百何回目だっけか? のぷろぽうず


 むかしむかし、そのまたむかし。

 偉大な王さまが治めておられる、強くて豊かなくにがありました。


 りっぱなお城には、勇敢な騎士たちや美しい貴婦人たちが数多く集っておりましたが、その中にエイリイというひとりの戦乙女がおりました。

 夏には青く輝く北の海を映したような瞳と、燃え立つ夕陽のごとき髪もあでやかな美しい乙女でしたが、これがとにかく難攻不落との大評判。

 彼女に懸想した騎士たちが、次から次へと我が妻にと申しこんだのですが、北の乙女は誰の求めにも首を縦にはいたしません。

 ならば力にものをいわせてという無粋な輩も中にはおりましたけれど、剣を取れば右に出る者はなしとうたわれた乙女にあえなく撃退されて、逆に赤っ恥をさらす始末です。

「わたくしは、王をお守りするためにここにいるのです」

 夫を物色するためではありませぬと冷たく口にしたエイリイに、雪のような髪に金の冠を戴いた王さまは、そう意固地になるものではないぞとやさしく諭します。

「そなたに踏まれる、道端の草にすらなりたいと思う男もおるのだから」

 王さまのことばに、エイリイは思わず顔をしかめます。クレヴィンの息子コルマクの顔を思い出したからです。

 これまで肘鉄を食らわせてきた騎士たちの中でもとことんあきらめの悪い男、それがコルマクでした。

 一度などはエイリイへの愛を証だてようと、海辺でくつろいでいたあざらしの群れに突っ込んでぼこぼこにされ、しばらく寝台から起き上がれなかったほどです。

 これには王さまやお妃さま、城じゅうの人々が驚きました。エイリイも退きました。

 ここまで笑いものになったのだから、さすがに自分のことなどあきらめるだろうと乙女は思っていましたが、コルマクはどこまでも楽天的な男でした。

 全身がたがたですぞ若殿と侍医から冷静に告げられたにもかかわらず、傷が癒えるなりまたもやエイリイのもとへと馳せ参じたのです。

「貴女のためならば、わたしはどんな望みでもかなえてみせよう」

 手を握りしめ暑苦しく語りかけてきた彼に、ならばわたしの望みを言いましょうとエイリイは冷ややかに答えました。故郷では、気のすすまぬ男からの求婚を突っぱねるときにはこう告げなさいと、母や祖母から教えられていたからです。

「北の最果てに咲く雪の花と、カタイの王女が持つ魔法の指輪、それから喜びの園に住む黄金の羊の毛をください」

 そうすれば、そのう、前向きに検討させていただくわと、やっとのことで言葉をふりしぼったエイリイに、コルマクはこどものように喜びました。いざ赴かん冒険の旅へと、その日のうちに荷物をまとめて意気揚々と出立してしまったほどです。

「大丈夫かのう」

 お気に入りの若い騎士を乗せた船が、北へと向けてよーそろーと旅立ってゆくさまを見送りながらぼそりと呟いた王さまに、

「コルマクでしたら、必ずや冒険を為しとげて戻ってまいりましょう」

 鷹揚に微笑んだお妃さまが、ねえエイリイと振り向いたものですから。

「はあ、たぶん」

 なんとも間抜けた答えを返してしまった戦乙女でしたが、内心ちょっぴり心配になったのは事実でした。

 なぜならばエイリイが告げた品々は、いずれも伝承にその名をとどめるものばかり。いくらコルマクが躍起になって探したとて見つかるはずもないのです。

 まあ外つ国を二、三年もめぐっていれば、あいつも頭を冷やして帰ってくるでしょう。わたしのことなんかきれいさっぱり忘れてと、たいへん割り切った納得のしかたをしたエイリイでしたが。


 コルマクは帰ってきました。

 それも、半年も経たぬうちに。


 唖然とするばかりのエイリイへと捧げられたのは、透明な花弁をきらきらと輝かせる雪の花と、大粒の柘榴石が妖しく光る王女の指輪でした。城づきの偉大なる魔法使いにより、その真贋すらもばっちり保障されています。

