第12話 高貴な夫妻
城の方から、複数の馬が駆けつけてきた。
横倒しになった馬車から引っぱり出されたリオニーは、馬車の陰に立たされて、両脇をミュラー団長とクラウゼ副団長に挟まれた。
おかげで散乱する遺体的なものは見えない。ただ、吹く風に薄っすらと血の匂いが混じっている気がする。
周囲はまだ城下町ではなく、複数ある城の門のひとつから延びる裏道の途中だった。
リオニーと同じ様に馬車から引っぱり出されたララが、馬で駆け付けた集団を迎える。
なぜ彼女が、と言いたい気がしたが、ミュラー団長に視線で黙っているように言われた。
横倒しになった馬車の手前で次々と馬を下りた一団は、騎士と魔法士が半々ぐらい。ただ先頭のにいたその人物一人だけ、装いが異なっている。
誰だろう、と訝しむリオニーの腕を、ミュラー団長がそっと掴んだ。
「……リオニー、絶対に口を開かないでください。恐らく見て見ぬ振りをしていただけると思いますが、中央にいる方の視界には極力入らないように」
「リオニーさんは、たまたまここに居合わせただけです。そうでないと困ることになるので」
「え? なに、どういう意味……?」
それ以上軽々しく声を上げることが憚れるような空気感を伴い、物々しい集団が到着した。
騎士団、魔法士団、共に団服は黒と白を基調としている。その中で、その先頭の人物だけは全身を白で統一し、豪奢なマントをなびかせていた。
まだ少年のようにも見える、その表情は固い。口元を引き結んだその顔は正面に立つララに向けられており、一瞬ほっとしたような顔を見せて、しかし気を取り直したように唇を引き結んだ。
迷いのない足取りでララに近付いていく。
ララが今の今までずっと被っていたフードを下ろし、顔を露わにした。
リオニーからは、その横顔が見えている。
緊張で張り詰めた空気のララが、その真っ白な装いの人に向けて頭を下げた。
「申し訳、ございません」
「――顔を上げなさい」
命じられたララが、強張って蒼褪めた顔を上げた。
小気味よい音がして、ララが頬を抑えていた。真っ白な装いの人が、ララの頬を平手で打ったらしい。
「多くの者が命を賭けて、ようやく手にした今なんです。君一人の軽はずみな行動が、多くの者を巻き込み、死に追いやり、また争いの種となる」
思わず声を上げようとしたリオニーの腕を、ミュラー団長が強く握って止めた。
見上げると、黙ったまま首を横に振られた。
その間にも、ララを責める声が続いている。
「言い訳を聞く気はないです。どのような理由があろうと関係ありません」
「はい。申し訳ございません」
「二度と、しないでください」
「肝に銘じます、陛下」
――うん?
白い人が、眉尻を下げた。
途端に、顔つきが幼くなった。
「無事でよかった。とても心配しました」
「……ご、ごめんなさい……っ」
泣き声交じりのララの声が聴こえる。
白い人が、はあ、と息を吐く。
「アドラ姫」
――うん?
誰が? 誰だって?
彼が、見るからに優しく、まるで慈しむようにララの身体を抱き寄せた。
「あまり私を心配させないでください。国や立場を抜きにしても、あなたに何かあれば正気ではいられません」
再び思わず傍らを見上げる。ミュラー団長が先程と同じように、黙ったまま首を横に振った。
え、なに?
ララはその人を「陛下」と呼ばなかったろうか。
そしてララは「アドラ姫」と呼ばれなかったか。
陛下とアドラ姫、そう呼ばれそうな二人を、直接面識はなくともリオニーは一応知っている。
しっかり顔を見たことはないけど、遠目からその姿を見たことぐらいはある。
この国、ヴァイス公国の若い公王陛下と、終戦に伴い和平の証として隣国から嫁いできたアドラ公妃。
アドラ公妃は今から約一年前、隣国からやってきて、公王陛下と結婚して夫婦となった。
ララは、約一年前に家のため結婚したと言っていた。夫となった人とは、結婚式の日に初めて会った、そう言っていた。
貴族同士なら、そういうこともあるんだろうぐらいにしか思っていなかった。
よくよく色々なことを思い返してみれば、確かにララは、そうだったのかもしれない。
なぜ、今まで何も思わなかったんだろう。
リオニーが今までそう呼んでいたのは、この国の公妃。
ララなんて、本当はいないのだ。
納得するしかない気がした。
確かにある種の説得力を、ララという人は持っていたように思える。
ララと一緒に馬に跨った公王陛下は、リオニーには一瞥も向けずに去っていった。
平手で打ちはしたけど、それ以外はララをとても大切にしているように見えた。
馬に乗るのに手を貸す時も、向ける眼差しも、ララに向けられる全てがちゃんと優しい。
国とか立場を抜きにしても、たとえ元が政略でも、きっとララは、ちゃんと大切にされているのだろう。
少しだけ、寂しいという気持ちがある。
きっと、それが表情に出てしまっていたのかもしれない。
リオニーの大切な友達だった人、きっともう、「ララ」なんて気安く呼ぶことはないんだろう。
ぼんやりと彼らを見送るリオニーの頭に、ぽんと何かがのった。
見上げると、ミュラー団長がその大きな手をリオニーの頭に乗せていた。
珍しく、困ったように微笑むミュラー団長の顔があった。
結局みんな無事だった。
リオニーの大切な人は誰一人欠けてはいない。
でも、焼きたてパイを一緒に食べに行くことはもう、できそうもなかった。
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