考えすぎてはいけません
「なあリシャール、ひとつだけ気になることがあるんだが」
「なんだ、サイモン」
応じた琥珀の騎士に、砦いちのお調子者は、詰所の入り口でレネとおしゃべりを楽しんでいるダウフトを示した。
「ダウフト殿が手にしている、あれなんだがな」
戦友の言葉につられて、リシャールが村娘を見てみれば、薄紅色のリボンを結んだじつにかわいらしい蔓編みの籠が左手に携えられている。
そういえば<帰らずの森>で起こった騒動から後、砦の守り姫が厨房へのおつかいや町へ出かける際に、あの籠をたずさえているところをよく見かけるようになった気がする。
「あんな籠、持っていたか?」
首を傾げるサイモンに、ダウフト殿とてうら若き乙女だぞとリシャールは応じる。砦や町に住まう娘たちのように、ちょっとしたおしゃれも楽しみたいだろうし、たわいもない恋占いの結果に一喜一憂したいだろう。
それが許されないのは、彼女が<髪あかきダウフト>だからだ。
口さがない者たちは、乙女が首元を空色のスカーフで飾ることにさえ、聖女らしからぬ浮ついたふるまいだと騒ぎたて、華美な衣装を避け<狼>たちと同じ鎖かたびらで式典に臨めば、作法のひとつもわきまえぬ田舎娘よと陰口をたたきあう。
せめて籠くらい、好きなものを使ったとて何の咎があるというのだろう?
「誰か、あれを贈った奴でも」
そう言いかけて、いまダウフトが手にしている籠が町娘たちにたいそう人気のある品だとリシャールは気づく。
ダウフトに贈り物をしようとする大胆な者ときたら、救国の聖女を讃えた熱烈かつ壮大なる詩を、しゃれた品々に添えて使者を遣わせてくるランスの市長くらいなものだ。
とはいえ、美しい模様が描かれた七宝細工の小箱も、まろやかな輝きを放つ真珠の首飾りも、あなたの髪や瞳をさぞ引き立てることでしょうと一筆添えられた貴重なさみどりの絹地も、素朴な村娘を戸惑わせるばかり。使者が帰ったあとで、みんなで使ったり、奥方さまのお名前でふもとの町や聖堂への施しになさってくださいと、成りゆきを見守っていた奥方へと頼むほどだ。
「まあ。せめて絹地だけでも取っておけばよろしいのに」
たっぷりと生地をとってお仕立てすれば、さぞやすばらしい装いになりましょうと、残念そうに応じた古参の侍女へ、このあいだ奥方さまにすてきな服を作っていただいたばかりですからとダウフトは笑って首を横に振る。
「こんなにすてきな生地ですもの。次の式典で使う新しい旗じるしに仕立てたら、きっと青空によく映えます」
そんなわけで、鮮やかなさみどりの絹地は<狼>たちの新しい旗じるしや、聖堂の祭壇を美しく飾る覆いとなって砦より寄進されることになった。余った布は、年若い侍女たちや子供たちの新しい帯や髪飾りになって、当人たちをたいそう喜ばせたものだった。
そんなダウフトが、時折小さな籠を見やっては嬉しそうな笑みをこぼすさまときたら、周りのものたちにもつい微笑みを誘わずにはいられなかったのだけれど。
「ギルバート、知っているか」
思い当たるとすればまあこやつだがと、リシャールはそばにいた友の肩を叩く。
「何をだ」
怪訝そうに振り返る幼馴染に、リシャールはおしゃべりに興じる村娘のほうを指さしてみせた。こと婦人の
「ああ、あれか」
籠に気づいたらしいギルバートの様子から、思い当たる節があるのかとふたりの騎士は目を見張る。もしかしておぬしが贈ったのかええそうなのかどうなんだおいと、期待と興味に目を輝かせて友のこたえを待ったのだが、
「趣味だ」
あっさりと真顔で言ってのけたギルバートに、騎士たちの目が点になる。
「……誰の?」
おそるおそる訪ねたサイモンに、さてなと気のないこたえを返すと、ギルバートは背を向けた。剣を携えているところから、どうやら修練場に行くつもりであるらしい。
「おい、こら、待てギルバート」
主語はどっちだ主語はとわめくサイモンを、考えるんじゃないとリシャールが制止する。
「ダウフト殿であれば、あのかわいらしい籠も十分に納得がいくが」
もう一つの可能性については――できるだけ、可能な限り、極力頭から排除しようと誓った琥珀の騎士だったが、
「かわいい籠ですね、ダウフトさま」
小間物通りの、ジャンヌさんのお店で売っていたものでしょうとたずねるレネに、
「ギルバートが買ってきてくれたんです。ジェムベリーを摘むのに使えって」
これ前から欲しかったんですと、にこにこするダウフトのいらえに、幼馴染に抱きかけた疑惑が再び頭をもたげてくる。
「……もしかして、あの仏頂面であの籠を砦まで」
世にも怖ろしい想像図を思い描いてしまったらしきサイモンが、そんなの嫌あああああぁッと頭を抱えてしゃがみこむさまを横目に、世の中には知らずにいた方が幸せなこともあるらしいとげんなりとするリシャールだった。
(Fin)
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