「なんで」

 呆然と呟いたエイリイに、いやあたぐいまれなる幸運にめぐまれてとコルマクは笑います。

「貴女のためにとがむしゃらに突き進んでいたら、なぜか周りの者が手を貸してくれたのです」

 まあ正直なところ、愛だけを胸にずんずん行こうとする騎士を、危なっかしくて放っておけないと感じた人のよい冒険者たちが、救いの手を差し伸べてくれたにちがいないのですが。

 おかげで外つ国にて数多くの友を得ましたとにこやかに話すコルマクに、いったいこいつの星回りはどうなっているのよ、それよりもこれじゃ全然難題の意味がないじゃないのかあさんと、故郷の母へともの申したい気持ちでいっぱいなエイリイでしたが、

「ま、まだ三つめがそろっていないでしょう」

 そっぽを向いたエイリイに、分かっていますとコルマクは明るく告げました。

「明朝には、喜びの園を目指します」

 その言葉どおり、若きコルマクは一番鶏が鳴くよりも早く、いずことも知れぬ喜びの園を目指して出立していきました。

「まあ、なんとかなるじゃろ」

 運の強い男だしのうと、騎士を乗せた馬がはいよーと南へ向けて旅立ってゆくのを見送りながら、王さまはのんびりとうなずきます。

「では今から、支度をしておかねばなりませんね」

「何をだね、妃や」

「エイリイの花嫁衣裳ですわ」

 おっとりと応じたお妃さまに、おおおお待ちくださいあやつはまだ望みの品をそろえてはおりませんと、ふたりの後ろに控えていた戦乙女は慌てて止めたのですが。


 コルマクは帰ってきませんでした。

 夏が過ぎ秋が駆け去り、冬をやさしく立ち去らせた春が生命の息吹をうたいあげ、夏、秋、冬そしてまた春へ。

 季節がめぐっても、若き騎士が偉大なる王さまのもとへと姿を表すことはありませんでした。


 ある者は、コルマクが逃げ出したのだと噂しました。別の者は、コルマクが異郷で果てたのだと言いました。

「口さがない者たちは、あれこれ言いおるが」

 気にやむでないぞとやさしく諭した王さまに、べつに気になどしてはおりませんとエイリイは応じました。

「そもそもわたくしは、彼にあきらめてもらうためにあの話を」

「ではなぜ、貴女はコルマクからの贈り物を肌身離さず持っているの。エイリイ」

 やんわりと問うてきたお妃さまに、戦乙女は思わず紐に通して首からかけていたカタイの指輪を握りしめました。はなやかなお城の中とは思えぬほどに、つつましさを是とするみずからの部屋で、今なお美しく咲き誇っている花を思いうかべました。

「……どうしてなのでしょう」

 いままでひとに見せたことすらない、幼子のように頼りなげな表情をのぞかせて、エイリイは王の間を辞しました。

 とぼとぼと歩み、お城を出て町を過ぎ、見晴らしのよい丘へとたどり着きました。かつて暁よりも早く、南に向けて旅立っていった騎士を見送った場所です。

 そこにひとり腰を下ろして、しばらく眼下に広がる光景を眺めていたエイリイでしたが、

「コルマク」

 ぽつりと口にした名に、思わず涙がにじんできます。

 側にいたときにはうんざりするほどにやかましい男だったのに、彼がいなくなって、もしかすると帰ってこないかもしれないと分かって、エイリイははじめて自分の気持ちと正直に向き合いました。


 くだらない意地のために、かえって大事なものを喪うことになるなんて。


 手にした柘榴石に、涙をころりと一粒こぼして。こんなものとエイリイが指輪を放り捨てようとしたときです。


「ここにいたのか、エイリイ」

 どこまでも明るい声に、涙に濡れた瞳が見開かれました。

「我が王にお尋ねしたら、丘のほうに歩いていったと聞いてすぐに」

 振り返った先で、相も変わらずにこにこと笑っているのはなんとコルマクでした。

「なんで」

 言葉の続かないエイリイに、いや思ったより手間取ってと若い騎士は笑います。

「喜びの園を見つけるのに一年、入るのに一月、黄金の羊を生け捕るのに一週間、その後は傷を癒すのに」

「ばか」

 コルマクのことばを遮って、エイリイは彼にぽかぽかと殴りかかりました。

 この万年太平楽、おめでたい星回りと、あらん限りのことばを彼にぶつけましたが、やがてそれもつきると、氷のようと言われた戦乙女は騎士にしがみついてわあわあ泣き出しました。

