第6話 異世界転生 週五、三時間アルバイト

 ガチャン


 「あ! 扉が空いた! どうも初めまして! 僕はここの隣室に引っ越してきた……!?」

 「遅い! じゃなかった……。お初にお目にかかります。このマンションで今日からお世話になるクラウ……!?」


 二人は俺の姿をみるや否や固まってしまった。


 どうやら本当に俺がここにいることを知らなかったみたいだな。


 「あ、あんた! 何でここに!!」


 それはこっちのセリフなんだよな。


 「そりゃここの住人だからだよ。」


 「ゆうと君もここの住人なんだね。」


 リイスの方は割りと冷静だな。


 「そうだな。ところでお前らはここで何をしてるの? まあ聞かなくても大体わかるんだけどさ?」


 「何でわかるのよ!? 気持ち悪い!!」


 二日間張りつく発言したやつの方が気持ち悪いわ。


 「話し声が聞こえたからだよ。」


 「そんな事を聞いている暇があるなら直ぐに出なさいよ!」

 

 「まあこっちにも色々考えとかあったからさ。」


 今から何かされるんじゃないかと心臓がドキドキしてるというのが理由なんだけど。


 「とにかく一つだけ言っとくよ。引っ越しの挨拶をするのは構わないけどチャイム鳴らして出てこなかったらその家の挨拶は後回しにしろ。」


 本当に張りついて警察とかのご厄介になってもこちらはこの世界の常識の関係上助けられないからここは一応忠告をするよ。


 「そうなの? 僕てっきり挨拶が完了するまで持ち場を離れてはいけないのだと……」


 過酷すぎるだろ。


 「この世界にそういう堅苦しいのはこの場面ではあまりないから。」


 「で、でも他の奴らはこういう」


 「鵜呑みにするな。そいつらはお前を嵌めようとしたんだよ。」


 冗談とか面白半分とかの表現の方が正しいのかも。

  

 「なっ!?」

  

 クラウは表面上キツそうだけど騙しやすそうな感じだからな。


 「だから他の神様が言ってきた常識なんたらは基本無視していいから。じゃあそういう事で。俺はもう寝るからまたいつの日か会おう。」


 俺は扉を閉めようとする。


 ガシッ。


 瞬間ドアの隙間から手が現れる。


 「待ちなさいよ? あんたこのまま私達とはいさよならする気?」


 「する気。」


 何でリイスがここにいるとか謎はあるが一先ず無事は確認できたしこれで異世界どうこうに対して特に心残りはないからな。


 異世界の救済をするという目標を立てておいてここで離脱するのはどうなのっていう疑問が一瞬浮かび上がったがそれはそれ、これはこれである。


 もう状況が状況だしな。

 

 一応それに関してさっきまではやる気があったのだが、あくまでリイスの身云々やこちらの世界には戻れないからこれから他の世界で生きる為にやっていこうという気持ちがあったからである。


 チート能力という非日常が加わってしまったのが不安要素ではあるがこうして五体満足な状態で平和な日本に帰ってこれた以上俺自身が関与する理由がない。


 クラウには申し訳ないが他を当たってもらいたい。


 「そんな素っ気ない返事でこっちが納得すると思ってるの!?」


 「納得出来なくても納得するのがこの世界の常識だからな。」


 それが事実だから仕方ない。


 他人の訳のわからん案を妥協するのが常みたいなものだし。


 「だからお前らとは今後一切関わらないから。じゃ早く危ないから手を離してくれ。」


 「イや! 話をするまでこの手は離さない。」


 強情なやつめ。


 もういい。


 あまり面倒な事にはしたくなかったがそっちがその気ならこちらは然るべき組織に連絡を入れて対応を……


 「ゆうとちょっといい?」


 俺があれこれを考えているとリイスが声を挟んできた。


 「なんだ? 悪いが今はお前の話を聞くことは出来ない。それよりクラウに引き下がるように説得を頼む。」


 「いやそれは困るなあ。」 


 「何でだよ? 別にお前が困る理由なんて」


 瞬間リイスは扉の隙間から少々怖い顔で俺を見る。


 「ねえゆうと。何で僕がこっちの世界にいると思う?」


 「なんでって……」


 そりゃ異世界人が別の世界にいるのは転移能力を使ったとかだろう?


 元々能力がなかった俺もそれは経験済みだしというかそれ以外の理由はわからない。


 「まあ普通に考えて転移だよな。」


 「そうだね。じゃあその転移ってどうやったら使えるようになるの?」


 そんなの決まってるだろ?


 元々ある能力か、持ってなければ転生して転移で……?


