Fusions

お尻さん

第1話 覚醒

――世界の中心より離れた屑鉄蔓延る廃れた郊外。


 積もり積もったゴミの山に群がるのは貧相な身なりの下流国民達。彼等は中心部から捨てられてくる廃鉄とガラクタの中から使えそうな部品をただ集めるだけの作業を日がな一日ずっと行っていた。


 「....お姉ちゃん」

 「....」

 「お姉ちゃん!」

 「....なに!」


 ガラクタ山の麓からせっせと登って来たのは錆びた空気から肌を守るために薄汚れた布を身に纏う、見た目はまだ7つにも満たない小さな女の子だった。


 足元がややおぼつかない辿々しい足取りで向かった先には華奢ながらも年相応の体つきの少女が鉄くずの中から使える金属等を掘り当てては背中のリュックにしまう作業をしていた。


 「キッカ....危ないから登ってきちゃ駄目って言ったでしょ」


 キッカと呼ばれた少女は工場で働く姉の手伝いに来ていた。屑鉄街で生きていく為の方法の一つとして、鋳造加工でのビジネスを営む業者の元で働くという手段がある。彼等は身寄りの無い子供や職に炙れた大人達を集めて少ない賃金で働かせる事で捨てられたガラクタと屑鉄をリサイクルし、中心国に高値で売るのを生業としている。


 ある意味、ここで働く子供たちは退廃した社会の犠牲者とも言えるだろう。


 キッカの姉であるミサは妹の食い扶持を稼ぐ為に毎日悪辣とも言える環境で身を粉にして働いていた。


 「はい!これ!お姉ちゃんに!」


 キッカに渡されたのは小さなブリキの人形だった。

サンタクロースの形をしたそれは、薄汚れた感じと鼻が欠けていた為夕日の影と相まって不気味な印象を醸し出していた。


 流石にミサもこれには引き攣った笑いを浮かべずには居られなかった。


 「ねぇ....キッカ....お姉ちゃんの仕事を手伝ってくれるのは有り難いんだけど遊ぶのなら帰って欲しい」

 「お姉ちゃん疲れてるからこれ見て元気出して欲しかったの!」


 キッカの悪意の無い言葉にミサは怒気を込めた。


 「いらない!!」


 そう叫ぶと人形を何処かに投げ捨てた。ミサの大声に周囲の人間達も一瞬だけ反応するがすぐに興味を失い黙々と作業を進めた。 


 ビクッと体を縮こませたキッカにミサは詰め寄る。


 「アンタももうすぐしたら此処で働かなきゃいけないの! 私のお金でご飯食べるのも今の内! 自分のお金でご飯を食べなきゃいけないの! わかる!?」


 「....うん」


 「分かったら黙って下で集めてて! 使は教えたから分かるでしょ!? ほら!行って!」

 

 「....」


 金属が踏まれて軋轢音を立てながらトボトボと下に降りていくキッカにミサは目もくれずガラクタを日が暮れる迄あさり続けた。


######


 就業時間が過ぎ、疲れ切った皆が点呼を終えると制服姿の所長が台の上に立ち、一日の終わりを告げる。


 「今日も怪我人は居ないみたいだな!お前達は我々にとって貴重な労働力だ!明日から鋳造工程に移るからその為にしっかり身体を休めておけ!以上! 終礼終わり!」


 責任者が去ると労働者達も解散して帰っていく。


 各々が暗闇へ消えていく中、ミサを含む数名の少年少女達は帰路につかず、道中より外れた所にある使われてない廃小屋へと集まっていた。


 埃っぽい空気をランプの光に照らされて積み上げたコンテナの上に立つのは齢12の少年カツヤだった。


 「今日集まったのは他でもない、ユナについてだ! 班長デブは流行り病だと言っていたが!彼女は実家に帰ってすら居なかったそうだ!」


 ざわつく子供達。ユナと言えば皆の中で抜きん出て美人で有名だ。年はカツヤと変わらないが人柄も物覚えも良い社交的で老若男女問わず慕われ可愛がられている。そんな娘がここ最近仕事場を訪れて居ない。両親に尋ねた子も居たらしいが病気だの一点張り、そこでカツヤ率いる少年軍団の出番だ。屑鉄街ソイレルトのあらゆる事件を調査する....つもりでいる彼等がカツヤの想い人であるユナを血眼で探索し、ようやくその手掛かりを見つけたそうだ。


 「何度も諦めかけたさ....でもユナは俺達の大事な仲間だ、その思いで探しようやく手掛かりを掴んだ!そして俺の隣には重要な役を担ってくれた娘が居る!皆....この子に感謝してくれ」


