俺と別れて結婚したはずの元カノが突然俺の部屋にやってきた

春風秋雄

インターフォンのモニターに元カノが

インターフォンが鳴り、モニターを見た俺は、「なぜ?」という言葉が頭に浮かび、声が出なかった。そこには、結月の顔が映っていた。結月は以前付き合っていた元カノだ。5年くらい前に別れてから、一度も会っていない。

俺が応答しないものだから、結月はインターフォンを鳴らし続ける。ためらいながらも、俺は応答した。

「はい」

「あ、秀君いた!ちょっと開けて!急いでいるの」

俺は結月の勢いに負け、解錠した。しばらくすると、ドアのチャイムが鳴る。恐る恐る俺はドアを開けた。

「秀君、悪いけど、夕方までこの子を預かって」

結月はそう言って、4~5歳の男の子を差し出した。

「どういうこと?」

「私、今から行かなければならないところがあるんだけど、この子を預かってくれるところがなくて、だからお願い」

「いやいや、いきなり言われても・・・」

「ごめん、私もう行かなければ。あ、この子、秀君の子供だから」

俺の子供?俺が聞き直そうとすると、結月は足早にエレベーターに向かった。俺はサンダルをひっかけ追いかける。しかし、俺がエレベーターの前に着いた時には、結月を乗せたエレベーターはすでに下降するところだった。茫然とエレベーターを見送った俺は、部屋に戻る。ドアの前には少年が佇んでいた。仕方なく俺は少年を部屋に入れる。

「君の名前は?」

「高崎秀継(たかさき ひでつぐ)」

ひでつぐ?ひょっとして俺の名前から一字とっているのか?

「何歳?」

「4さい」

4歳?確かに計算は合うのかもしれない。しかし、高崎姓ということは、結月はあの後予定通り結婚したということだ。本当にこの子は俺の子供なのだろうか?


俺の名前は細井秀明。漫画の原作者をしている。学生時代から漫画を描くことが好きで、プロの漫画家になろうとしていたが、様々な賞に応募しても入選すらせず、どこの出版社に持ち込んでも採用されなかった。ところが、3年前に持ち込んだ出版社の担当者が、ストーリーは非常におもしろいのに、絵がイマイチで、これでは採用できない。思いきって原作者になって、絵は他の人に書いてもらわないかと提案してきた。俺としては漫画家になりたいという夢は捨てたくなかった。漫画を描くのが好きでこの道を選んだのだ。それなのに、原作だけで漫画を描けないというのは抵抗があった。担当者の説明では、原作を提供するには、小説のような脚本を提供するやり方と、ネーム(絵コンテ)で提供するやり方があるという。ネームであれば、ある程度は俺が訴えたい主人公の動きや情感が伝わるのではないかと思えた。何より、いま俺は食べることもままならないほど困窮している。俺は、とりあえず食べていくためにこの提案を受けることにした。すると、自分でも信じられなかったが、俺の原作の漫画が大ヒットした。それから、出版社の担当者は過去の俺の作品をすべて専門の作画担当に回し、次から次へと世に送り出した。俺はいつの間にか売れっ子の原作者になった。今では週刊誌に連載をもち、充分この世界で食べていけている。もっと早くこうなっていれば、結月と別れることはなかったのにと、何度悔やんだことか。

結月とは学生時代からの付き合いだった。俺が漫画家になることを応援してくれていた。大学を卒業して結月は就職し、食っていけない漫画家の俺を養ってくれていた。俺はいつも申し訳ないと思っていた。しかし結月は、俺の才能を信じてくれており、いつかは漫画で食べていけるようになるから、それまでは私が頑張ると言って、応援し続けてくれていた。ところが、俺たちが27歳になった年、いきなり結月の両親がこの部屋にやってきた。ご両親は、いつまでも娘を食い物にするな。いますぐ漫画を諦めて就職するか、それが出来ないなら娘は実家の富山に戻し、お見合いで結婚させると迫ってきた。親としては当然の申し出だろう。俺は結月に漫画をやめて就職すると言った。しかし、結月はそれを許さなかった。

