第2話  銀血の序曲ーー受け入れざる急報



 

 


 

 太古の大戦から数百年後、突如としてズードリア大陸を襲う天変地異。

 空が裂け、地がうねり、津波が舞い、稲妻が大地を切り裂く。

 

 それは、まだ序章に過ぎなかった。


 南東の神秘の海“マレー海”沖ーー大地が隆起し、火山が噴き上がる。

 黒煙が空を覆い、龍の咆哮が如く雷のような音が響き渡り、溶岩が滝のようなひと筋の奔流に変わり流れ落ちる。

 海は赤黒く煮え、地獄のような光景が広がった。


 やがてその地に、“黒い門”が現れる。

 漆黒の石で造られたその門は、時の流れを拒むように静止していた。


 門が開いたーーその瞬間、世界が一秒だけ息を止めた。


 そこから現れたのは、異形の“魔族たち”。

 彼らは恐怖と混乱を撒き散らし、“魔王国”を築く。

 そしてーー太古の大戦が、再び幕を開けようとしていた。


 その地を支配するのは、圧倒的な力で魔族たちを屈服させた魔王ガーランド三世”。国の名は祖父・赤髪のガーランドの名を冠し、ズードリアの支配を目論んでいた。

 重厚な玉座に腰かけ、彼は紅い瞳でこの世界を見据えていた。


 桁違いに張り出す左肘を肘掛けに預け、軽く拳を握りあごを乗せる。

 

 ガーランド三世は、片目を瞑りながら不敵な笑みを浮かべた。


「ふむ……」


 微かな笑みの端から覗く二本の鋭い牙が、彼の存在の異質さをさらに際立たせもする。赤い髪が滾るように鮮烈に揺れ、薄青い肌に長く鋭い黒い爪が映える。

 その端正な顔立ちと威厳には、全てを圧倒する力ーー【脅威】と【邪気】が織り交ぜられていた。


 

 ***【魔王と配下】***

 

 カツッ… カツッ… カツッ…


 王宮内に鋭いハイヒールの音が規則正しく響く。

 彼のもとに現れたのは、*魔族四天王の一人ーー北のドルサード。

 魔王配下の筆頭、魔族たちからも恐れられる存在。


 みどりの髪を揺らし、黄色の瞳に金色の虹彩が冷たくも妖艶に輝く。  

 灰青色の肌には、黒く美しい二本のツノが際立っていた。

 艶のある胸元を赤いドレスから惜しげなくーー露わにしながら闊歩する。

 足元に流れるスリットから覗く、灰青色の長い美脚。

 高さのあるハイヒールが、その一歩一歩を強調し、貴族としての威厳と官能的な美しさも目を引く。その顔は女神の如くどこまでも整っていた。


 ドルサードが玉座の背後に身を預け、艶っぽく囁く。


「魔王様……トランザニヤに、“もう一人”がいたのです。誰も知らぬ皇子が……」


 そう言って彼女は魔王の耳を甘噛みする。


「……それが真ならば、物語が狂い始めるな」


 魔王の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

 その紅い瞳と銀の虹彩こうさいは一瞬たりとも、油断なく世界を見据えるようである。


「……放置はできんな。トランザニヤの皇子、か」


 その言葉とともに、この世界の歯車は狂い始めたーー。




 ***【神々の雑談】***



 天界より下界を覗く神たち。


「【黒銀に閃く瞳孔】、【鋭い犬歯】って、こりゃ、お前の末裔たちだぞ」


 神シロが黒銀の目の友に語る。


「ああ、そうだな」


 彼はつぶやきながら笑みを浮かべた。



 ***


 

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(*ズードリア大陸マップ)



 ズードリア北方の島国“トランザニヤ”。

 平和な一族のもとに生まれた双子の誕生が、運命を変えていく。


 

 この小国で静かに、しかし確実に異変が起き始めていた。

 隔離された島国の暮らしは数百年、平和そのものだった。


「爵位制度か……昔と変わらんな……」


 黒銀の目の友が懐かしむ。


「確か……特有の爵位制度が採用されてるんだろ?

