第6話 「じゃし‥‥」
翌朝。
少し早めに目を覚まし、朝食を済ませて準備を整えた。
俺が寝泊まりしている宿の部屋は広くて快適なのだ。
一人部屋だが、十分過ぎる広さがあり、お気に入りになっていた。
「いつも良い部屋をありがとう……」
部屋を出て宿の主人に鍵を渡すと、俺は軽く感謝を述べながら金貨を一枚手渡した。
「えぇっ!?こんなに!? 毎度ありがとうございます!」
主人は目を見開き、大げさな程驚いた表情を見せる。
コンラッドは物価が高い街だ。普通の宿なら一泊銀貨十五枚程だが、この宿は飯が美味い。それが気に入って俺は何度も泊まっていた。
宿を出てギルド本部に向かう途中、街の景色を楽しみながら歩いていると、ふと一軒の宿の前で足を止めた。
宿の中から訊き覚えのある声が聴こえてくる‥‥‥‥ ティグルだ。
「ニャんで?高すぎニャ!?銀貨十五枚!?朝ご飯も付いてないニャ!」
宿の主人に噛みつくように
主人は困った顔で何とか弁解しようとしていた。
(おいおい……『S級』冒険者なら
俺は苦笑しつつ、冒険者にはそれぞれ事情があることを思い出す。
金があっても、使い方を知らない奴もいるものだ。
(やれやれ、余計な世話かもしれないが……)
そう思いつつ、俺は宿に足を踏み入れた。
中に入ると、ティグルの怒り顔が驚き顔に変わり、
「ゴクトーニャンも泊まるニャーか!?嬉しいニャー!」
そう言うや否や、ティグルは飛びついてきて、その"プルンプルン”を俺に押し付けてくる。
(おいおい……"プルンプルン”の胸が……可愛いし、『ボイン』は許すけども……)
「んんん、今日はミーティングだぞ」
俺は喉を詰まらせながらそう言い、ティグルを
宿の主人に金貨を一枚弾いて渡すと、主人は慌ててそれをキャッチし、恐縮した様子で頭を下げた。
「ありがとうございます……本当に助かります……」
「ゴクトーニャン、かっこいいニャ!!」
(西◯劇のガンマンみたいでカッコいいだろ……?)
口元を緩める俺はテンガロンハットを軽く持ち上げて会釈しながら、ティグルを引き連れて宿を出る。
「お前、宿代を払うのをケチるくせに、その”プルンプルン”の下着には金かけてるよな?」
「ニャ!? そ、そりゃぁ…『オブニビアおばぁニャん』が選んでくれるからニャ!」
(おばあちゃんのセンス、グッジョブだな……)
「行くぞ!」
俺は"ニタリ”としながら、ティグルの首根っこを掴んで持ち上げると、彼女は脚をバタバタさせた後、諦めたように大人しくなった。
「良い筋トレの代わりだな!」
ティグルをぶら下げながら、風のない暑い街中を歩いてギルド本部へ向かう。
すれ違う人々が
ギルド本部に着くと、「ぐぅぅぅぅ」ティグルの腹が大きな音を立てて鳴った。
甘えるような目で見つめてくるティグルを放っておけず、俺は一階の食堂で適当に飯を頼む。
「食べ物の前では大人しいのな」
「ニャ……猫は日向ぼっことご飯の時間が至福の時ニャ……」
"プルンプルンを”揺らしながら幸せそうに食べるティグル。
食べ物を前に満足そうな「借りてきた猫」を置いて、俺は受付へ向かった。
受付に立っているのは、昨日俺の目が釘付けになった受付嬢の‥‥
‥‥『ボイン』だ。
周囲を見廻して他の受付嬢を探すが、誰も手が空いていない。
仕方なく『ボイン』嬢に声をかける。
「ハンニバルに会いたいのだが」
『ボイン』嬢は頬を朱く染めながらカウンターを出て、ゆっくり二階へ向かった。
やがて"ユッサユッサ”と揺れるたわわな胸を引っ提げて戻ってくると、俺を二階まで案内してくれた。
執務室に入ると、書類の山に囲まれたハンニバルが老眼鏡越しにこちらを見た。
「そこに座って少し待っててくれ」
俺はソファーに腰を下ろし、
短いスカートと眼鏡がよく似合う彼女に目を奪われつつ、一口飲んだハーブティーの爽やかな香りを楽しむ。
「妻の入れる
俺が素直に言葉を漏らすと、美人職員は顔を真っ赤に染め、天使のような笑顔を見せながら軽く会釈した。その眼鏡の天使顔が俺の脳裏に焼きつく。
恥じらうように顔を伏せる彼女は、そのまま執務室を静かに出ていった。
(どこかで見覚えがあるような…………俺に惚れたのか?)
そんな都合の良い考えが脳裏を
「あれはのぅ…ほれ、あの子はな、"傷跡”に興奮するんじゃ」
唐突にハンニバルが呆れ顔で呟いた。
「え、まさか…!? 傷フェチ!? 俺、人生で初めて”傷跡”でモテたぞ…!」」
驚きの声を上げる俺を見て、ハンニバルは眼鏡越しに怪訝そうな視線を向けた。
「ほれ、今の時代は教会か【再生治癒魔法】で
「……まあ、そうかもしれないが……」
‥‥‥‥言われてみればそうだ。
「あの子は前に傷を消す魔法を断っておるからのう」
俺は納得して、伸びた鼻の下を慌てて引っ込めた。
「さて、本題に入るかのう」
静かに揺れる眩しいツルツル頭のハンニバルとの会話が始まる‥‥
部屋の中に緊張した空気が流れる。しかし俺は異様に緊張しながら口を開く。
「トランザニヤがヒドラを討伐できないのは怪しいと思ってな」
「トランザニヤの王族からの依頼なのは確かなんじゃが……」
「確か?どういう意味だ?」
ハンニバルは眼鏡越しに視線を鋭くした。
「誰が依頼を出しとるのか……そこが妙なんじゃよな……」
「王族が
「それもある。まるで誰かが影で糸を引いとるように見えるんじゃが、具体的な証拠は無いんじゃ……」
「確かに有り得なくはないな……」
俺の言葉に、ハンニバルは眉間に
「ワシもそう思うんじゃが... ヒドラや『トランザニヤ』は今や伝説でしか訊かんからな。ナガラから何か訊いておるのか?お主の師匠は破天荒じゃったからなぁ...」
(“じゃった”じゃねぇよ、ツルツル!)
『トランザニヤ』の王族からの依頼なのは間違いないのじゃし……」
(“じゃし……“って語尾で濁すな!何か隠してるだろ!)
懐かしむように話すハンニバルに何故か無性に腹が立った。
しかし俺は師匠の姿を思い出し、心にポッカリと穴が空いた‥‥
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