「秀君は漫画をやめたらダメ。私なんかのために夢を捨てないで」

と言って、実家がある富山に帰って行った。半年ほどしてから、結月はお見合いをして結婚が決まったと報告に来た。結婚式は来週だという。もう俺の手の届かない人になってしまったと思った。その日、これが最後だからと言って、俺たちは抱き合った。それが5年前のことだ。もしこの秀継君が俺の子供だとすると、あの時に出来た子だということになる。


秀継君は、おとなしい子だった。お昼はデリバリーでピザを頼み、一緒に食べた。俺が仕事をしている間は、部屋に山積みしている漫画を読んでいる。4歳でどれほど理解できるのかわからないが、飽きもせず大人しく読んでいた。時々休憩がてら秀継君と話をした。

「どうして今日は東京に来たの?」

「知らない。昨日から来ている」

「お母さんと二人で来たの?」

秀継君が頷く。

「いつまで東京にいる予定?」

「知らない」

4歳の子供に聞いても、情報はあまり得られない。詳しいことは結月が帰ってくるのを待つしかない。

夕方になると、さすがに漫画に飽きたのか、秀継君は寝てしまった。俺は毛布をかけてやり、その寝顔をジッと見た。俺に似ていると言えば似ているような気がする。似てないと言えば似ていない。俺には判断がつかなかった。しかし、確かに言えることは、秀継君は結月によく似ている。そして、可愛い。


5時半を過ぎた頃に、やっと結月が帰って来た。手にはスーパーの袋を下げている。

「遅くなってゴメン。今から夕飯作るね」

夕飯を作る?ここで一緒に食べるということか?

「結月、その前に話をしたいんだが」

「ゴメン。秀継の夕飯が遅くなっちゃうから、先にご飯にさせて。その後ちゃんと説明するから」

結月はそう言って、台所で準備にかかった。

結月は簡単に出来るものということでカレーを作ってくれた。結月の作るカレーは久しぶりだ。しかし、以前は結構辛めのカレーだったが、今日のカレーは秀継君に合わせて甘口のルーで作ったものだろう。辛さは感じなかった。しかし、これはこれで美味しい。


食事が終わり、片づけをしてから、結月はやっと俺の前に座って話し出した。

「私、離婚したの」

「離婚したのか?」

「うん。それで、東京へ出てくるつもり。今日は仕事の面接だったの」

「離婚の理由は、あの子なのか?」

俺は秀継君の方を見て言った。

「まあ、色々あるのよ」

「あの子は、本当に俺の子なのか?」

結月がジッと俺の顔を見る。

「どう思う?」

「どう思うと言われても、俺にとっては寝耳に水といった感じで、本当なのかどうかをちゃんと聞きたいんだけど」

「秀君の子供だといったら、ちゃんと面倒見てくれる?」

俺は一瞬黙り込んだ。

「もう、誰かいい人いるの?」

「そんな人はいないけど」

「ふーん。いないんだ」

「それで、どうなんだよ。あの子は俺の子なのか?」

「わからない」

「わからない?」

「どっちの子なのかわからないのよ」

「血液型は?」

「秀君と同じA型。ちなみに、別れた旦那もA型」

「じゃあ、DNA鑑定をしないとわからないってことか?」

「まあ、そうなるわね。私はどっちの子でも構わない。秀継は間違いなく私の子だから」

俺はなんと言えばいいのかわからなかった。

「それより、ちょっと相談なんだけど」

「何?」

「今日、ここに泊めてくれない?」

「ここに?ホテルに泊まっていたのではないの?」

「今日富山に帰るつもりで、ホテルはチェックアウトして出てきたの。そしたら、今日面接した会社、明日もう一度来てくださいということになって、もう1泊しなければいけなくなったんだけど、昨日泊ったホテルは満室らしくて、今日は泊まれないって言われたの」