 いやまさか、そんなはずは。


 「なあリイス? お前元々転移能力って使えたのか?」


 俺はある一つの予感を頭に思い浮かべそれが外れていてほしいと願う。


 「そういう能力云々は元々僕にはないよ。そしてこの今も。」


 ……なるほどね。


 「クラウ。一つ聞かせてほしい。」


 俺は先ほどからずっとドアに圧を入れ続けている神様に話を聞くことに。


 「何よ! やっと話す気になった!?」


 あんまりドアに力入れるのは止めろ。


 ちゃんと閉まらなくなるだろうが。


 「一応。なあ? 今さらだけど何でここにリイスがいるんだよ? 危険だからこの世界に招待したとかそういう事か?」


 それをするメリットがわからないけど神様には神様の考えという物があるんだろうよ。


 「招待なんかじゃないわよ!?」


 「じゃあ?」


 「転生よ! 転生! この子はさっき一度魔物の群れに襲われて死んでしまったのよ! だから転生させて用事を済ませる為にここに連れてきたの!」


 そういう事かよ。


 「つまりね? 君が約束をする前に意図せず発動したあの転移の後、僕はあの場に集結した魔物達に殺されたんだよね。いや、神様から転生初心者だからとかの説明はあったから別に恨みがあるとかじゃないよ?」


 俺は異世界で初めて出会ったヒロインを救えなかったと。


 異世界転生序盤にしてはハードすぎないか?


 てか怒ってないとかそういう割にはめちゃくちゃ笑顔がこわいんだけど。


 本当は俺の事をものすごく恨んでいるんだろ?


 そうなんだろ?






 リイスは深呼吸するとクラウに加勢するかのようにドアに圧を入れる。


 「でも正直それだけじゃあ僕の心の怒りは解消されないんだよね。いや君が悪くないのは重々承知しているけどね? だからさ、話をしようよ? ここであったのはきっと神様のお導きなんだろうし。」


 でしょうね。


 だってこの場にその神様自身もいるんだし。


 という軽いツッコミは置いておくとして


 「話をさせてください。お願いします。」


 俺はその場で土下座した。



 



 


 その騒動の後俺は二人に落ち着いて話をするという条件のもと自宅の中に通し、リビングにあるテーブルの椅子に座らせた。


 「飲み物は何がいい?」


 確かジュースがあった気がするけど異世界人と神様の口に合うのだろうか?


 「適当でいいわよ? 今日は話をしに来ただけだし。」


 「僕も同じく。」


 そうですか。


 ならここは普通にジュースでいいか。


 俺は冷蔵庫にあった物を取り出して二つのグラスに注ぐと二人の元に運んだ。


 「どうぞ。」


 「ありがとう。」


 「……ありがと。」


 俺はそれを渡した後話をする為に二人の向かい側の席に腰掛ける。


 「で? 話というのはあれか? たまたま見つけた腰抜けに罰を与える為の内容に関してか?」

 

 最悪今から速攻で病院送りになることも覚悟している。


 まあこういうのアニメで見たことないからそうなるかどうかは知らないが。


 「あんた私達がそういう事をするために話し合いをしに来たと思っているの!?」


 「そりゃ……」


 だってさっき玄関先で怖かったし。


 俺が手を震わせているとクラウが優しそうな目で見てくる。


 「はあ……そんな事しないわよ。別に日本にはそういうつもりで来たわけじゃないし。」


 「そうなのか? てっきりそうなのかとばかり。」


 「まああんたが途中で異世界から抜けてしまった事に対して怒り心頭なのは事実だけど別にそれはわざとって訳じゃないんでしょ?」


 「そりゃまあ……。」


 考えなしだったとは言え目的は帰還という見慣れない能力がどういう物なのか試したかっただけだし。


 「だったら特におとがめはないわよ。リイスもそれでいいわね?」


 「神様がそういうなら僕からは何も。」


 よし。


 ならこれで全て解決だな。


 だったらここはお二人には早々にお引き取りを……とはならないよな。


 なんかこれだと俺のしでかした事とその結果に対して不完全燃焼のなあなあで終わりみたいな感じになってしまうよな。


 そう思った俺は改めてリイスに向かって謝罪として頭を下げる。


 「本当にごめん。俺がいなかったせいでお前がひどい目にあった見たいで……」


 本人が目の前にいるから多少は薄れるが、守るみたいな事を言っておいてこのような結果はあまりにも情けない。


 「もう気にしなくてもいいよ。それに君が来なかったら神様に見つけてもらえずに僕は転生出来ないままあの場で終わっていたわけだし。」


 それを結果オーライと言っていいかは微妙だけどな。


 とこの件は改めて後で償う事にして今は聞きたいことがある。 


 「そういえば何でここにリイスがいるんだ? 転生云々は俺と同じような感じなのはわかるけど何でこの世界?」


 異世界人が命を落として転生は特にツッコむところではないがその理由が思い当たらない。


 もしやこの日本にも何か不安要素があってそれを解決するためにここに来たとかなのか?


