津雲楓の場合
———09———
「すごい人だかりですね……」 '
楓の言葉に、みんなも頷く。
`
夏休み前最終日。
今日は予定が合ったので、ここまでの努力も労う形で竹下通りを訪れた。
'
……私はまだ書き終わってないけど。
「アタシ達と同じような思考の学生がわんさか居るね」 ゛
通りの手前から奥の方までも、基本的に人で埋め尽くされている。
なかでも制服姿の中学生や高校生が多く見受けられた。
^
「これだけのお店があると……何だか目移りしちゃうわ」
「胡桃は来るの初めてなの?」 ,
「え、ええ……」
'
胡桃は力なく頷く。意外だ。
都心住みの彼女なら、てっきり何回も訪れていると思っていたけど。
「私に任せて下さい。こう見えて流行には敏感なので」
「お、頼もしいね」 '
楓は眼鏡をクイッと上げると、そのまま先陣を切って歩き出した。
―――10―――
竹下通りを一通り満喫し、私たちは再び別の場所へと向かい始める。
.
「いやぁ、満足満足」 ^
「流石に買い過ぎじゃないですか……それ」
'
華の手元は、大量のアクセサリーで溢れ返っていた。まさか全部付けるつもりだろうか。
「結局これだけしか買えなかった……」
'
物悲しそうに呟く胡桃。
キャラクターが印刷されたファイルを、彼女は大切そうに眺めていた。
`
「沢山買えば良いってものでもないよ。むしろ買い物上手と言える」
'
「ちょっと、耳が痛いんですけど~……」
手に持ったアクセをジャラジャラと鳴らしながら、華が口を尖らせる。
その姿が可笑しくて、全員思わず吹き出してしまっていた。
,
宛ても無く、ぶらぶらと都会の街並みを歩く。
特に示し合わせたりはしてない筈なのに、気が付けば私たちの足は、渋谷の方へと向かっていた。
^
ビルの切れ間に垣間見える空が、少しずつオレンジ色に色付き始めている。
'
「そういえばさ……アレって結局どうなったんだっけ?」
突然、思い出したように華が口を開いた。
「アレって?」 ^
「ほら、海に行くか山に行くか……」
`
言われて、そういえばそんな話があったな、と思い出す。
_
楓は断固として山を推し続けていたけれど、今はどうなんだろう。
彼女の方をチラっと見ると、何やら難しい顔を浮かべていた。腕組みしながら。
「山です。絶対に山じゃないとダメ。山オンリー」 '
^
「…………」
ダメだコイツ。埒が明きそうにない。
まあ、私が山に行きたいと言えば済む話ではあるけれど。
'
肩を怒らせながら、楓が先頭を歩く。
すると――その前方から一つの人影が迫って来るのが見えた。
^
明らかに私たちの元へと、一歩一歩近付いて来ている。
'
(誰だ……?) `
注意深く様子を窺っていると、その影はやはり、私たちの前で立ち塞がった。
「え、あの……何ですか?」 _
気圧された様子で楓が話し掛ける。
「え、お姉ちゃんたち可愛いね。あのさ、良かったらお茶してかない?」
^
小汚いシャツ。ワックスがてらてらと輝き、色落ちした金髪。
その正体は如何にも軽薄そうな、絵に描いたようなナンパ男だった。
背丈は楓よりも一回り大きく、余計に圧を感じてしまう。
,
「……あなた、どういうつもりですか?」
すると突然、胡桃がグイっと彼の前に躍り出た。 '
^
「え? どうって……」
_
「私達みたいな高校生をナンパして……警察呼びますよ」
「は、はあっ!? いやアンタらどう見たって――」 .
男が素っ頓狂な声を上げる。 '
その隙を見計らい、咄嗟に私は胡桃の手を掴んだ。
「み……みんな、ほら行くよ!」
^
「ちょっと何するのよ! まだ話は終わってない!!」
,
私はナンパ男に軽く会釈をすると、強引に胡桃を引っ張りつつ、全員でその場を後にした。
「……ああいう手合いとは、関わり合いにならないのが一番でしょ!」 '
そんな苦し紛れの理由で、みんなを説得しながら。
^
―――11―――
「じゃあ、明日みんなで見せ合おうね!」
,
夏休み前最終日、その前夜。
華の一言でグループ通話は終了した。
'
「…………」
休む間もなく再び楓に掛け直す。
すると、3コールほどで彼女の声が聞こえて来た。 .
