第5話  締まらない


「行けんのが残念じゃが……誰かまとめ役を決めんとな……」


つぶやくハンニバルは、かつては『S級』冒険者として名をせた伝説の男だ。

その実績は折り紙付きで、現役だった頃なら「自分も行く」と真っ先に名乗り出ていただろう。


(行ってもいいんだぞ、ツルツルじいさん、遠慮するなよ!)


思っても口には出さない。


彼のような『S級』冒険者ともなれば、数え切れない程の修羅場をくぐり抜けてきたはずだ。『冒険者』の世界は、何よりも経験が物を言う。

長命な種族‥‥‥‥ エルダードワーフやハイエルフ達は、先人から語り継がれる経験談も豊富だろう。


俺の師匠ナガラもかつて、ヒドラとの戦いで苦戦を強いられたと言っていた。あの人が苦笑しながら語るその言葉には、深い苦悩がにじんでいた。

最も「討伐した」とは、ひと言も言ってはいなかったのだが。

ここにいる『S級』達も、その恐ろしさを肌で感じ取っている筈だ。

ましてや、隔離された国‥‥『トランザニヤ』からの依頼ともなれば、

未知の地で未知の敵に挑むことになるのだ。


隔離された国とは‥‥始祖の国『トランザニヤ』

          天使の国『ハーピット』

          武士の国『ヤマト』

          魔族の国『ガーランド』‥‥の国々だ‥‥‥‥


(とはいえ……楽しみでもあるな……風呂や飯はどんな感じだろう?)


考え過ぎても仕方ないと割り切り、俺はぼんやりと思考を切り替えた。


ハンニバルの一言が会議室の緊張を更に高めた‥‥


「討伐隊のリーダーを決めたい。誰にやって貰うかのぅ……」


ハンニバルが集まった冒険者達を見廻す。その声に応じて、各々が反応を見せ始めた。


「ワシはゴメンだ。リーダーなんて向いとらん」


コザックが両手を大袈裟に振り回し、まるで【神】にでも祈るような仕草を見せる。その様子は見ているだけで、口元がゆるみ、腹の底から笑いが込み上げてくる。


「ワタクシは弓も魔法も使えますが……人を使うのは恐れ多いですわ」


シンディー・ロアは優雅な貴族風の会釈をしながらしなやかに断る。

その仕草もまた堂に入っていて、りんとした姿はもはや舞台の女優のようだった。


俺は二人の様子に思わず"ニタリ”と笑ってしまう。


一方で、端に座るイブラヒムは‥‥


「……………………」


一切の反応を見せない。無言のまま、その眼差しはどこか遠くを見つめているように思えたのだが。


(この人、本当に言葉が通じるのか?)


俺だけではなく、全員が同じ疑問を抱いているようだった。


「わたしニャら?」


突然が好きなのか?ティグルの立候補。

ティグルが『赤いブラ』がチラリと見える胸を指さし、誇らしげに名乗り出た。

その瞬間、会議室にいる男の視線が自然と彼女の"プルンプルン”に吸い寄せられる。


(おいおい、男共、正直過ぎるだろうが……)


 「ハハハ」‥‥俺もな!


内心で叫び笑う俺と同じく、誰もが視線を外せず、言葉を失っているのがかる。ティグル自身はその状況に気づいていないのか、無邪気な笑顔を浮かべて胸を張っていた。そうなのだ、所謂いわゆる天然ちゃんなのだ。これで全員納得したようだ。


一同の空気が‥‥


(おいおい、リーダーなんて決まるのか…?)


俺はあきれ半分、あきらめ半分だが、ティグルの無邪気な天然さを眺めて気持ちをやわらげた。他の連中の反応を眺めると、上を見たり、下を見たり、震えながら喜んでいる者までいる。まるで、どこかの御伽おとぎの国のアトラクションだ。

 

「ティグル、お前じゃ無理だろ?」


窓の外から、ルベイドの声が響いてきた。

彼の叫び声は、会議室全体を揺るがすかのように大きく、脳に響く。


「じゃあニャラがやるニャンかぁ?」


挑発的な笑みを浮かべ、ティグルが立ち上がる。


その瞬間‥‥‥‥ 


彼女の『赤いブラ』が謎の弾力で"プルン”と揺れた。そりゃ周囲の目を引くのも無理はない。


「俺は力はあるが、頭の出来がな…」


疲れたのか、それとも心が折られたからなのか‥‥彼にしかそれは解からない。

しかも、「ドンッ!」と音を立て、窓の外からそのまま消える。

あまりの展開に会議室は一瞬静まり返った。


(だから、お二人とも脳筋のうきんなんでしょ?)