 いつの間にかカツヤの隣に居たのは半年前に両親に捨てられてソイレルトにやって来た少女スイだった。


 「外の世界に詳しい彼女のお陰でユナが何処にいるかようやく見つけられた。ありがとう....スイ」


 「ん、別にいいよ....ユナは入ってきたばっかりの私にすっごく優しくしてくれたからとぉっても感謝してるの!是位まかせてよ!」


 その言葉に感激するカツヤと取り巻き達。


 スイによればユナは人買いを行う悪い商会に捕まっていたらしく、外の世界の知識を生かして単独で忍込みユナの言伝で私物を持ち帰ってきたそうだ。


 「このリボンは俺がバザールから買った物でユナが肌身はなさず身に付けていた物だ。彼女は今も助けを持ってるんだ....皆俺に協力してくれ!決行は明日の朝6時にここに集合だ!」


 班長がキレようがこのカツヤという人物は構わずユナを助けに行くだろう。ミサはそんな彼にユナが惚れたのも分かる気がした。



######



――決行当日、支度を済ませたミサはユナの事を思い出していた。


 2年前のディグアウトの最中に両親が死亡してしまい、仕方なく屑鉄工場に入った時傷心していた自分の事情を分からずとも適度な距離感で親しくしてくれて慣れなかった仕事で躓いた時もずっと協力してくれた。


 (あんなに良い子が何処かの誰かに売られて一生奴隷のまま生きるなんて許せない)


 親が遺した古家を後にしたミサはいつもの廃小屋へ行くと見慣れたメンバーが揃っていた。


 カツヤとスイの他、仕事仲間が2名程。他は班長が嗅ぎつけないように現場で食中毒に罹ったと伝えるみたいだ。


 いずれバレる嘘ではあるが止められる迄の時間稼ぎにはなるだろう。


 「道案内はスイだから、皆しっかり付いてきてね」


 男達はスイとミサを守るようにして進みつつしっかりと周囲を警戒しながらソイレルトを北へと向かっていった。


 道中、カツヤが装飾品を購入したというバザールで食事を済ませていると、お団子三つ編みヘアーのスイがポトフの入った食器を片手に隣に座った。少し香水の甘い香りがしたが屋台の料理の匂いが強かった為、気にしなかった。


 「ねぇ、ミサ」

 「ん?」

 

 何の肉が詰められているのか分からないウインナーを口の中で噛みしめると豚肉のような風味と鶏肉のようなさっぱりとした肉汁が弾けた。


 「昨日キッカちゃんに怒鳴ってたけど....いいの〜?あの後一人で帰ったみたいだけど〜」

 「別にいいよ、一人で何とかしないといけないから」

 「ふぅ〜ん....」

 「何時まで頼られても困るのよ」



 『ぐぅ〜』


 

 「....」

 「....」


 

 不意に聞こえた大きな空腹期収縮音に沈黙する2人。


 「....ねぇ、スイ」

 「んえ?私じゃないよ〜」


 後ろを振り向くと小さな女の子が涎を垂らしながら物欲しそうにスープを見つめていた。


 「おいしそう....」

 「キッカ!?どうして此処に!」


 寝ていた筈のキッカがいつの間に自分達の後を付けていた居たのか。


 「ご飯少なくて....作ってもらおうと思ったらお姉ちゃんが居なくて」

 「三食分置いてたじゃない....ッ!」


 ムカついたミサが席を立って詰め寄ろうとすると


 「ほら....お腹空いてるんだろ?」


 スープを差し出したのはカツヤだった。


 「いいの?」

 「あぁ....キッカは身体が小さいからな。沢山食べろよ」

 「ありがとう!」

 

 急いでポトフを口の中に入れるキッカ。肉と野菜の出汁に程よい塩気とコンソメ風味が効いたスープにホクホクの味が染み込んだジャガイモが噛むたびにほろほろと崩れていくのを味わいとても幸せそうだ。


 「えぇ〜この子付いてきちゃったけど....どうするのカツヤ?」

 「....このまま連れて行こう」

 「!?」

 「おいおい、マジか?」


 カツヤの連れて行くという案に他の子供たちは流石に賛同しかねていた。


 「カツヤ....大人しくミサに連れて帰って貰えばいいんじゃねーのか?」

 「確かにそうだが此処はもうソイレルト中心部に近い位置にある。ユナが攫われたのもここら辺だった。もし彼女達で帰らせたらその二の舞いになる可能性だってあるんだ」

 