「荷物はどうしたの?」

「そこの駅のロッカーに預けてある。秀君がどうしても嫌だというなら、今から他のホテルを探すけど」

時計を見ると、まだ7時半だ。今からでも他のホテルを探すのは可能だろう。しかし、俺は結月にまだ聞きたいことがある。

「今日はここに泊まればいいよ」

俺がそう言った瞬間、結月は笑顔になって、秀継君に「今日はここにお泊りだよ」と楽しそうに話した。

そう、俺は結月に聞きたいことがたくさんある。しかし、それ以上に結月ともっと一緒にいたかった。


翌日昼過ぎに、結月は面接のために部屋を出た。昨日に引き続き、俺は秀継君と二人きりになった。今週締め切りの原作は昨日書き終えたので、今日は少し仕事に余裕がある。俺は秀継君を連れて近くの公園へ行った。4歳の子供が何を好むかわからないが、滑り台やブランコで遊んだ。しかし、秀継君は、それなりには遊ぶが、それほど楽しそうではなかった。俺は思い立って、以前一度だけ行ったことがある「落書きカフェ」に秀継君を連れて行くことにした。ここは、店内にある物であれば、どこに何を落書きしても良いという店だった。店内はすでに落書きで一杯だ。お店の人にペンを借りて、秀継君に落書きしてみなさいと言うが、なかなか書こうとしない。まずは俺がと、テーブルの空いている場所に秀継君の顔を描いてあげた。

「おじさん、上手だね」

「秀継君も何か書いてごらん」

秀継君は、やっとテーブルに怪獣のようなものを描き出した。世間一般の4歳の子供がどれくらい絵を描けるのかわからないが、秀継君の絵はけっこう上手いと思う。一度書き出すと、秀継君はどんどん他の絵も描き始めた。俺も自分の原作でヒットした漫画の主人公の絵を描いてみた。作画の人のように微妙なタッチは描けないが、かなり近づいていると思う。俺の絵を見た店員が「上手ですね」とほめてくれた。素人が見れば「上手い」と言ってくれるが、プロの編集者は「イマイチ」という評価しかくれない。俺は苦笑いするしかなかった。しかし、秀継君は、真剣な目で俺の絵を見て、もっと描いてとねだって来た。俺は調子づいて、他の漫画の絵も何種類か描いてあげた。秀継君は大喜びだった。最後の仕上げに、お店のスタッフそれぞれの似顔絵を壁に描いてあげたら、スタッフの人たちが、「これは永久保存にします」と言ってくれた。

1時間ほどで「落書きカフェ」を出て、俺たちはマンションに戻った。


ほどなく結月が面接から戻ってきた。

「秀継のお守り、ありがとう」

秀継君はお母さんの顔を見るなり、抱きついて、今日はおじさんと公園に行って、それから落書きの店に行ったと報告している。

「おじさん、とても絵が上手なんだよ」

秀継君が楽しそうに言うのを聞いて結月は、

「すっかり秀継の心をつかんだようね」

「そんなことはないよ。それより面接はどうだったの?」

「一応採用とは言ってくれた」

「それはよかった」

「正式な採用通知は後日送られてくるらしいけど、来月から出社ということになったから、早急に住むところを探さなければいけないんだけど」

結月はそう言って俺の顔を覗き込んだ。

「ひょっとして、ここに住みたいと言っているのか?」

「まあ、ここに住めれば家賃も助かるし、秀継の面倒もみてくれるでしょうし」

「かなり調子がいいな。とりあえず、結月には色々聞きたいことがあるんだけど」

「わかった。じゃあ、今晩ゆっくり話しましょう」

「今日も泊まるということ?」

「嫌じゃないでしょ?」

そう言う結月の目に、俺は何かを期待してしまいそうで怖かった。


秀継君が寝てしまったところで、やっと結月は話し出した。

「私が富山に帰ったのは、親から言われたということもあるけど、私がこのまま秀君のそばにいたら、秀君のためにならないのではないかと思ったの」

「どういうこと?」

「秀君は、一生懸命頑張っていたとは思うよ。でも、最後の2年くらいはちょっと惰性で漫画を描いていたような気がしたの。それまでの漫画は本当に面白かった。何でこの漫画を評価してくれないのだろうと思っていた。でも、最後の2年くらいの漫画は、何かありきたりのストーリーのような気がして、それほど面白いとは思わなかった」

