第8話 全国制覇が不可能になった
「総長代理。今、総長の病態は?」
加奈子はキャメルの煙草を吸い、それから息を吐き出した。
「顔面の半分と、右腕と、歩行機能を失った、
らしい」
訊ねてきた族員は顔を強張らせた。相当ショックを受けているのだろう。
「会えないんですか」
「今は会わないほうがいい。総長も気持ちの整理がついていないだろうから」
短くなった煙草を踏みつけて、それからバイクに跨がった。そして月夜を見る。
「そういえば、そろそろ流星群が流れるんだったな」
二百年に一度の流星群。それが一ヶ月後、この街から望めるらしい。
――街にはある噂が存在している。それは流星群に願うと一抹の奇跡が起こるかもしれないということだ。
乙女心をくすぐる都市伝説だが、そんなものは信じないほうがいい。
そういえば、初めて馬新零夜に入組したとき、葵総長は揺らめいた瞳でこう語っていたっけ。
――いつか、五十万人の族のバイクのコール音をこの世界に鳴らしたいんだ。
そんな話を聞いたとき、正直馬鹿か? と思ってしまった。しかし、葵総長は本気だった。
事故が起きるまでは――。
勢いよくキックレバーを踏む。するとエンジンは唸り声を叫んだ。
「じゃあな。もう今日は解散だ」
「はい‼」
猛スピードでバイクを走らせる。
それから信号待ちの時、もう一度煙草に火を付ける。
総長が願っていた全国制覇の夢、もう叶うことはないだろう。そしてあのカリスマ的存在の葵総長が身障者になってしまったことで、この族は求心力を失った。もう、終わりだ。
アクセルを吹かして、そのあとギアをアップする。
―――――――――――――――――――――――――――――
「そろそろ、流星群の日だね」
私は大炊に車椅子を押されていた。
ここは病院の屋上。私は日の光を浴びたかったがために大炊に頼んで連れてきてもらった。
「星なんて、私、興味なんてねえよ」
すると彼はクスッと笑った。
「流星群に願い事をすると叶うらしいよ」
「・・・・・・大炊くんは自分の病気が寛解することを願うの?」
「いいや。僕は、君が幸せになれることを願う」
そして彼は私の前に来て左手を取った。
「一緒に幸せになろう。必ず君のことを幸せにしてみせるから」
「なにそれ、プロポーズ?」
笑ったことが原因で、表情筋が痛んだ。でもそんな痛みがどうでもよくなるぐらい幸福だった。
流星群に願うなんて、とてもセンチメンタルなことじゃないか。女々しいとも思う。でも彼はその力を自分のためじゃなくてふたりのために使おうと言ってくれている。
だが思ってしまうのだ。
彼のような尊い存在に、見合うような女では到底ないそんな私。面構えは崩れ、人を殴る腕は潰れ、もう二度とバイクには乗れなくなった。
暴走族の総長ではない私に、生きる価値なんてあるのだろうか。
――――――――――――――――――――――――――――
私は彼が帰った後、つぅっと涙が溢れた。
星に願うことが出来るのならば、私の命の代わりに彼の病気が治ることを祈ろうと思った。
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