 カツヤの正論に誰一人として反論出来なくなる。


 「いざとなれば安全な所を見つけて置いておけばいい....みんな準備が出来たならいくぞ」


 こうしてカツヤ一行は攫われたユナが待つ屋敷へと向かったのだった。


######


 道中、キッカはミサに何度か話し掛けたが返事は返ってこなかった。そんなミサにキッカは疎外感を改めて感じ、将来自分の居場所が作れるか不安に募られていた。


 スイに同行して半日が経過した後、物陰に隠れながら観察するのはここいらでは目立つほど大きな西洋風の屋敷であった。


 カツヤ達は屋敷の裏手に回り込み、警備兵が立つ鉄格子を発見する。


 「おい!お前!そこで何をしている!」

 「あ....いや....へへ....遊んでたら道に迷っちゃって」

 「あぁん?道に迷っただあ〜?迷ったで不法侵入がまかり通るとでも思ってんのか?」

 「ちょっと!セージ!急に居なくなったと思ったら此処に居たの!? あっ、門兵さん。領主様の土地に勝手に入ってごめんなさい!」

 「やっと見つけた!....すみませんうちの馬鹿が迷惑掛けたみたいで」

 

 同時に頭を下げる3人


「....フン、これが最後の警告だからな....ここはゴクド商会の治める一帯の土地だ。次踏み込んだら首から上が無くなると思えよ?」


 ガチャリと実弾が込められた両手銃を突きつけられたミサ達は膝を震えさせながら去っていった。


 「ちっ、金払いが良いから我慢してやってんのに今度はガキの相手なんて面倒でたまらねーぜ....」

 

 スキンヘッドの男が格子を閉じる頃には既にカツヤとスイが侵入した後だった。


 「ふぁ〜あ、ねみぃ」


######


 

 オレンジのLEDライトを洋風な外装で覆った天井に照らされて豪華な模様が入った絨毯の上を早足で進んでいく。


 「こっちだよ〜」

 「....」


 作戦は上手くいき、侵入も出来た。それなのにカツヤは不気味な程静かで誰もいない屋敷の内部に不審感を募らせていた。


 「なぁ、スイ。もっと慎重に進まなくて良いのか?」

 

 彼女は盗んだと言っていた電子キーで扉を開けていたが、その手慣れた動作もさっきから気になって仕方が無い。


 「今日は皆お休みなの」


 それを聞いたカツヤは立ち止まりスイの方を見る。


 「何でそんな事まで知ってるんだ」


 スイは大きい瞳で此方を見つめ、不思議そうに首を傾げたがその表情は険しい物へと替わり始めていた。


 「さっきからどうしたの??」

 「あ、いや....そうだけど」

 「良いから行こうよ....外に出たら傭兵さんにみつかっちゃうよ....?」

 「....」

 

 思い返せばおかしい点はあった。仕事場でスイを余り見かけないのに上の人間は誰も文句を言わなかった事。

 皆が濡れタオルや水浴びで身体を洗っている中、彼女だけ嗅いだことのない清涼的な香りを漂わせていた事。

 そして今日のこの距離からでもわかる鼻腔を擽り引き込まれそうになるような香水の香り、仄かな化粧と思しき後。


 後々話を聞いたユナ曰く、勘当された実家から盗んできた洗剤を使ってるだの身体が弱くて余り仕事に参加できないだの言っていて特に疑いはしなかった。


 しかし今カツヤの中で生まれたモヤがつい口を開いてしまった。


 「あのさ、スイ」

 「ん〜?」

 「今迄聞いて来なかったんだけどさ、君は何処に住んで」

 「どうでもよくない??そんなことさぁ....私が豚小屋みたいな所に居れるわけないでしょ?」


 突如声を荒げたスイの本性にカツヤは悟ってしまった。


 「もう諦めなよ〜....お馬鹿さん達はもうおしまいなのっ!」


 そしてユイを救いたいという一心で盲目的になっていた自分達はずっと彼女に利用されていた事実を知って絶望した。


 気づけばスイに手を引かれ階段を下りきっていた。扉の前に立った彼女が電子キーを差し込んで暗証番号を入力すると、内部に金属プレートが差し込まれた木製の両扉が一人でに開いた。


 「お待ちしておりましたカツヤ様、スイ様」


 カツヤ達の到着を待っていた成人女性はロイヤルメイド服に身を包みその美貌をより一層引き立て、曇り一つ無いエメラルドグリーンの瞳でカツヤを諭すように見つめていた。


 その風貌に何処か懐かしさを感じ、惹き込まれそうになるが自分にはユイが居る事を思い出し全てを否定する。


 「大丈夫だよカツヤ....この人は私達の味方だから」

 「....そうか」

 