「凪咲さん……? どうしました?」
「あの、えっと……少し良いかな」
私はなるべく角が立たないようにしつつ、華や胡桃の時と同じ話題を振った。
^
「学校に来た時の話……か。私は別に構いませんけど、知ってどうするんです?」
'
「その、個人的に知りたいと思ったんだ。嫌だったら全然……」
,
「いえ。嫌なことなんかないですよ」
スマホのスピーカー越しに聞こえる彼女の声色は、いつも通り透き通っている。
'
「……これは華さんや胡桃さんにも、まだちゃんと話していないんですが」
そう前置きすると、彼女は少しずつ語り始めた。 '
「私が今の人生を歩んでいるのは、小説のお陰でもあるし、小説の所為でもあると言えるんです」
゛
彼女にとっての「小説」とは、それ程に大きなものだったのか。
「実は何冊か、書籍化してて。私の書いた文章が」 '
`
「え……書籍化って……?」
突然の言葉に思わず狼狽えてしまう。
書籍化――文字通り、彼女の書いた小説が売り出されたということである。
'
「出版社のコンテストに出した物が、まぐれで受賞しちゃったんです。そこから小説家デビューをして……」
^
誇れることの筈なのに、彼女の声の調子からは決して、自慢する時のような気概は感じられなかった。
,
「それからは学業を棒に振って……ひたすらに書きました。それこそ、筆の執り過ぎで指にマメが出来るくらい」 '
私なら、そんな集中力は続かないと思った。
受験期の時ですら、指にマメなんて出来た覚えが無い。 ^
「周りからも期待されていたし、私もどこかで、自分には才能があると信じたかったんでしょうね。でも結局……実を結ばなかった」
,
「…………」
^
「途端に将来の不安が襲い掛かってきて……。もう手遅れだったんです」
゛
当然、小説家として食っていける人間なんて一握りだろう。私もそれは分かっている。
それでも、楓の話を聞いて、何だかやるせない気持ちに囚われた。
^
「でも……一瞬でも夢を見ていた自分を、否定はしたくない。夢を見続けるのが悪いことだなんて、そんな風には思いたくないんです」
'
そう前向きに捉える彼女の姿勢に、思わず襟を正す。
`
「ごめん、よく知らずに……小説の書き方教えてとか言っちゃって」
,
「そんな……謝らないで下さい。まあ最初はビックリしましたけど……結構アレ、嬉しかったんですよ?」
'
彼女は嬉々としてそう語った。
「この一週間の皆さんを通して……小説を書く楽しさを、思い出せましたから」
^
小説を書く楽しさ。
私はまだ……掴めていない気がする。
「凪咲さん。私からも気になること、ひとつ訊ねて良いですか?」
'
「え? ああ……うん」 ,
予想だにしなかった言葉に戸惑いつつも、私はそのまま質問を促した。
`
「凪咲さんは医者志望、でしたよね。その……どうして医者を目指そうと思ったのかが純粋に気になってて」
^
「ああ……」
どこまで正直に答えるべきか、一瞬ためらってしまう。
それでも出来るだけ包み隠さず話そうと決めた。
'
「最初は……大勢の人を助けたいとか。でもそれは建前で、本当はもっと不純な動機だったよ。お金がたくさん欲しいっていうね」
`
「…………」
「でもある時、病気の子達と出会ったんだ。極めて症例の少ない病気でね……だんだんと仲良くなっていくうちに、ああ、私はこの子達を助けたいなって思うようになって」
自分の声が、なんだかやけに響いて聞こえる。 ^
「でもね……その子達、とっても幸せそうなんだ。会う度いつも楽しそうで。それを見てると、何だかどっちが幸せなのか分かんなくなって来ちゃって」
`
ずっと悩まされ続けて来た。
もちろん、医者でない私がどうこう出来る話ではないのだけれど。
'
「そんなこと考えるのはいけない、病気を治すべきだって分かってるのに」
^
「…………」
「病気が治れば、その子たちは現実に直面することになる。きっと辛い思いをする」
,
でも、病気のままでは……その子達に未来が無い。
'
「……本当の幸せを見抜けない私は、医者になんか向いてないんだよ」
゛
一通り話し終えると、ややあって楓の声が聞こえて来た。
「それくらい患者のことを思えるのなら、凪咲さんはきっと……なれますよ。お医者さんに」
^
「……ありがとう。そうだと良いな」
なるべく感情を出さないように、彼女の言葉を噛み締める。
気が付けば、悲しいような切ないような気分が、私の心の内を蝕んでいた。
'
「凪咲さん。遅いですし……そろそろここら辺で」
「あ……うん。ゴメンね、付き合わせちゃって」
,
「いえ。それじゃまた明日、学校で」
効果音とともに通話が切れると、部屋の中には静寂が訪れた。
(…………)
さて、私も早く小説を完成させるとしよう。
おわり
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