 「本当はあんたと同じで適正が高いから異世界の脅威に立ち向かって貰うために他の世界に転生をさせようと思ったのよ? でも」


 「僕が言ったんだ。ゆうとに会って話をしたいと。」


 怒っているからだよな。


 「そう。とはいっても本来はそういう個人的なお願いを聞き入れるわけにいかないんだけどこちらのミスでチート能力が用意出来なかったからそのお詫びとしてここに連れてきたのよ。このまま転生させてはいさよならはどうかと思うし。」


 「え? チート能力が用意出来ないってなんだよ。」


 「自分の胸に聞けばわかると思うけど?」


 あれか?

 

 俺に全ての能力とやらを与えたせいで他の転生者に与える力がないという事か?


 この場合ちゃんとその辺の管理はしっかりしろポンコツ! 俺に全部やらせる気か! と言うべきか、それともまだ見ぬ敵がヤバイやつばかりだからそこは仕方ないと言うべきなのか。


 難しいな。


 





 


 「話は理解した。それでこの世界には来たと。」


 要は転生させたはいいが戦う事が出来ないリイスをこの日本という魔術と魔物とは縁のない安全な場所に連れてきたという事か。


 「そう言う事。それじゃあ次はあんたの話ね。」


 クラウはリイスの方に顔を向ける。


 「リイス、先に帰ってなさい。ここから仕事の話になるから。」


 「わかったよ。」


 リイスはクラウから鍵を貰い席を立つとこの家から出ていった。


 「あれか? やっぱり死んだ人間はここにはいちゃいけないから速攻異世界に戻れとかそういう事か?」

 

 お前に能力全部与えたんだからこんな所でサボるなというのは当然の思考だろうな。


 やれやれ。


 そういう事なら最後に自室の整理だけさせてくれとお願いしようかね。


 俺にとってはそれがこの世界で唯一の心残りだし。


 俺はクラウにこの世での最後の頼みごとをしようと口を開こうとした。


 「いや別に? あんたがここにいるのは私から与えられた自分のチート能力を使った結果だから特には何も。こちらのお願いさえ聞いて貰えれば好きにして貰って構わないわよ?」


 これまた意外な回答がきたな。


 てっきり俺の意見の後に


 『あんたの意見なんか通るわけがないでしょ!? そんな事をする暇があるなら世界の一つや二つ救う!!』

  

 とか突っぱねられそうな予感がしたけど杞憂だったみたいだな。


 とりあえずよかった。

 

 いやしかし最後の言葉が気になるな。


 まあ何を言っているのかはわかるが。


 「お願いというのは世界の救済だよな?」

 

 「当たり前でしょ!? こっちがあんたが心ぱ……こき使わせたくてチート能力を渡したんだからそれくらいはして貰わないと困る!」


 これに関してはイメージ通りと。


 期待を裏切らないという意味では良いやつだな本当に。




 

 「それであれか? 今から異世界に言って欲しいとかそういうのか? それならちょっと待ってほしい。急いでいるのはわかるがこちらも腹ごなしをしたりとか色々あるから……」


 「いや? もう今日は休んで貰って良いわよ?」


 こりゃまた意外な回答だな。 


 「あまり余計な事は言いたくないけど、こんな所でゆっくりしていて大丈夫なのか? 事態は一刻を争うとかじゃ……」


 急ぎかどうかまで知らないが神様が敗れたんだしこれに間違いはないと思うが。


 「そこは大丈夫。」


 「なんで?」 


 「そりゃあんたが日本にいる間は他の神々になんとかしてもらえるようにさっきまで交し……勝手に向こうからお手伝いがしたいとお願いされたから。」


 なるほどね。


 交代制という訳か。


 「それなら全部神々とやらにお任せを……と言いたいけどそいつらは敵に勝てないんだな?」


 「えぇ。弱い敵とかならまだしもその世界の脅威の中心存在に対しては間違いなく負けるわね。」


 殺される危険があるのに敵地に乗り込むとは立派なもんだわ。


 「だからあんたには他の神が対応出来ないこの世界の一日三時間、週五のアルバイトとして異世界に行って欲しいのよ。」


 やはりそう来たか。


 アルバイトで異世界をすくなんて長々ハードだなぁ。


 ん?


 「え? アルバイト?」


 

 

 


 



 


 

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