 ポニーテールの美女は何処か儚げに微笑むと「どうぞ此方へ」とカツヤ達を促した。


 カツヤはまるで夢でも見ているかのようにぼんやりと視覚に入っていく無機質な研究施設の数々を脳内で処理していたが、その殆どが12の子供には到底理解出来る筈も無かった。


 そして隣には自分より背の高い懐かしさを感じる女性が目を合わせる度に微笑み続けるのみ。


 「カツヤにはね、是非見て欲しい物があるんだ!だからと一緒に計画したんだよ?」

 「ユイ?....はは....何言ってるんだ....ユイはまだ見つかって居ないじゃないか」

 「そうですね、まだ見つからないかもしれませんね」


 突き当りの殺菌加工された自動ドアが開いた所でカツヤは尋ねた。

 

 「....なぁスイ。俺達どうなってしまうんだ?」 


 スイの反応は待っていたとばかりに早かった。

 

 「う〜んとね〜」

 「解剖され使える臓器を取り除いた後アンドロイドに改造されます。そして壊れるまで奴隷として働かされるでしょう」

 「そうそう....でもユイはちょっと違うもんねっ?」

 「えぇ....そうですね。私には寿命がありますから」


 カツヤは二人の会話について行けなくなり頭がクラクラして来ると、ようやく彼女等お目当ての前に到着した。


 「うちのペットちゃんでーす!」


 硝子シールドで守られた部屋の中には腐った肉に血が滲んだ塊が意思を持って動いていた。恐らく骨格を持たないそれは此方に気がつくとゆっくりと身体を伸び縮みさせて窓に張り付いた。


 見たことのないにカツヤは言葉を発する事が出来なかった。


 「この世界での現象は異化いかと呼ぶそうです。私達が普段目にし対処している事象の外で起きる理を指すそうです」

 「経過観察をするのが絶対条件だから仕方の無い事なのよねぇ〜」

 「....いか?」


 スイはニッコリ微笑んでカツヤの耳元に口を近づけた。


 「にんげんだよ♡ 元ね」


 そしてスイの囁きにカツヤの恐怖の限界値が突破してしまった。


 「も、もういいよ....俺は仲間の元に戻らないといけないから」

 

 その場から逃げようとするカツヤの進路を塞いだのはユイだった。


 「目を背けてはいけません。これが現実で私達の本質なんです」

 「やめてくれ、お願いだ。もうみたくないっ!」

 「駄目だよカツヤぁぁ〜....まだユイが見つかって無いでしょ?」

 「ユイがあんな姿になってたなんて信じられるか!?ふざけるのもいい加減にしろ!!」


 叫ぶカツヤにスイは彼の両腕を掴んだ。それを振りほどこうとしたが力が強くて出来なかった。

 

 「離せよ!」

 「....気づいてるよね?」


 ハイライトの消えた瞳がカツヤの目の前に迫る。その人形のような小さな顔は近づけば近づくほど脳を麻痺させる。彼女は首筋に伝う一雫の汗を赤ピンクの舌でじっとりと舐るように這わせた。


 「えへへ....舐めちゃった♡」 

 「やめろ....やめてくれ」

 「....ユイはね、私が攫ったの」

 「....」


 恐怖と動悸で頭がパニックになり、スイの言葉が恐ろしくて堪らなくなった。


 「ちゃぁんと、お父さんお母さんの許可を取ったのよ....二人共凄い借金を作っちゃってて....それをパパが肩代わりしてくれる為にユイを」

 「やめろ!!」

 

 妖艶な笑みを浮かべるスイ。彼女に続いたのはユイだった。


 「貴男のプレゼントのお返しをしようとスイ様とバザールを訪れていた時、私の意識は途絶えました。目を覚ますと見慣れない無機質な部屋にいました。毎日決まった時間に顔を覆うマスクを着けた人達に連れられ、成長剤とは名ばかりの劇薬を打たれ、過度な量の食事を取らされました。何度も吐き気を催し奥歯を溶かしながらもそれが終わった頃には私の身体は今のような姿になってました。」


