったのアレ?」
'
「……譲らないのよ楓ったら。私と華は海に行きたい、って言ってるのだけど」
なるほど。夏の定番レジャー論争、海vs山。多数決で2vs1か。
^
「凪咲さんがこっちに付いてくれれば、まだ戦えるんです……」
「ふぅん……」 .
-
「な、何ですか?」
「私の裁量次第では楓の絶望顔が見れるって訳か」
悪戯心に火が付く。これほど必死な彼女の姿は見たことがないからね。
「……っ! そんな殺生な!!」
「どーしよっかな、う~ん」
-
「私、金槌なんです……。海とか無理ですよっ!」
「え~……でもなぁ」
~
わざとらしく悩むフリをすると、楓が普段からは想像もつかないほどの切ない表情を私に見せてくれた。
(……メッチャ可愛い)
ヤバい。
男子高校生みたいな感想しか出て来ない。
あんまり意地悪するのは可哀想か、ここら辺で――
「おーいみんな、席に着いて。
「あ、先生来た」
見計らったかのようなタイミングで教室に入って来たのは、白衣に身を包んだ細身の男性。
「先生、今日もマッドサイエンティストみたいな格好して。ハロウィンまだだよ」
,
「コスプレじゃねーっつの」
華への鋭いツッコミが炸裂する。カフェインよりも目の覚めるツッコミだ。
みんながそれぞれの席に着くと、先生はゆっくりとした調子で話し始めた。
「はい……みんな出席、と。今日は宿題について話すから、キチンと聞くように」
「宿題?」 '
「うん。もうすぐ夏休みに入るけど……みんなには、学期末の宿題として」
そこで言葉を区切り、何やら教卓の中を漁りだす先生。
-
ややあって彼が取り出したのは……。
「それ……原稿用紙ですか?」
楓が眼鏡を煌めかせながら、訝しげに訊ねる。
~
「そう、これを提出してもらいます」
先生は、それぞれ数十枚にも及ぶ原稿用紙を私たちに手渡した。ずっしりとした紙の重みが二の腕まで伝わって来る。
「ま、まさか読書感想文?」
「う~ん……ちょっと違うかな。というか、胡桃は読書感想文がイヤなのか」
「イヤに決まってるじゃないですか、あんなの……。文章を書くのは苦手なんです」
苦虫を噛み潰したような表情から察するに、よっぽど嫌らしい。胡桃がこんな顔をするのも珍しかった。
'
「ダルいよねぇ読書感想文。課題図書とか指定されたら、好きな本すら読ませてくれないし」
「そうそう……。華も悩まされて来たのね?」
二人のアンチ読書感想文トークが白熱する。
それを遮るようにして、先生は大きく咳払いをした。
「はいはい、脱線しない。読書感想文じゃないって言ってるでしょう」 ^
'
「……それじゃあ、これは一体?」
全員に配られた原稿用紙。少なくとも、何かを書く宿題であることは明白だ。
しかし……何を書けというのだろう?
「みんなに書いてもらうのは――」
すると先生は意を決したように、私たちを見遣って言った。
「小説です」
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