第4話 最強の女を目指すようになったきっかけ

 二年前――。

 中学生だった私と大炊。大炊は溌剌とした顔で私の肩に手を回した。

 ここは校舎裏。ヤンキー達がたむろし煙草を吸っている。


「なあ大炊、お前も煙草吸えよ」

 金髪の学生がそう言っても、大炊は首を横に振る。


「煙草、苦手なんだよ。別に副流煙はいいんだが、吸うと肺がさきゅっと締め付けられる感覚が嫌なんだよ」

 するとこの学校の番長が現れた。


「よお大炊。それと葵。元気か?」

「元気っすよ。なあ葵」

 私は頷いた。


「これ、やるわ」

 そう言って大炊に手渡したのは発泡酒だった。

 顔を思わずしかめる大炊。

 その表情を見た番長は剣幕を露わにする。


「俺が買ってやった酒が飲めねえっていうのか?」

「いや、違うんだ。・・・・・・わかったよ。飲むよ」

 大炊がプルタブを開けようとしたとき、私はその缶を奪って一気に煽り飲みした。

 場が凍りつく。

 番長がそしたらくつくつと笑った。


「お前、俺は大炊に買ったんだぞ。お前に向けて買ったわけじゃないんだ。三百円ぶん、きっちり払ってもらわないとなあ」

 私はその言葉を聞いて、気持ちが悪い、と思ってしまった。


「そうだな。フェラやってもらおうかな」

「おい‼」

 大炊が番長の胸ぐらを掴む。

「てめえ。人の女に何言ってやがんだ――」

 その刹那、番長が大炊の腹を殴った。大炊は歯を食い縛って膝を折る。

 私はむくっと立ち上がって、にやにや笑いをしている番長の足を掬った。地面に頭をぶつけて、そいつは顔が歪む。

 後ろで立ち上る番長の傘下達。


「大炊くん、逃げな」

「で、でも・・・・・・」

「大炊くんは、こんな鼠たちのグループにいるべきじゃない。早く逃げて」

 大炊はそれを聞くと走って校舎の中へと逃げ隠れた。

 背中を羽交い締めにされ、胸を鷲掴みにされた。

「全員で強姦してやるよ。覚悟しやがれ」

 私はにやりと笑って、やれるんならやってみな、と煽った。


 それからものの数分でヤンキー達を無力化した。

 そして去り際、番長が苦し紛れに、

「お前、こんだけ強いんならどうして俺たちのグループに入ったんだよ」

「・・・・・・大炊くんが、ヤンキーに憧れていたからだよ」


 屋上。真夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。

 私はそこにいた大炊の隣に立った。

「大炊くん、どうしてヤンキーに憧れたの? 身体もすごく弱いのに」

「君の位置に立てば、何かが知れると思ったんだ」

「どういう・・・・・・」

 大炊はまっすぐ私のことを見てきた。


「君は、いつか全国制覇をしたいと言っていた。でも、僕にはその気持ちの全てはわからない。全国を統一したところで、なにも変わらないような気がするんだ。結局は暴力だろ? そんなものに、惹かれる何かはあるのか? 慕ってくれる人間は現れるのか? 忠義や忠誠心は二次的なものかもしれないけど、それすら生まれない気がするんだ。違うか?」


 言葉を失ってしまった。でも、ここでなにかを伝えないと私の信念や根性がひん曲がってしまう気がした。

「大炊くん、私たちは外圧を受けていると思うんだ。うまいように往かない人生だったり、病気に苦しんだり、そんなものに少しでも反骨したくて、私たちは闘う。それが決意、覚悟の一種」

 私は煙草を咥え火を付けた。

「どうするの、大炊くん。ヤンキーになるの、ならないの?」

 大炊は私の許へ近づき、抱き締めてきた。


「全国制覇、応援するよ。影ながらね」

 それに私は笑い、

「高校三年間の間で、絶対制覇して見せるから。大炊くんには五十万人の族のバイクのコール音、聞かせてあげるから」

「それは五月蝿そうだ」

 彼はそう言ってはにかんで見せた。


 しかし、その後彼の身に振り掛かったのは膵癌という難病だった。

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