 「....」


 「ですがそれで終わりではありません。成人になった私の身体は領主様に何度も求められました。彼の趣味趣向に晒された結果....」


 ユイはスカートを捲し上げ、己の下半身をカツヤに見せた。


 散々男に弄ばれた彼女の身体はもうカツヤの知るユイの物では無かった。


 その事実に、その余りの悲惨な光景にカツヤは吐き気を催した。


 「あらあら吐いちゃったねぇ〜♡スイも弄ったけどいつ見ても凄い光景〜女の子の身体って此処までぐちゃぐちゃになっちゃうんだぁ〜」


 「うわああぁ....」

 

 ユナを振り払い、出口を目指して走り出すカツヤだったが向かい側からやってきた傭兵の男に取り押さえられてしまった。


 「まったくよ、だからガキの相手は面倒だってんだ」

 

 うつ伏せに抑えつけ、首の自由はきくようにしてある。カツヤにはまだチャンスがあった。


 「ねぇカツヤ....貴男には2つの選択肢があるの。

 一つはお仲間と一緒に奴隷マシーンに改造されるか、もう一つは仲間を見逃す代わりに私の下僕になってもらうか? 選んで」


 スイの理不尽な提案にカツヤは激怒する。


 「そんなの!どっちも嫌に決まっ」


 言いかけた直後、カツヤの口に靴先が捩じ込まれた。


 「まさか....拒否権があるとでも思ってるのかなぁ? 私の決定事項に従えないなら全員奴隷落ちでもいいんだよ?」


 「ッ....!」


 窒息しそうな寸前で引き抜かれる。


 「ねぇ....私カツヤの事凄く気に入ってるの、ユイに嫉妬しちゃう位に....だから私もカツヤが一番悲しむ選択をしてほしく無いかな?」


 こんな得体のしれない人間と一緒に居るなんて冗談じゃない....しかし、ここでカツヤが断れば仲間もろとも地獄へ落ちるだろう。

 

 「ゲホッ....俺はどの道改造されるんだろ?」

 「さぁ....?それは貴男次第ね。私の物になるから気分次第では....人間で居てもいいかもね」

 「....分かった。スイの下僕になるよ、だから仲間だけは見逃してくれ」

 

 カツヤの返答を聞き入れたスイはコンバットブーツを脱ぎ捨て靴下を脱いだ。


 「舐めろ」

 

 差し出された素足に突然何を言い出したのか理解できず硬直する。


 「私の下僕になるんだろ?今日からお前はスイのペットだ。その忠誠を此処で誓え....ほら、犬のように舐めろよ」


 カツヤの強く抵抗するが大人の力に敵うはずも無く髪を鷲掴みにされ顔を無理やり近づけさせられる。


 「....っ、くそ....」

 

 そして、忠誠が済んだ。


 「あはっ♡可愛い」


 嗜虐的な笑みを浮かべたスイに顔面を踏まれたカツヤは歯ぎしりを立て藻掻く事しか出来なかった。


######


 「はぁっ、はぁっ....カツヤ達上手くいったと思う?」

 「わっかんねぇ!!でもカツヤなら何とかするだろ!!」

 「あぁ!!」


 撹乱作戦を上手く遂行出来た3人はキッカが待つ捨てられた古民家へ急ぐ。


 しかし、いざ到着してみるとそこにキッカの姿は無かった。家の中や庭を探してみるも見当たらず。

 

 「あいつ、またどっかに行きやがったのか!?」

 「くそっ....だから連れてくるのは反対だったんだ」

 「....」

 

 ミサはキッカを突き放していた手前、心配で仕方なかった。


 「まさか攫われたとかじゃ無いだろうな」


 最悪の事態が容易に想像がついた。これからどうするか考えていた3人に影が掛かった。


 「そのまさかだなぁ!?」


 振り向いたミサ達はいつの間にか囲んでいた大男達に固まってしまう。


 「おい餓鬼共知ってるか?中央国の奴隷の90%はスラム出身なんだ....つまりテメェらの人生はゴミか奴隷かどちらかしか選べねえんだよ」


 リーダーと思しき風格の男は無精髭を蓄えている。彼が引き連れていたのは両手を縛られたキッカだった。


 「キッカ!?」

 「....お姉ちゃん、ごめんなさい」


 次々に手を縛られたミサ達は引っ張られて移動車がある空き地へと連れて行かれた。


 「ダンカンさん....スイお嬢から言伝で、例の所へ急ぐようにと」

 「もうか、早いな....よしお前ら急ぐぞ」


 エンジンが掛かった車両は砂埃を撒き散らしながらソイレルトより東へと目指した。 

 

