異世界冒険譚 トランザニヤ物語 第1幕【肉食女子と七星の武器】

楓 隆寿

 0章  トランザニヤからの依頼

第1話  プロローグ

ズードリア大陸‥‥

それは海に囲まれ、神々から授けられた『魔法』の恩恵によって繁栄を遂げた大地。豊かな自然と豊富な資源に恵まれ、様々な種族が平和に暮らす調和の大陸。


流れゆく数百年の時は、かつての大陸を覆った惨劇の記憶を薄れさせていた。


その昔‥‥

『始祖』と呼ばれた一族の中に生まれた異母兄弟。

その兄が引き起こした『大事件』は、後世に語り継がれることになる。


兄は『純血』ゆえの傲慢と欲望を抑えきれず、先王を暗殺して玉座を奪う。

彼は王として実権を握り、他の種族が平和に暮らす地に侵攻を開始した。

その戦いは容赦なく、大陸は瞬く間に蹂躙じゅうりんされていく‥‥

彼は非道の限りを尽くし、『赤髪のガーランド』として恐れられた。

強欲、傲慢ごうまん、残忍、そして殺戮さつりく‥‥‥‥

大陸全土に血の雨を降らせる。

彼の存在は全てを破壊し、抗えぬ脅威として君臨する。我こそは王。


(この世界の秩序は全て、我の手で崩れ去る。 いや、この世界の全てを超えて、【神】となるのだ……!)


赤髪のガーランドは自らの思想に陶酔し、非道の道を歩み続ける。


一方、彼の異母弟である『銀髪のトランザニヤ』。

人族との『混血』である彼は、幼い頃からその出自ゆえに異端視されることも多かった。しかし、逆境の中でも彼は純粋で心優しく、異なる価値観や文化を尊ぶ姿勢を崩さなかった。その穏やかな眼差しは、どんな者にも分けへだてなく向けられ、多くの人々の心を救ってきた。


彼は大陸の多様性を『世界の美』と称し、他種族への慈愛と共存の理念を抱いていた。だが、その理想主義は兄からは甘さと見なされ、嘲笑ちょうしょうと暴力を伴う厳しい仕打ちを受け続けることになる。兄の非道な振る舞いと果てなき侵略の姿勢に心を痛めながらも、彼は長らく対話による解決を願い耐え抜いてきた。


だが、燃え盛る村々の光景と、悲痛な叫びを前にして、トランザニヤの心に決意が芽生える。


「誰かが、この狂気を止めねばならない。それが例え、兄に刃を向けることになろうとも‥‥」


静かな怒りを胸に秘めた彼は、かつて祖先達が築こうとした平和の理想を守るため、ついに立ち上がった。銀髪が朝日の中できらめき、その黒銀の瞳には誰にも揺るがぬ鋭い光が宿っていた。

彼は独自に備わった【神聖】の超上級能力スーパースキルと、人々を惹きつける【魅了覇気】を巧みに駆使し、各地を奔走ほんそうする。

高潔な信念と穏やかな語り口で、長らく孤立していたハイエルフや獣人、ドワーフ族など多種族の長老達との連携を築き上げた。平和を求める彼の熱意に動かされた者達は次々と彼の元に集まり、兄の暴虐ぼうぎゃくあらがう為の大規模な軍勢が形成されていった。


戦火は瞬く間にズードリア大陸全土へと広がり、兄の圧倒的な力は多くの者達を恐怖におとしいれた。しかし、トランザニヤ率いる種族連合軍は『七星の武器』を手に、勇敢に立ち向かった。彼の【魅了覇気】に触れた者達は次第にその心を預け、戦士達の士気は日を追うごとに高まっていった。


幾度もの激戦を経て、ついにトランザニヤは兄‥‥『赤髪のガーランド』との決戦に臨む。大地を震わせる魔力の激突が繰り広げられた末、彼と軍勢は兄の支配を打ち破ることに成功する。


だが、勝利の喜びの中で、トランザニヤは静かに刀を収めた。その瞳には怒りではなく、哀しみと慈悲が宿っていた。


「兄上、貴方を殺すことはしない。けれど、これ以上大陸を脅かすことも許さない」


そう言うと、彼は長老達と協力し、兄を魔界へと追放する道を選んだ。

そして再び戻ることがないよう、強力な封印の術を施し、魔界への門を閉ざした。その瞬間、戦いは終わりを迎え、大陸には新たな平和の息吹が訪れた。


その後‥‥‥‥


ズードリア大陸は再び平和を取り戻し、共に戦った種族達はそれぞれ独立国を築き、繁栄の道を歩み始めた。トランザニヤの信念である『共存』の思想は、多くの者達に受け継がれることとなり、彼自身も新たな時代の象徴としてたたえられるようになる。