 君主は『王』ではなく、『王爵ロイ』と呼ばれるとか?」


 神シロは手を顎に添え、下界の様子をじっと見つめていた。


「代々、長男のみが王位を継ぎ、『ロイ(王爵)』を名乗ることを許されるんだ」


「だが、弟たちは『ファン(公爵)』の称号を与えられ、義務としてそれを名乗らなければ……ならないんだ」


 黒銀の目の友が続けた。


「その下に連なる重臣や眷属の一族も、侯爵以下の爵位を分与され、それぞれが国を支えているんだ!」


 彼は力強く話す。

 一方の神シロは、その言葉に答えながら白い髭を掴んだ。


「お前は常人には到底扱えない、特殊スキルを生まれながらに備えているからなぁ……」


「まあ、だから『始祖の一族』と呼ばれているんだがな……」


「その姿と力は、人々に畏敬を与え、時に神話とすら混同されたって聞いたぞ。 ククク」


 神シロは黒銀の友にそう言うと、口元を緩めていた。

 だが徐々に神シロの表情が険しくなる。


「おい、見てみろ!」


「ああ」


 神シロの言葉に黒銀の目の友はギュッと目を凝らし、その様子を眺めた。



 ***




 神々が見据えたその先はーー島国トランザニヤ。


 総人口、僅か二千人程の小国だが、”異能者”がほとんどを占める。

 大戦後ここに移り住み、数百年間ーーこの孤島で平和に時を刻んでいた。


 そこは国の首都ーーメルリにあるトランザニヤ宮殿。

 絢爛豪華なステンドグラスが、白亜の宮殿内に柔らかな七色を添えていた。

 その最奥に位置するのは壮麗な『王爵の間』。

 

 煌びやかな光が降り注ぐ中、爵位を持つ眷属たちの上奏が、そこで執り行われていた。


 厳かな報告の最中、どこか落ち着きのない年配のー人、人種ヒューマンではなく、”人狼ライカンスロープの侯爵”が一歩踏みだす。


 侯爵は玉座の間の大理石の床に跪く。

 その瞬間ーーゴリ…とした鈍い音が静まる王爵の間に響いた。


 涎を垂らしながら、その年配は重々しい口調で報告する。


「ええと、あの、その、困ったことに……」


 人狼の侯爵は口籠りながら、なんとか続けた。


「ヒ、ヒ……ヒドラがっ……現れました」


 その瞬間ーー緩やかだった空気がピンと張り詰めた。


 ーー重々しい急報。


 それが玉座の間に波紋を広げていく。


 最初に反応したのは、トランザニヤ家の末弟だった。


「ヒ、ヒドラですか……? まさかあの”災悪”ーー九つ首の龍だなんて……」


 末弟ドミナスは、紅のローブの袖をぎゅっと握りしめ言の葉を落とした。


 その末弟はこの国の宰相を務める。

 実質No3の権力者。


 異端な青髪の彼の仕事は、主に国内のインフラ整備、税収の管理、司法の管理などが任されていた。そのぽっちゃりとした顔には、見えない緊張も滲まる。

 