 ――揺られる事25分程して到着すると、遠くに巨大樹が見える今は誰も住み着いていない都市跡へ繰り出した。


 ミサは其処を何となく知っていた。かつて立ち入り禁止区域と呼ばれる迄は多くのディグアウター達が訪れた場所。


 説によれば200年前から存在してると言われていた。ある事件が切っ掛けで、猛毒の大地だったようだが近年開発されたナノテクノロジーの除染作業により後に遺物が産出されるようになる。


 数百年前の貴金属等はコレクターや中央国の間で高く売れる為辺境の人間がこぞって探索した。


 しかし数あった貴重品もすぐに底をつき、今では誰も住まない廃墟だらけのやたら広い土地になっており、復興する為の資金も足りない為放置されている始末。


 つまり誰も居ない場所は裏世界の人間が麻薬取引や暗殺依頼をするのに絶好の場所だ。


 暫くするともう一台の車両が到着し、そこから傭兵を連れたスイが出てきた。


 「!?」


 ミサ達はカツヤを探すもその姿はない。


 「ご苦労さま....おじさん」

 「で?こんな所に呼び出して何をするつもりだ?」


 暗に屋敷で捕らえれば手間が掛からずに済むという事だろう。


 スイはミサ達に向き直り、スキンヘッドの男に指示すると2丁のリボルバー式拳銃が投げ置かれた。


 「さっきカツヤとさ....お前たちを逃がすって約束したんだけど....本当は関わった人全て殺すか奴隷にするか言われてるんだよね〜」


 微笑見ながら恐ろしい話を続けるスイ


 「でもスイは優しいからチャンスを与えちゃう!」

 

 ミサ達の後ろに控えているダンカンと呼ばれた男がスイの提案を聞くと無精髭を弄りながら苦笑を浮かべた。


 (何がチャンスだ....最初からをやるつもりで連れてきたんだろーが....件のユイって女を捕まえる為に幼体固定した身体を使って餓鬼共に溶け込んでやがって....相変わらず悪趣味してやがる)


 「その拳銃のどちらかに実弾が込められているから、今から拾って殺し合いをして貰うの。生き残ったら私の所で飼ってあげるっ!」

 

 「待ってくれスイ!何を言ってるのか全く分からないだろ!なんだよ殺し合いって!俺達が何をしたって言うんだよ!?」

 

 直後、銃声が鳴り響いた。


 ミサの頬に生暖かい液体が付着する。飛び散った方を確認すると頭部を撃たれたセージが目を開いたまま息絶えていた。その後ろでは男の持つ銃口から煙が上がっている。


 「一人減っちゃったけど仕方無いか....それじゃあスタート!」


 各々に縛られていた紐が解かれる、その瞬間に飛び出して拳銃を掴んだのはセージの親友ダイトだ。


 「悪いな....ミサ」


 ミサが動く間もなく素早く銃口をこっちに向けると

引き金に手をかけた。


 「あれ?」

 

 しかし実弾は発射されずカチカチと音だけが鳴った。


 「っ!」


 その隙を逃さずミサはダイトに体当たりをして張り倒すと、もう一つの実弾入りを手に取った。


 「....」


 ミサはそれをキッカが居る所の後ろ――傭兵達に向けて発泡した。


 「うおっ!?」

 「あぶねっ!?」

 

 素人の腕では弾は当たらなかったが男達が避けたおかげで逃げ道が出来た。ミサは走り、キッカを抱えて包囲を抜けた。


 「ヒューッ、やるねえあの嬢ちゃん」

 「....ボス、逃げられたら俺達が何されるか....」

 「あぁ....分かってるよ」


 両手銃を遠くに逃げていくミサの背中へ照準を定める。


 「まっ、これが現実だ....諦めな」


 口に咥えた煙草の火が赤く光ると発砲音が衝撃となって手元を打ち付け、同時に少女が前のめりに倒れた。


 「おじさんナイスヒット」


 その腕前にスイが拍手を送る。


 「ちょっと外したが、じきに死ぬだろう....で?残りはそこの小僧とちっちぇ奴か」 


 「いや、もういい」


 スイはミサが落とした拳銃をダイトの額に突きつけ

容赦なく引き金を引いた。


 「言う事聞けない奴を下に置いたって疲れるだけだもん。カツヤも手に入ったし、後は要らないから死んでもいいや」

 

