ひとのふり見て我がふり直せ、と申します


「リシャールさまは、ほんとうに女の人にもてるんですね」

 うららかな陽が降りそそぐ書庫。窓辺の席でのんびりとお茶を囲みながら、何の気なしに聖女さまが発したことばがはじまりでした。

「なぜそのようなことを、ダウフト殿」

 琥珀のまなざしを不思議そうに向けてきた騎士に、レネやマリーがうっとりしていましたよと聖女さまは明るく答えました。

「この間、リシャールさまが花売りの女の子を助けられたときのことを話していたんですけれど」

 いくさに明け暮れるこのご時世、<狼>たちのお膝元にもさまざまな人々が流れてきます。あまりの悪行三昧ゆえに、ある町を追い出されたごろつきたちが、ふもとの町の門をくぐるなり目をつけたのが、病気の母と幼い弟妹を養わんと籠を手に町角に立つ可憐な花売り娘でした。

 小間物売りのおかみさんから知らせを受け、馳せ参じた琥珀の騎士が真っ先にしたことは、助けを求める乙女を今まさに連れ去ろうとしていた悪漢の顎に一発見舞うことでした。

「兵隊さんたちが駆けつけたときには、リシャールさまが悪い人たちをみんなやっつけた後だったと聞きました」

 レネったら、その話をもう五回もしているんですよと瞳を輝かせる娘さんに、それは誇張がすぎるというものですよと琥珀の騎士は当惑した笑みを浮かべました。

 たしかに、嫌がる花売り娘の腕を乱暴に掴んでいた不届き者を成敗したのは自分でしたが、懲りずに襲いかかってきた男たちを完膚なきまでに叩きのめしたのは、何を隠そう老若問わぬ町のご婦人がただったのですから。

「魔物に比べりゃ大したことなかったわね、かあさん」

「リシャールさまはご無事かい? このごろつきどもめ、よりによってお顔に傷を」

 あたしゃ気が遠くなるかと思ったよと、杖を振り回しながら憤慨する老婦人の傍らでは、ぼろきれと化した男たちが虚ろな目で座り込んだり、顔を覆ってしくしくと泣きじゃくっています。ちゃちな魔物なぞ鼻息で吹き飛ばし、亭主や息子の手綱を握りしめきょうの稼ぎへと向かわせる、うるわしきご婦人がたの迫力の前に為すすべもなかったことがうかがえます。

「ささリシャールさま、どうぞ顔をお拭きくださいまし」

「いいえそんな粗布よりも、うちのリネンをお使いくださいませ」

「傷によく効く薬をお持ちいたしましたわ。我が家に代々伝わるとっておきですの」

「いい男がひとり減るのは、あたしたち女にゃとんでもない損失ですからね」

 ここはあたしが、いえわたくしがと押し合いへし合いの騒ぎを繰り広げるご婦人がたを前に、つぎつぎと手渡された布や膏薬を抱えたまま立ちつくす騎士殿を、みごとに救い出された花売り娘が熱っぽく瞳を潤ませながら見つめていたのだとか。


「まことに勇ましきは我ら<狼>などではなく、砦や町に住まうご婦人がたではないでしょうか」

 ぼやく琥珀の騎士に、よかったですねと娘さんは満面の笑みをたたえて答えました。

「きっとリシャールさまが、いつも女の人に親切にしておられるからですね」

「何しろ、すぐそばに反面教師がいたものですから」

 意外なこたえにきょとんとする聖女さまに、一瞬話したものかどうかと迷った琥珀の騎士でしたが。あの朴念仁について、ダウフト殿にはもっとよく知っておいてもらったほうがいいだろうという結論に達しました。

「俺が十、ギルバートが九つの頃、近所にマギーという女の子が住んでいましてね」

 赤いくるくる巻き毛に林檎のほっぺた、笑うとえくぼのかわいいマギーに、どうやらちょっぴり気があったらしいエクセター家の次男坊でしたが。ある時、思わぬ悲劇が彼を見舞いました。

「新しい服を見せてあげると、マギーが張り切ってやってきたんですが」

 母さまが作ってくれたのと、おしゃまに赤い服の裾をつまんでみせた小さな淑女を、とても似合うねとジェフレ家の末っ子は大いに褒めたたえたのですが。

 素直になれないところは三つ子の魂何とやらなのか、はたまた照れが災いしたのか、エクセター家の次男坊が口にしたのはとんでもない言葉でした。

「『熟れすぎた林檎みたいだ』、それがもとでふられたのは誰のせいでもありません」

 乙女心をいたく傷つけられたマギー嬢が、ギルバートのばか、大嫌いと泣きながら家に帰ってしまい、哀れ九歳の初恋はあっけなく終わりを告げたのでした。

「さすがにあの頃は、今よりはひねくれてはいませんでしたからね」

 林檎みたいにかわいいって言いたかったんだと、しょげ返る幼馴染をなぐさめながら。女の子にはやさしくしたほうがいいんだなあと、ジェフレ家の末っ子はつくづく実感したのだとか。

「そんなわけで、ご婦人には能う限りの誠意を尽くさんと誓いを立てたわけです」

 ひととおり話し終えた琥珀の騎士が、ちらりと娘さんを見てみれば。思った通り、呆れたような、困ったような顔がそこにはありました。

「あの、ギルバートって」

「ええ、そうです」

 娘さんの言いたいことは、とてもよく分かったのですけれども。どうか、それ以上は口にしないでやってくださいと言外ににおわせつつも、そういえばダウフト殿の髪の色は、今となってはおぼろな記憶の向こうにいるマギーと、どこか似ているかもしれんなと琥珀の騎士が思ったときです。

「じゃあ、これはギルバートに見せないほうがいいですね」

 目の前にひるがえったのは、あでやかな赤でした。ぎょっとした琥珀の騎士に、奥方さまからすてきな生地をいただいたんですよと娘さんは縫いかけの服を手に答えます。

「年越しのお祝いに着る、きれいな色の服が欲しかったんですけれど」

 マギーちゃんのことを思い出してしまうかしらと、心配そうな顔をした娘さんに、この際いい機会ですよと琥珀の騎士は肩をすくめてみせました。

「貴女のことを『熟れすぎた林檎』だなどと評したならば、今度こそ俺があのたわけを黙らせます」

「リシャールさまのそういう所が、みんなの心をくすぐるんですね」

 なんだか分かったような気がしますと、笑う聖女さまが手にしたとっておきの晴れ着。

 十数年前の愚をふたたびくり返すのか、少しは進歩というものを見せるのか。

 できあがった衣装を身に纏い、似合いますかと期待をこめてたずねるであろう娘さんに、あの幼馴染がどう答えてもいいように、ありとあらゆる手を打っておくかと琥珀の騎士は誓うのでした。


(Fin)

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