「でも、結月は面白いって言ってくれたじゃないか」

「そう言わないと秀君が自信を失くしてやる気をなくすんじゃないかと思って」

そうだったのか。

「秀君は、少しはアルバイトもやっていたけど、私が生活を支えていたからか、どうしても漫画で食べて行くんだという意気込みが、だんだん薄れてしまったように感じたの。だから、このままだと、せっかくの才能がダメになってしまうと思った」

「言ってくれれば、俺はもう一度気合を入れ直して頑張ったのに」

結月がジッと俺の顔を見た。

「ということは、自分でも気合が入ってなかったと自覚していたんだ」

俺は何も言えなかった。確かにそうかもしれない。結月がいなくなって、本当に食べることにも困るようになって、必死に漫画を描いていたような気がする。原作者になる提案も、ひょっとすると結月がいた頃であれば断っていたかもしれない。

「だから、私はここを出て行こうと決心したの」

「そうだったのか」

「そのあと結婚したのは、私のエゴ。親を安心させたいという気持ちが一番だったけど、女として普通の幸せな生活をしてみたいという気持ちがあったのも確か。でもね、やっぱり秀君じゃないとダメだった。結婚はしたけど、全然楽しくないの。秀継が産まれてからは、秀継だけが私の生きがいになった。それが旦那にも伝わったのでしょうね。秀継が産まれて1年もしないうちに、旦那は外に女を作ったの。まあ、秀継が産まれてからは夫婦生活を拒んだ私も悪いのかもしれないけど」

ということは、秀継君が産まれるまでは夫婦生活があったということだ。結婚していれば当然のことなのだが、そういうことはあまり聞きたくなかった。

「すぐに離婚しようとは思わなかった。外に女がいるとは思ったけど、証拠があるわけではなかったしね。それに秀継のことを考えると、離婚は得策ではないと思っていたの」

そりゃあそうだろう。シングルマザーで育てるのは大変だ。

「そうこうするうちに、秀君が原作者として活躍しているのを知ったの。最初は読んだ漫画が昔秀君に読ませてもらった漫画のストーリーと一緒だったから、ひょっとしてと思った。でも絵が全然違うし。そして作家のところを見たら、原作が細井秀明になっていたから、やっぱり秀君の作った物語が漫画になったんだと知ったの。それからインターネットで調べたら、あの大ヒットした漫画の原作も秀君になっているから、驚いた。あれも秀君が考えたストーリーだったんだと思うと、嬉しくてうれしくて。それで秀君がまだこのマンションに住んでいるのか、秀君の実家に電話して聞いたの」

「実家に電話したの?俺何も聞いてないよ」

「私が秀君には言わないでと頼んだから。お母さんが今もあのマンションに住んでいます。そして、いまも独身ですと教えてくれた」

「そうだったのか。それでいきなりここに来たのか」

「そういうこと。それから私は旦那の浮気の証拠をつかもうと、色々やったのだけど、どうしても証拠となるものが見つからなかったので、最後の手段として興信所に頼んだの。40万円もしたよ。それでようやく証拠をつかんで離婚できたというわけ」

「経緯はよくわかったけど、俺がここに住んでいることと、俺がまだ独身だということはわかったとしても、どうして俺の気持ちを確かめる前に東京へ来ることに決めたの?俺がもう結月のことは好きではないと思っているかもしれないと思わなかったの?」

「思ったよ。でも今の連載の漫画を見て決心したの。今の連載の主人公は、昔好きだった女性のことが忘れられずに、ずっと独身を通しているでしょ?そして、その女性の名前は弓月。字は違うけど、それは私のことでしょ?」