 何かを察したダンカンは黙って銃を構える。ミサの影に隠れているキッカを撃つためだ。


 再び煙草の火が赤く光った。


######


 私は妹を守るために命懸けで走った。唯一の肉親を失い、自分迄も死んでしまったらきっとこの子は一人じゃ生きて生けない。


 側に居なくては....。


 張り詰めた状況が私のキッカに対する本心を呼び起こしたのだろう。最優先事項がこの子に移ってしまったのも自分達が姉妹だからだろうか。


 スイについて、彼女は初めから私達を騙すために

工場に入ったのだろう。恐らく私達を殺した後は別の子供達を狙うつもりだ。周りの大人は彼女が何者なのか知ってて黙っていたのかな。


 難しい事は分からないけど、今は逃げ切ろう。


 帰ったら家を出る準備をしよう。


 奴らの手が届かない所でキッカと静かに暮らそう。


 平和な場所に飲食店があればそこで働いて見たい。


 ご飯を作るのが上手くなってキッカに沢山食べさせてあげたい。


 ――それは私が望んじゃいけないことなのかな?


 背中から胸部に掛けて小さい塊が突き抜けた。

撃たれた衝撃でバランスを崩した私はキッカの上に覆いかぶさるように倒れた。


 「お姉ちゃんっ!」


 妹の心配する声が聞こえる....揺れる視界の中で彼女の姿には私の血がボロ布に染みを作っていた。


 傷口が灼けるように熱い....それでも力を振り絞って

キッカを起こした。


 「いい....キッカ....私の為にって思うなら....逃げて」


 そしてお守り代わりにと両親が残した遺物を託す。使い方は分からず仕舞いだったけど、唯一の形見だからこの子も大事にしてくれる筈。


 「出来ないよ!お姉ちゃんが居ないと....私」


 柄の部分を握りしめたキッカはポロポロと涙を流し初めた。


 「はぁ....何でかなぁ〜、素直に言えば良かったのに」


 血が口の中から溢れてくる、それでも無理して笑った。安心させる為に撫でたかったけど....もう力が入らないや


 一人にしてごめん....キッカ


######


 

 キッカは動かなくなった姉の身体を抱きしめ....泣いた。


 生まれた時から貧困に生きる使命を背負い、やがて訪れる孤独への戦いに耐えられなかったからだ。


 親が死に、ミサが働きに出てからというもの家の中が真っ暗になるまで一人ぼっちでいる日が増えた。


 時折暗闇の中から誰かが語り掛けてる気がして恐怖の中毛布に包まり、姉が帰るのを待ち続けた。


 同世代の子供が居ないキッカは悩み事を打ち明ける機会も少なく、余裕のない姉も相手をする暇が無かった為、頭の中で封じ込めるしか無かった。


 自身を取り巻く環境に苦しめられた少女は一人がトラウマとなっていた為、姉を頼る為の行動を起こすようになる。それが、この結果に繋がってしまった事実を自覚し、自分が勝手について来てしまった事、見知らぬ男達に見つかってしまった事を深く後悔していた。


 『キッカ』

 

 悲しみに暮れるキッカに、手に持っていた遺物が一人でに話し始めた。


 『僕を額に持ってきて』


 「誰?」 


 『....いいから早く』


 言われるが儘に額に持ち寄る。すると....銃弾が目掛けてヒットし、その衝撃で身体が後ろに仰け反って尻餅を着いた。


 「あ?何かに弾かれたか?」


 狙いを定めたダンカンがそう言ったが、キッカには聞こえない。


 『起きて』

 

 命を助けた遺物に起きるよう促がされてふらつく足取りで立ち上がる。その額は少し切れて血が伝っていた。


 「魔獣だ!!」


 度重なる銃声を聞きつけてやって来たのだろう。荒廃した遺跡に住み着く狼型の生物がスイ達に襲い掛かっていた。


 遠くに離れていたキッカも状況を把握し、逃げるべきだと感じるがミサの事を捨て置けずにいる。


 『その娘は君が助かるのを望んでいた筈だ....それにもうとっくに死んでいる。万が一連れて行くなら命の保証は出来ない』


 それでもキッカはミサの身体を背負い、点在している建物の一つへ運び込んだ。


 『どうしてここへ?』


 「外は熱いからせめて涼しい所で休んで欲しいの....お姉ちゃん今迄ずっと辛い場所に居たから」

 

 傷口を布で覆い、血が滴らないようにしていた為魔獣に見つかる事も無いだろう。安心して眠ってほしい。キッカの想いだった。


 「これでいいよ、遺物さん。私は何処に行けばいいの?」


 『....遠くに巨大樹が見えるだろう?其処へ向かおう』

 

 「分かった」


 キッカは建物を後にすると未だ魔獣達と戦っている傭兵達を尻目にそびえ立つ樹木へと走った。



######


 遺物が指示する安全なルートを辿りながら魔物との接触を避けつつ、ようやく巨大樹の根本まで辿り着いた。


 『其処に隙間があるよね、キッカ』

 「うん」

 