こうして兄弟の壮絶な戦いは、後世に『太古の大戦』として語り継がれ、

ズードリア大陸の歴史に深く刻まれた‥‥



◇ ◇ ◇




平和な時代に突如訪れる天変地異‥‥‥‥‥

嵐、地割れ、津波、そして稲妻。

ズードリア大陸東南の海域に、突如隆起する火山群。

龍の咆哮のような噴火が溶岩を吹き上げ、海は赤黒く染まり、大地が生まれる。

ズードリア大陸の東南、マレー海沖でそれは起きる。

それは禍々しい魔力に包まれ、やがて【黒い門】を現した。


門は【魔界】へと繋がり、そこから現れるのは見たこともない異形の【魔族】達‥‥

彼らは隆起した大地に【ガーランド】という名の国を築いた。


その地の支配者は魔王ガーランド三世。

彼は祖父である赤髪のガーランドの名を冠し、ズードリア大陸の支配を企む。


【魔界】より降臨せし魔王ガーランドは、重厚な玉座に悠然と腰を下ろしていた。

左肘を肘掛けに預け、あごには軽く拳を添える。

その紅い瞳と銀の虹彩こうさいは、一瞬たりとも油断なく世界を見据えるようであり、片目をつむりながら不敵な笑みを浮かべている。


「ふむ……」


口元から覗く二本の鋭い牙が、彼の存在の異質さと圧倒的な威圧感を際立たせていた。赤い髪が鮮烈に揺れ、薄青い肌に長く鋭い黒い爪が映える。

その端正な顔立ちは、見る者全てを圧倒し、【脅威】と【覇気】をまざまざと見せつける。


静寂の中、王宮内に、鋭いハイヒールの音が規則正しく響く。


「カツ、カツ、カツ‥‥」


その音の主は、魔族の【四大貴族】の一人、ドルサードであった。

みどりの髪を揺らし、黄色の瞳に金色の虹彩が冷たくも妖艶ようえんに輝く。

灰青色の肌には黒く美しい二本のツノが際立ち、その顔はどこまでも整っている。赤いドレスは豊満な胸元を惜しげもなくあらわにし、足元に流れるスリットからのぞ灰青はいせい色の長い美脚が視線をきつけて離さない。

高さのある赤いハイヒールがその一歩一歩を強調し、貴族としての威厳と官能的かんのうてきな美しさを存分に表現していた。


ドルサードはその嫋やかな身体を揺らしながら、玉座の魔王ガーランドへと近づく。そして、彼の背後に廻り込むと、後向きに玉座へ身を預け、長い足を組んで美しい美脚のラインを強調した。


「魔王様……」


甘美な声が王宮に響く。

ドルサードは微笑みを浮かべながらガーランドに顔を向け、低くささやいた。


「トランザニヤで双子が生まれたのをご存知ですか?」


その言葉に、ガーランドは軽く眉を動かすと、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「ほう……姫だけだと訊いていたが……皇子か、それともまた姫か?」


彼は右手をドルサードの胸元に滑らせ、その形を確かめるようにてのひらもてあそぶ。

ドルサードはわずかに顔を傾け、赤い唇をあやしく舌でなぞりながら、魔王の耳元にそっと近づく。


「どうやら……皇子が生まれたようですわ」


ささやくと同時に、彼の耳を甘噛みする。


ガーランドは彼女の太腿へ黒い爪を当てると、軽く突き刺すように触れる。

その動きに、ドルサードは甘い声を漏らしながらわずかに身を震わせた。


「ふっ……放置するわけにはいかんな……トランザニヤの皇子か……」


低く呟くと、ガーランドの口元には冷徹な笑みが再び浮かぶ。

その笑顔の裏には、更なる画策と計略が渦巻いていた。魔王の一挙一動が、この大陸に新たな波乱をもたらそうとしているのは明らかであった。



◇ ◇ ◇ 



その頃、大陸北方の島国『トランザニヤ』。

平和に暮らす一族のもとに双子が生まれた‥‥

その意味が何をもたらすのか、大陸の者達はまだ知るよしもなかった。

この知らせは魔族の耳にも届き、再びズードリア大陸を巻き込む戦いの幕が上がる。


そして、新たな混沌が大陸をむしばむ時が来た。その始まりを告げるのは、海の向こうで燃え続けている【黒い門】‥‥‥‥‥






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