 諸侯たちも小さく身体を折り、眉をひそめ小言を囁く。

 玉座には冷たい緊張が走った。


 バカな……。

 ”あれは別界の怪異”と、亡き父は断言していたはずだが……。

 まさか、魔王が深淵から……


 トランザニヤ家の次兄、マグナスは思考を逡巡させる。

 彼の不精髭の下唇が渋く歪む。

 冷静さを装うが眉間には深い皺が寄っていた。


 短く切り揃えられた銀髪をガシガシ掻く彼の仕事は、主に魔物討伐、防衛、警備。トランザニヤ国家の中では唯一の大将軍。実質No2の権力を持つ。


 しかし、トランザニヤ家の長兄、”王爵”オブリオは黙っていた。

 玉座に腰をかけ、束ねた銀髪を背に鋭い眼差しで弟たちを見つめる。

 黙視していたオブリオの拳は、その時わずかな輝きを放つ。


 血に宿る『始祖の力』がたかぶりを示し、揺るぎない口調で述べる。


「現れた以上、対応するしかあるまい……マグナスよ、討伐隊を編成せよ!」


「はは、ありがたき幸せ! 兄上、このマグナス、全力で果たしてみせましょうぞ! がっはははは」


 次男マグナスは胸に拳を添え、高い声を響かせた。

 弟の決意を受け止め、オブリオはさらに紡ぐ。


「だが、決して無理はするな……死ぬようなことがあれば、トランザニヤ家の名誉が泣くのだからな」


 その言葉に、末弟ドミナスも不安げな表情を浮かべ続ける。


「マグ兄……どうかご無事で……」



「心配には及ばぬぞ、チビナス。 がっはははは。 ふん、ヒドラごとき、我が犬歯で噛み殺してみせようぞ!」


 マグナスは頬を軽く引くつかせながら、冗談混じりに応えた。


 豪語したマグナスは、続け様に部下たちに命じる。


「命(いのち)の惜しからぬ者どもよーー我に続けいッ!!」


 一瞬、部下たちは顔を強張らせた。それもそのはず。まるで自ら死地へ赴くようなもの。だが、マグナスの【覇気】とでも言おうか。

 威圧にほだされすぐに剣を抜き、「おおー」と皆、気合いを込めた。



 部下たちを引き連れ、黒いマントを颯爽と翻しーー玉座の間を出ていく次男マグナス。その性格は剛毅。まるで英雄が見せるようなその背には、揺るぎない覚悟と自信が滲んでいた。


 彼が遠ざかる中、玉座の間には”しん”とした不気味な静寂が訪れていた。

 

 そんな中、違和感を覚えたオブリオが薄く眉をひそめる。

 兄として弟の命を何よりも案じていたのだ。


 誰よりも誇り高く、

 誰よりも優しい弟よ。

 かつて、雪山で凍えた幼き日の小さな手をーー今も忘れたことがないぞ。


 彼はこの時、感じたことのない不安も抱えていた。

 遠ざかる弟の背中を見つめ、オブリオは静かに祈る。


 どうか……無事であれよ……。


 その瞳には、微かな憂いも滲ませていた。


 誰も気づかないその時。

 玉座の間の天井、七色に光るステンドグラスにはーーわずかな”ひび”が走っていた。



 オブリオの胸中に去来するのは、この国を覆い始めた不穏な気配ーーその陰では、“名もなき者たち”が、刻を待ちわびるかのように息を潜めていた。


 やがて、銀の血すら朱に染まる日が来るとは、誰も知る由もない。


 それはトランザニヤという神話の終焉ーー序曲に過ぎなかったのだ。




 ***


 

 その頃、神が見下ろす天上界ではーー。



 黒銀の目の友が小国トランザニヤに注視する中、

 神シロはコリン教会の孤児院に目を向け、ニヤリとしていた。



「あいつ、また、シスターに怒られて……しょぼくれてやがるな。どれ一丁、ワシのお気に入りの図鑑でもくれてやるか……ククク」


 神シロは、黒銀の瞳を持つ少年に、何かを投げる素振りを見せた。

 その少年はゴクトー。


「この物語の主人公は、うまく受け取れたかな? ククク」


 神シロは、噛み殺したような笑い声を漏らしていたーー。




 






 ─────────


【文中補足】

 

 *魔族四天王ーー四方を守る高位魔族、堕落した4柱の神々を指し、魔王を守護する。勇や魔力に優れた4人を指す。


 

 https://kakuyomu.jp/users/kaede-san/news/16818622176727653440

(*マグナスのイラスト)


 https://kakuyomu.jp/users/kaede-san/news/16818792436806190129

(*ドルサードのイラスト)



 https://kakuyomu.jp/users/kaede-san/news/822139837246350456

 (*ズードリア大陸マップ)



 


 




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