ティグルとルベイド以外のS級の冒険者達も全員が同じように考えているようだった。何故ならみんな同じ顔で首をかしげ、口元を緩ませていたからだ。


「はぁ──」


俺は思わず、溜息を漏らす。


「オブ二ビアの孫は子供の頃からよく知っているが、実力は折り紙付きなんじゃが、ちょっと天然なんじゃよな…」


ツルツルのハンニバルがティグルを見て、肩をすくめ呆れた表情を浮かべた。

彼は会議室内を見渡しながら、口を開き威厳のある声でつむぐ。


「ゴクトー、お前に頼むのが一番良さそうじゃが?」


(おいおい……なんだって…?)


全くと言って良い程、他のことを考え込んでいた俺は、突然呼ばれて「ポカン」と驚愕きょうがく。ハンニバルの声に何故か俺の膝が震える。


「おい、ゴクトー!!ちゃんと訊いとるのか!!」


俺を見て怒鳴るツルツル爺さんの顔が、まさに爆発しそうだった。

カリオスがこちらを見て、「ククッ」と笑いを漏らした。


「あぁ、すまん。少し考え事をしていた」


イラっとした俺は、目を細めてカリオスをにらみ返す。


「何じゃ?戦力分析でもしておったのか?」


ハンニバルが俺の表情を読み取って、なじってくる。


(これだからツルツルジジイは…)


その言葉に軽い苛立いらだちを覚えるが、冷静になることにした。


「違うんだ。今、俺はソロで活動してる。みんなの実力や能力スキルが全くからん…それでも引っ張っていけるのかと、不安になる。でも、誰もやらないなら何も始まらない。誰かが手を挙げなければ…それがプレッシャーでな…トランザニヤではヒドラの被害が続いているからな……俺で良ければ仕方ニャく…」


「"ハッ”」  (やっちまった…)


俺の言葉が静まり返った会議室に響くと、全員が驚いた顔でいつまでも俺の顔を見つめクスクスと笑う笑う‥‥


(ほんとっ締まらない…キツく締めるのはいつも妻だからな…)


心の中で自嘲じちょうしつつ、会議室での恥ずかしい運命を受け入れることにした。


「ゴクトー…………頼むぞ………」


ハンニバルは「仕方にゃく」なのか‥‥俺を指名した。

かくしてリーダーが『△テント△』張り名人の俺に決まった。

長く続いた会議もここで一区切り。

明日の準備の為、全員宿屋へと散っていった。


俺もギルド本部を出て、賑わうコンラッドの街並みを見ながら宿屋へと向かった。様々な種族が行き交うこの街は、冒険者ギルド本部だけでなく、商人ギルドや官庁も集中している。大陸のほぼ中央に位置し、国々の交易の要所として機能しているのだ。メデルザード王国は、この通行料で潤っているとも言われている。活気にあふれ、宿屋も種族に特化したものが多い。巨人族が泊まれる宿も数軒存在する。メインストリートには高級感漂う店が立ち並び、武器屋、魔道具屋、薬屋、酒場、食堂、高級屋台までもがある。

初めて訪れた時には、その繁華さには驚いたものだ。

街の屋根は赤茶色で統一されており、都らしい清潔感が感じられる。


街の中心にそびえ立つ『メデルザード城』は、みどり色の加工石が何段も積み重ねられ、美しい装飾が施されている。別名『美碧城びへきじょう』とも呼ばれ、エルダードワーフ達の技術の結晶として知られている美しい古城だ。


(流石ドワーフ、良い仕事をしているな…)


その城の正門には、近衛兵が二人警備をしていた。通り過ぎる豪華な馬車は、高貴な貴族のものだろう。


(貴族達は、きっとプライドと見栄の塊なんだろうな…)


そんなことを考えながら、何度も訪れている街を散策した。

妻がきっちり締めるのとは対照的に、俺は金貨入りの小袋の紐をあっさりと緩めた‥‥





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