第5話 大炊の矛盾した心境

 葵が病室に来なくなってから二週間が過ぎた。

 僕は彼女のぬくもりや、抱き締められないことになってしまったことを後悔していた。

 しかしそれでも、彼女には気づいてほしかった。もう僕たちの夢を叶えなくてもいいことを。僕の傍にずっといてほしいことを。

 しかし葵はなんとかして全国制覇を果たそうとしている。それこそ、そのことが僕の餞にしようとするみたいに。

 すると扉をノックする音が聞こえた。

 入室してきたのは、若菜だった。

 若菜とは、葵とよく遊んだ仲だった。

「よう、大炊くん。ケーキ買ってきたよ」

「ありがとう」


 フォークでショートケーキを切って、口に運ぶ。甘い味がする。

 若菜がさほど深刻そうな表情はせずに、

「大炊くん、もう余命が半年なんだって?」

「すっげーずばっと言うね」

「多分それが関係しているんだろうけど、葵が暴走を始めている・・・・・・この前なんか中部地方を絞めている暴力団の界組と会合して、みかじめ料を支払うことを約束していたわ。地方の族との喧嘩を見過ごしてほしいからって」

 僕は思わず泡食った。それは本当なのだろうか。


「ねえ、もう葵を止められるのは大炊くんしかいないよ」

「僕でもダメだったよ。たぶんそれは、中学の時にした約束が原因だと思うんだ」

「どういうこと?」

「全国制覇という夢を果たしたいっていう葵のことを応援するようなことを言ったのは、他でもない僕なんだ。でも、今は違う。・・・・・・けれど中学の時の夢を叶えることが僕のためになると本気で思い込んでいそうだね」

 若菜は嘆息をついた。


「思い込みか。恋は盲目・・・・・・」

「来週、僕は退院なんだ。もう自宅療養をしないかと主治医から言われてね」

「じゃあ、また会ってよ。葵の気持ちが少しでも変わってくれることを願ってさ」

 うん、と僕は頷いた。でも、本当に変わるだろうかと心配でもあった。

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