第13話 ずっと大切なお友達
なんだか色々なことがあり過ぎて、思考が少しも落ち着かない。
もやもやもしている。
どれがもやもやの原因かわからないぐらい色々と。
そういえば、ミュラー団長に守ってもらったのに、ろくにお礼も言わなかった気がする。
でも、彼が守ったのは誰だろう。
リオニーを、守ってくれているような気がしてたけど、本当にそうだろうか。
だって、あの場には第二騎士団の団長自ら護衛をするのになんの不足もない、公妃殿下という貴人が存在していたのだ。
あの時の反応を見るに、ミュラー団長もクラウゼ副団長も、ララがアドラ公妃であることには、すぐに気付いていたのだろう。だからこそ、クラウゼ副団長はあそこまでララを同行させることに反対していたのだ。
もしあの場でララの身に何かが起こっていたら、どうなっていただろう。
あの場で、責任を取るべき立場だったのは誰だ。
ララは何度も言っていた。「行けない」「そういうわけにはいかない」と、その言葉を無視して強引に連れ出したのは他でもない、リオニーである。
リオニーは罰せられるべきではないだろうか。
いや、そんなことより、ララが公妃であることを知っていながら黙認した騎士の二人は、問題がないのだろうか。
国とは、王宮とは、甘いところではない。時に人の思いや感情を無視して、厳しい判断が為されることもある。
リオニーは、たまたま居合わせただけ。そんな風にクラウゼ副団長が言っていた気がする。
あの時はなんのことか分からなかったけど、今冷静に考えたら、リオニーが責任を問われずに済ませようという配慮だったのだろう。
でも、あの二人は?
騎士団の団長と副団長が、たまたま居合わせただけ、なんて通用するだろうか。
いや、するわけがない。
リオニーは、翌日一直線に王宮の裏手にある第二騎士団の騎士団寮に向かっていた。
進むにつれ騎士たちの姿が多くなり、肩から下げているサッシュの色の多くが、見慣れたオレンジになっていく。
鮮やかなオレンジ色は、実はミュラー団長に恐ろしく似合っていない。
彼には、あんな明るい暖色系の色よりも、寒色の方が断然似合うと思う。
でも、派手で良いと思う。
ミュラー団長本人より、ずっと派手だ。
あの顔が霞むぐらい派手なサッシュで、とてもいいと思う。
「あ、いた! 花つ……リオニー・フォン・フォーゲル!」
早足で歩いていたら、唐突に呼び止められた。
今『花摘み女』って言い掛けなかった?
驚いて足を止め振り返ると、そこにいたのは侍女の一人。昨日リオニーにお使いを頼んで来たアドラ公妃の傍に仕える、本物の侍女だ。
そういえば、結局頼まれたことは果たせていないし、その報告すらしていなかった。叱責を覚悟して頭を下げると、右手首を掴まれた。
「あの、申し訳――」
「もう、探したのよ。全然見当たらないんだもの」
「すみません昨日――」
「でも見つかってよかったわ」
戸惑うリオニーの言葉を遮った侍女は、リオニーの手首を掴んでずんずん元来た道を歩き出す。
「あ、あの……!」
「公妃殿下がお呼びよ」
全然最後まで言わせてもらえない。
と、そう思ったリオニーは、言われた内容に目を瞠った。
「――は?」
「そう気難しい方ではないけれど、失礼のないようにね」
気が付けば、王宮の中庭に連れて行かれた。
リオニーがララと会っていた、裏庭とは全然違う。計算され尽くした緑と花が生い茂る美しい庭園である。
綺麗に刈り込まれた緑と、花が咲き乱れている庭の中心には、真っ白ガセポがある。
その陽を遮る椅子に、人の姿があった。
美しいドレス姿で、綺麗に髪を結い上げ、扇で口元を隠した貴人。アドラ公妃殿下。
リオニーにとっては、唯一無二の友人。
侍女に案内されて、白い小さなテーブルを挟んだ公妃の正面に座らされた。
なぜ、と戸惑ううちに、侍女はさっさと去ってしまう。
ガセポには他に誰もいない。
見える範囲に、人の姿はなかった。
ふわりと微笑んでいたアドラ公妃が、見える範囲から人がいなくなった瞬間、扇を投げ捨てるように置いて身を乗り出してきた。
「ごめんなさい……!」
「え」
そこにあったのは、アドラ公妃ではない。リオニーがこの一年、友人だと信じてきたララの姿だった。
「わたくし、ずっと嘘を吐いていて、でも、友達ができて嬉しかったの……! 距離を置かれるのが怖くて、ずっと言い出せなくて。昨日のことも、わたくしのせいで、あんな危険に晒してしまって……! 団長にも副団長にも責任はないで押し通したけど……! それは、認めて貰ったから……!」
身を乗り出してきたララの大きな目に、みるみるうちに涙が溢れて、零れ落ちた。
「リオニーごめ……ごめんなさい……! 嫌いにならないで……!」
とうとう、ララは顔を覆って泣き出してしまった。
「……ララ?」
恐る恐る呼ぶと、ララがそっと顔を上げた。せっかくの綺麗な顔が涙でぐしょぐしょになっている。
唇を震わせたララが、しゃくり上げながら言葉を紡ぐ。
「まだ……そう……呼んでくる……?」
「……それが、許されるのなら」
笑って答えたら、勢いよく立ち上がったララが飛びついて来た。
「リオニー……ごめんなさい……ありがとう……!」
ありがとうと言いたいのは、リオニーの方だった。
抱き締めたララからは、花の香りがした。可憐で優しい、甘い香り。ララにとてもよく似合っている。
「ずっと、お友達でいてくださいね」
「うん」
「リオニーも、ちゃんと幸せでいてね」
「うん。わかった。努力する」
「きっとよ」
「うん」
「じゃあ、ミュラー団長とちゃんとお話ししてね」
「うぐ……」
条件反射的に言葉に詰まってしまったが、そもそも話はしようと思っていた。
それがならなかったのは、公妃殿下に呼ばれたから……という言葉はさすがに呑み込んだ。
「わたくしには、とても素敵な方のように思えます。だってね、あなたを傷つけられそうになって、あんなにも怒ってくれる方だもの」
それは、ララがいたからでは……、という言葉も辛うじて呑み込んだ。
どこか晴れやかな笑顔を見せたララは、リオニーの視線を背後に誘導するように移動させた。
「きっとこの世界で一番、リオニーのことを想ってる」
そこには、こちらへ向かって歩いて来る、ミュラー団長の姿があった。
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