 重なった根を登っていくと成人一人入れる程の大きさのうろが確認され、迷わず空洞へと歩を進めた。


 天井や地面までも細かい根が血管のように入り組む世界を奥へ奥へと進むキッカ。


 やがて巨大樹の中心部へ到達すると開けた広間に出た。その中央には根と混じり合うように浮き出ていた生物と思しき跡と、それに護られるように眠る者が存在していた。


 「この人は....」


 ふらふらと近づいて行くキッカ、その少女に銃口を向ける者が居た。

 

 『避けて!!』

 「っ!!」


 ドンッ....


 雷管が作動し、火薬が燃焼した音だ。


 聞こえた頃にはキッカの肩にコアが着弾し、小さい体から壁へと突き刺さっていた。


 「ああっ....」


 激痛に悶えるキッカ。その姿を見ていたスイが声を出して笑う。


 「ぷぷ....撃たれちゃって....ダッサ」

 

 続くように空間に入ってきたダンカン達が眠っている誰かを包囲し始める。


 「まったくよぉ〜疲れるぜ....魔獣に出くわすわ仲間一人食い殺されるわで....こんなチビに掻き回されて溜まったもんじゃねーよ」


 ダンカンの愚痴が木霊しながらも、部下達が女を回収しようと近づく。


 「だが何やらおもしれーもんが見つかってんなぁ〜おい」

 

 キッカは身体を引きずりながらその眠りにつく彼女へ手を伸ばす。既の所、男に背中を踏みつけられて地面に圧しつけられる。


 「お願い....助けて....」


 それでも最後の力を振り絞り、聞こえるか聞こえないか位の声音で遺物を胸元に置いた。


 「しっかしよぉ〜、だいぶいい見てくれしてんじゃねーか」


 ――その者は目覚めた。


 「あ?」

 

 ――刹那、遺物から伸張した刀身がダンカンの喉仏を貫いた。


 「....ごはっ」

 

 起き上がり様にブレードを左右に振り、首を切断すると次に近い距離に立つ男達を備え付けの装甲ごと一文字に凪ぐ。


 「....」

 「....」


 輪切りにされた身体が悲鳴も上げず内臓を撒き散らしながら真っ二つに倒れた。


 立ち上がる未知の生命体。彼女が起こした一瞬の惨劇を目の当たりにしたスイの護衛は両手銃を構える。


 「く、来るなぁっ!?」

 「....」


 構わず近づいて来る為、引き金を引かざるを得なかった。


 火薬が爆ぜる音がする。


 しかし実弾は両断され、威力が殺された弾が壁に弾かれると同時に男は手前からの袈裟斬りを受けた。


 「ばけもの....」


 そう言い残した男の身体が切断面を滑り落ち、半身だけが立ったまま残った。


 スイは頬に飛び散った鮮血を気にするよりも、眼前立つ恐怖の象徴に身体が硬直する。 


 「....」


 人ならざる者の無機質な感情が己を支配する頃には 

失禁を犯しながらも外の荒野に向けて一目散に逃げ出していた。


 「ばけもの....ばけもの!!何なのあいつ!?」

 

 樹洞から外の景色が見えた時、足を滑らせて根本から地面に滑り落ちてしまった。


 「許さない....私にこんな思いをさせたことを後悔させてやる」


 ズキズキと鼻血を垂らしながら荒廃した遺跡を駆ける。小さな身体は遠くの砂埃に消えていった。


######


 『アスタ....おはよう』

 

 キッカが渡した遺物がアスタと呼んだ女性は倒れる少女を抱き上げ、傷口を確認した。


 「この子が私を?」


 『うん』


 「可哀想な子....まだこんなに幼いのに」

 

 『早めに止血した方がいいね』


 「ええ、そうね」


 掌をかざすとナノ粒子がスプレー状に吹き、キッカの肩に空いた十円玉程の穴に膜が張った。


 「ずっと長く眠っていた見たいね」


 『世界は変わったよ、完全に』


 「そう....」


 アスタは一瞬だけ物悲しい表情を見せた後、何かを悟ったのだろう。ブレードを収納して出口を目指した。


 『君は変わったのかい』


 「私はやるべき事をするだけだ。その為に眠りについたのだから」


 『変えられるかな』


 「....」


 真昼の陽光が二人を照らす。熱い陽射しはこれから起こるであろう激戦の賽を告げていた。

 

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Fusions お尻さん @nidegvu

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