第13話 花束

「――97、98、100……よいしょ」


 腕立てを終え、俺は立ち上がる。


「約30秒……負荷が少ないな……」


 そう思って俺は悩む。

 ……最近、筋トレしても筋トレしても……なんだか身体的に成長しない気がする。

 

「……なんでかわからないけど二の腕とか太くならないし」


 ……どうでもいいか。いや、むしろ太くならないほうがいいか。

 だって、細い方が可愛いからな!


 俺は可愛いままがいいのだ。


「……ん?」


 そんなことを思いながら筋トレをしていると、誰かが俺を見ているのを感じた。

 何だろ?

 なんて思いながら振り返ると、そこには黒髪の線の細い女性がいた。

 年齢は、俺と同じくらいか。


 ゆったりとしたワンピースを着た彼女は眼鏡をしており、その顔はどこか優しそうな雰囲気を覚える。


 彼女は手に花束を抱えてジッと俺のことを見ている。


「どうかしました?」

「え、あ……」


 疑問に思ってそう尋ねると彼女はハッとした顔になる。

 それにしても花束か……

 

「なんていうか、腕立て早くて凄いなと思いまして……その、すみません」


 そういって彼女は謝ってくる。

 成程、どうやら

 彼女は俺の筋トレを見てびっくりしてただけらしい。 


 客観的に見れば俺の筋トレは、ある意味神業の領域に達しているといえよう。


 一応毎日この公園にいるという事もあって、よくここに来る人たちは見慣れた光景という感じで溶け込んではいるが、通りがかっただけの人とかこの辺の人じゃない人とかはびっくりすることだろう。


「全然いいんですよー」


 そういって俺はにっこり笑う。

 人から見られるのは恥ずかしいが、それ以上に俺の承認欲求を満たしてくれる。 

 特に美人さんからの賞賛と視線は最高だ。


 嬉しいと思う事はあっても、鬱陶しいと思う事は一切ない。


 俺がそうやってニコニコしていると、彼女は「あの……」と声をかけた。


「もしかして、探索者さんだったりしますか……?」

「ん?」


 そう尋ねられて俺は首をかしげる。

 確かに俺は探索者ではあるのだが……さっきも言ったように探索者は基本筋トレはしない。

 強くなるためにするのはレベルを上げることだ。


 もちろん探索者の人にも筋トレをする人はいるにはいる。

 だがそれは少数だ。


「そうですけど……」

「そうなんですね……」


 そういって少し気まずい雰囲気が間に流れる。

 何だ?

 凄い、息が詰まりそうなんだけども……


「……あの――」


 互いに気まずい雰囲気の中、彼女が口を開いた時だった。

 突然スマホの着信音が鳴り響き、彼女はスマホを取り出した。


「もしもし……え、目を覚ました!?はい、はい。すぐ行きます」


 そういって彼女は電話を切って走りだそうとし……その前に俺の方を向いた。


「あ、その……突然声かけてしまってすみませんでしたっ。それでは」


 そういってワンピースだからか走りづらそうにしながら走っていく。

 少し心配になるが、まあ……要らぬお節介というものだろう。


 そんな彼女の背中を見送った後。


「言いかけた言葉なんだったんだろ……」


 そう思いつつ、俺は筋トレに戻るのだった。

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