 意外にも華奢なその身をそっと抱きしめて、すまなかったと告げた騎士が乙女へやさしく口づけをしたことは、丘を渡る風だけが見ておりました。



「いや、めでたいめでたい」

 お城の皆を集めた盛大な祝宴の中で、偉大なる王さまは至極ご満悦でした。息子のように慈しんでいた若いコルマクが、三つの難題を無事為しとげたうえ、娘のようにかわいがっていたエイリイの手を取ることがかなったのですから、これ以上の喜びはありません。

「ほんとうに、ようございました」

 さっそく衣裳の支度をしなければと、すっかりエイリイを飾り立てることで頭がいっぱいになっていたお妃さまが、そういえばと若き騎士にたずねました。

「このように月日を重ねたのには、何ぞ訳でもあったのですか」

 乙女を涙させた罰として、正直にすべてをお話しなさいと命じたお妃さまに、こちらですと応じたコルマクが従者を呼ばわりました。

「おお」

「これはいったい」

 従者たちがよいしょと捧げ持ってきたのは、淡く美しい金色に輝く外套でした。それも一枚だけではなく、お城じゅうの騎士たちを飾ってもなおあり余るほどです。

「これが、黄金の羊の毛?」

 きらきら輝く婦人用の外套を手に取り、まあきれいと感嘆するお妃さまに、なかなか難儀しましたとコルマクは笑います。

「黄金の羊の毛とエイリイから聞いたものの、はてどのくらい持ち帰ればよいのかと悩みまして」

 そんなとき、彼の目の前を、山のように巨大な黄金の羊が地響きを轟かせながら通り過ぎていったのだとか。

「どうやら羊たちの親玉であったようですが、どうせもっていくならそやつぐらいがよかろうと」

 からからと笑ったコルマクに、王妃さまがぽかんとしたお顔を見せました。王さまも顎を落としました。乙女の装いで騎士の隣にいたエイリイも開いた口がふさがりません。

「死闘のすえに、どうにか羊を丸刈りにしたのはよかったのですが。わたしも奴と相討ちになり」

「それはそうだの」

 力ない王さまの突っこみに続いて、よくぞ無事でいたものですとお妃さまは溜息をつきました。

「その羊はおそらく、神の園で飼われていたという聖獣ですよ。生命を落としても不思議ではなかったものを」

「ええ、ですが」

 そこでくるりと乙女のほうを向いた騎士は、心からの喜びを笑みにあらわしました。

「わたしには、勝利の女神がおりましたゆえ」

 そのことばに、真っ赤になったエイリイが何を寝言をぬかしているのだこのたわけがと立ち上がりました。

 まごうかたなき事実なのだからそう恥ずかしがらずとも、やかましいこのゆであがったかぼちゃ頭めがと、たちまちにぎやかな騒ぎをくり広げた若き恋人たちを見やりながら、王さまとお妃さまをはじめ、お城の人々は大いに笑いくずれたということです。


 めでたし、めでたし。



              ◆ ◆ ◆



 『アーケヴの伝承集・エクセター編』と題された本をぱたりと閉じると、黒髪の騎士はしばらくものも言わずに書庫の席に座しておりました。

 いくさが起きる以前に、デュフレーヌの学者が各地をめぐって集めたという昔ばなしの数々、その余韻にしばらく浸っていたいようにも見えましたが、どうやらそうではなさそうです。

「ギルバート、お茶が入りました」

 ひょこりと顔を覗かせた娘さんが、さあどうぞとあたたかな菩提樹のお茶を差し出してきます。

「新しい本ですね」

 どんな内容なんですかと明るくたずねてくる娘さんに、昔ばなしだと短く答えると、黒髪の騎士はふたたび本の表紙に目を落としました。


「……元凶はこいつらか」

 ぼそりと呟いた騎士のマントに、突如として現れた羊に踏みつけられた跡が痛々しく残っていたことを、当のご先祖ふたりは知るよしもありません。


(Fin)

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