第3話 くすぶった炎

 私は発泡酒を飲みながら、肩に腕を回してくる軽薄な男の褒め讃えを聞いていた。


「いやー、葵ちゃんは可愛いねえ。どう、このあと一緒にセックスでもする? 満足させられると思うよお」


 そんな下品な言葉にも愛想笑いを返し、怒りを酒の煽り飲みに変える。

 ここは六本木のバー。馬新零夜の美女三人(その中に私も含まれている)は中部地方を統治している暴力団「界組さかいぐみ」と会談をしている。

 煙草を灰皿に潰した男は、私の太股を触った。いや、触ったというより嘗めとるように、触れたという表現のほうが正しいかもしれない。神経が跳ね上がるように感じたことが、忌々しくもあった。


 他、美女二人の名前はまず若菜。そして加奈子だ。

 馬新零夜のカーストでは、上位三組が総長の私、副総長である若菜、総長代理の加奈子。

 界組は若頭の大木を筆頭に、その部下の北川と瀧本だ。


 容姿を顕す言葉として、この男たちは任侠を体現しているといったところだろうか。

 まず私の隣で、私に甘い言葉を囁きかけている大木の右腕には大蛇のタトューが走っている。肝が座っていない人が彼のことを見れば畏怖してしまうことだろう。


「で、君たちは俺らになんの要求を飲ませようとしているの」

 私はまっすぐ大木の目を見た。彼の瞳はほむらのように揺らいでいた。


「中部地方の暴走族のチームとの抗争で、介入だけはやめてもらえないでしょうか」

「ふーん、そうしたら連中に支払ってもらってるみかじめ料は君たちが払ってくれるの?」


 みかじめ料。この場合のそれは暴走族が暴力団からの圧力から逃れるために一ヶ月二十万ほど払う放任代のことだ。

 煙草失礼します、と言って咥え煙草に火を付ける。



「私たちは、族員から金を徴集することは出来ません」

「おいコラ。葵っつたか。てめえあんまり俺らを舐めんなよ」

 そうイキリ言い放った北川のことを睨む。


「私たちにはOBがいます。関東で言えば和田組の若頭の妻であったり、闇金を経営していたり、いろいろ資金源はあります」


 和田組の名前を出したら隣の大木が私の胸ぐらを掴んだ。


「和田組さんの名前を出すことが、どんな意味か分かって言ってるよな。あ?」


 和田組は全国に勢力を持っている。そのことを重々分かっているから、私は和田組の名前を出したのだ。

 しかし、これは危険な行為でもある。安易に和田組の名を出してそれでなにか和田組に不利益があれば、私はきっと輪姦されて殺される。

 若菜が怯えたようにこちらを見つめてくる。


「はい。覚悟は出来ています」

 すると、大笑いした大木。

「OK。だったらみかじめ料を倍の四十万、支払うっていうなら見過ごしてやる。それで手打ちだ」

「ありがとうございます」

 大木は大きく背もたれに身体を預けた。

「久しぶりにすっげー女に出会ったよ。どうだ、俺の女にならねえか?」

 その言葉に少しだけ考え込む素振りを見せて、でも首を振った。

「すみません。恋人がいるので」


――――――――――――――――――――――――――――――


 猛スピードで湾岸環状線を走り抜けて、それから市立病院に着いた。

 病院の手押し扉を開けて、それから階段を上がって彼の病室へと目指す。

 そして506号室。彼の病室をノックして、それから入った。

 彼は眠っていた。私が大炊の頭を撫でてやると、むくっと起きた。


「ああ、葵。おはよう」

「おはよう」

「ねえ、抱き締めてもいいかな」

「えっ、突然どうしたの? なにかあったの」

「君の温もりを感じたくてさ」


 私は煙草と酒臭い衣類なのが恥ずかしかったが、それでも大炊のことを抱き締めた。


「頼むから、普通に生きてくれよ」

「――ッ――‼」

「頼むから。お願いだからさ」

「ごめんな。大炊くん。あなたの言うことは聞けない。私には夢がある。全国を制覇して、最強の女になることなんだ」

「・・・・・・じゃあ、もう病室には来ないでくれ」

「――あなたがそう言うなら、そうする」

 すると、彼は寂しそうな顔をした。

「結局は、自分のことしか考えていないんだな」

 その言葉が、私の心臓に杭を刺すように残り続けた。

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