第9話  エマ



翌朝。


オブリオは、双子の赤ん坊の泣き声で目を覚ました。

まだ朝靄の残る寝室で、泣き声のするほうに目をやると、妻のマルソーが泣いている赤ん坊を優しく胸に抱き寄せ、授乳を始めたところだった。


もう片方の赤ん坊は、”スヤスヤ”と穏やかな寝息を立てている。

その寝顔を見ると、青色の髪を持つ兄のエドモントだった。

どんなに泣き声が響いても微動だにしないその姿に、オブリオは思わず微笑む。

一方、授乳中の赤ん坊は銀髪に銀色の瞳を持つ弟エドワード。

泣き止むと、母の胸に吸い付いて安心したように目を閉じた。


双子は二卵性で、兄のエドモントは母マルソーに似ており、弟のエドワードは父オブリオにそっくりだ。まだ2歳の幼子たちは、どのように成長していくのだろうか。

オブリオとマルソーは日々の暮らしの中で、彼らの成長を楽しみにしていた。


しばらくして、寝室の隅で動きがあった。

"むくぅ”と身を起こしたのは、銀髪の少女で8歳の娘のエマだ。


髪は寝癖で爆発したように広がり、眠たげな銀色の瞳で両親をぼんやりと見つめる。長い銀髪の間から欠伸あくびを漏らし、両手を大きく伸ばして‥‥


「はぁ─────あ─────」ともう一度欠伸をする。


「おはようございます、トー様……カー様……はぁ─────あ─────」


眠気がまだ覚めない様子で、エマは”ちょこん”とベッドの縁に座り込んだ。


「おはよう、エマ。あなたはもうお姉さんになったのよ」


授乳を続けるマルソーが、柔らかく微笑みながら言った。


「可愛い弟たちがいるのだから、一人で身支度は整えられるわね?」


「うん……」


母に言われ、エマは大きな水玉柄のパジャマの長い袖から手を出し、

「んしょ」と声を漏らしながらベッドから降りる。

一緒に寝ていた白熊のぬいぐるみを脇に抱え、寝室を出ていった。


しばらくして──

”パリ────ン!!ガッシャ────ン!!”


廊下から突然響いた大きな音に、オブリオとマルソーは顔を見合わせた。


「ごめんなしゃい!」


続いて聴こえたのは、エマの小さな謝罪の声だった。

どうやら、抱えていたぬいぐるみが廊下の花瓶に当たり、倒してしまったようだ。


「高価な花瓶なのに……」


亜人のメイドが小声で呟くのが聴こえたが、エマは既に顔を洗いに向かっていた。その音で目を覚ましたのは、寝ていた双子の兄エドモントだ。

黒い瞳を"パチッ”と開けると、泣くどころか笑顔を浮かべた。




◇ ◇ ◇ 




朝食後ダイニングルームでは、エマが弟のエドモントに言葉を教え込んでいた。


「ネータ……カーカ……トート……」


エドモントが覚えたばかりの言葉を繰り返すたび、エマは笑いながら訂正する。


「ネータじゃなくて、ネーネよ!」


その後ろで亜人のメイドが寝癖で爆発していたエマの銀髪を手際よくき、綺麗なツインテールに仕上げた。

ダイニングテーブルには執事のイワンが紅茶を運んでくる。


「エマ、少し聞いてくれ」


オブリオが静かに声を上げた。

エマが父の声に目を向けると、オブリオの顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいた。


「弟……マグナスが……ヒドラ討伐で……討ち死にした」


その言葉に、エマの手から紅茶のカップが滑り落ちる。

"パリ────ン”

受け皿が割れる音が響き、テーブルには紅茶がこぼれた。


「嘘……叔父ちゃまが……亡くなったの?」


悲痛な声を漏らしたエマは、大好きだった叔父の突然の死に、涙を堪えきれずに大声で泣き出した。


叔父マグナスの部屋で、彼と過ごした夜の思い出。

エマが一番大好きだったのは、彼が読み訊かせてくれた本『トランザニヤ物語』だった。

いつも厳格だったマグナスが、エマにだけ見せた優しい素顔。

そのすべてが、エマにとってかけがえのない記憶だった。


「え────ん! 叔父ちゃま! え────ん!」


エマの泣き声に、執事のイワンがハンカチを差し出しながらそっと呟く。


「姫様、鼻水をお拭きくださいませ……鼻水を……」


悲しみに包まれる朝は、静かに過ぎていった‥‥






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