「確かにそうだけど、この連載は、まだ完結していないんだよ。これから主人公がどういう人生を歩んでいくのかわからないよ。弓月さん以上の相手をみつけるかもしれないし」

「秀君の頭の中では、もうエンディングは出来ているの?」

「ハッピーエンドで終わらせるつもりだけど、主人公にとっての本当のハッピーエンドは何なのか、今思案しているところだよ」

「弓月さんともう一度結ばれることは、主人公にとっての本当のハッピーエンドにはならないの?」

俺は黙ったまま何も答えなかった。

「ひょっとして秀継のことが気になっている?本当は別れた旦那の子ではないかと思っている?」

「どちらの子なのかは、結月にもわかってないんだろ?」

結月が少し不安そうな顔で俺をみた。俺は再び黙っているしかなかった。


会話が途切れたところで、俺はシャワーを浴び、入れ替わりに結月がバスルームに入った。

寝室に入り、ベッドに横たわったが、なかなか眠れそうになかった。結月ともう一度暮らしたいという気持ちは間違いなくある。しかし、自分が思っていた以上に旦那さんに嫉妬している自分がいた。秀継君が産まれてからは夫婦の営みはなかったと言っていたが、短い期間であったとしても、結月は旦那さんに抱かれていたということだ。それを想像すると、俺は身を引き裂かれるような嫉妬心を覚えた。俺は自分がこれほど嫉妬深い男だとは思わなかった。もし結月とこれから一緒に暮らすようになれば、その嫉妬心に悩まされるのではないかと思った。そんなことを考えていると、寝室のドアが開く音がした。結月が入って来た。結月はゆっくりとベッドに近寄り、俺の布団の中に入って来た。

「結月・・・」

「秀君が良い返事をくれなかったから、実力行使に来た」

俺は、もう何も考えられなかった。結月を強く抱きしめ、むさぼるように唇を合わせた。


結月が俺の腕の中で静かに話し出した。

「秀君が漫画で成功するのを待てずに結婚した身で、こんな都合の良いことを言えた義理ではないけど、秀継のDNA鑑定をして、秀君の子供だったら、ここにおいてくれない?もし旦那の子だったら、きっぱり諦めるから」

DNA鑑定か。確かにそれも手かもしれない。

「俺、今の連載を始める前に富山へ行ったんだ」

「富山へ?」

「結月とのことを題材に原作を書くことを決めていたから、その取材ということで、自分の気持ちを確かめに結月の実家へ行った。実家に結月はいないことはわかっていたけど、結月の実家を見て、俺はどのような感情になるのだろうということを確かめたかった」

結月は黙って聞いている。

「しばらく少し離れたところから結月の実家を眺めていたら、偶然にも結月が家から出てきた。そして結月は子供を連れていた。秀継君を連れて実家に帰っていたのだろうね。それを見て、結月は本当に俺の手の届かないところへ行ってしまったんだと思った」

結月は息をひそめて俺の話を聞いている。

「だから、せめて漫画の中では、主人公と弓月は最後に結ばれる結末にしようと決めたんだ」

結月が俺の顔を見た。

「じゃあ、連載を始める前から、結末は決めていたの?」

「うん。でも、あれだけ苦しんだ主人公が、もう一度弓月と結ばれるとき、どんな気持ちになるのか想像がつかなかった。そこがうまく書けそうになかった。それが、今日初めてわかったよ。こんな気持ちなんだと」

「どんな気持ち?」

「すべてが報われた気持ち。もう何もいらないって気持ち。俺の人生はこの日のためにあったんだという気持ち」

「秀君・・・」

「原作者としてデビューするとき、編集担当者からペンネームはどうしますかと聞かれたんだ。でも俺は本名でいいですと答えた」

「どうして?」

「本名なら結月が見つけてくれると思ったから。俺の心の中で、かすかにこうなることを期待していたんだと思う。DNA鑑定は必要ないよ。旦那さんの子だろうが、誰の子だろうが、結月の子供であることに違いはないし、結月と結婚して、秀継君を養子にしてしまえば、間違いなく俺は秀継君の父親だから。将来、秀継君がどうしても知りたいと言ったら、その時にすればいい」

結月がもう一度俺に抱きついてきた。


今日「落書きカフェ」で秀継君が絵を描いているとき、書き出しの線の引き方が、俺にそっくりだった。間違いなくこの子は俺の子だと、俺はその時確信した。

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