第8話 大切なお友達
結局、四人で馬車に乗ることになった。
ララと並んで女同士で座るリオニーは、多少左右に余裕がある。
だが、かさばるミュラー団長と大きなクラウゼ副団長は、互いに肩が触れ合い押しやりながら座っていた。とてもきつそうだし、ちょっと手狭な馬車の中は、特に大きい副団長によってものすごい圧迫感がある。ぎゅうぎゅうだ。
実際のところこちらもかなりかさばっているミュラー団長だけど、副団長がいることで、ちょっとだけコンパクトに見えている
その狭い馬車の中で、大きなクラウゼ副団長が頭を抱えていた。
その様子を、フードをかぶったままのララが申し訳なさそうに見ている。
「ララ殿」
びくりと肩を跳ねさせたララに、ミュラー団長が口調だけは丁寧に、冷たく告げた。
「ララ殿、とお呼びします。必ず私の指示に従い、勝手なことはしないでください。何があろうと絶対に。構いませんね?」
「あの……はい、構いません。よろしくお願いいたします。……クラウゼ副団長も、その、ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
ものすごく丁寧に頭を下げたララを、ミュラー団長は穏やかそうに見えるだけの表情で冷たく一瞥して、クラウゼ副団長は困り果てたように眉を下げた。
「……いえ、こちらこそ、ご……失礼な、態度を……」
「そんな……わたくしが……」
クラウゼ副団長とララが、互いにどんどん頭を低くしていく。
そんな二人を見ていると、だんだんリオニーまで不安になってきた。
「……あの、ごめんなさい。もしかして、本当はやっぱりだめでしたか。あとで怒られてしまうでしょうか……」
しょんぼりしながらリオニーが言うと、頭を互いに深く下げ合っていたララとクラウゼ副団長がぴたりと動きを止めた。
「――クラウゼ」
地を這うミュラー団長の声が、戒めるように副団長を呼ぶ。至近距離で鋭い眼光を浴びてしまったリオニーは、思わず息を呑んだ。
低く下げていた頭を上げたクラウゼ副団長が、顔の前で慌てた様子で手を振った。
「や、大丈夫です。リオニーさんはなんの問題もありません。全然少しもこれっぽっちも悪くありません。問題があるとすれば、こちらの話で。いつまでもズルズルと申し訳ないです。むしろ、ええかっこしたいだけで無茶をごりっと押し通すうちの団長がヤバいって話なので」
「フォローになってない」
「怯えさせてんのは団長ですよ。その目力どうにかしてください」
「……こういう顔です」
拗ねたように呟いたミュラー団長が、リオニーからふいと顔を背ける。
「リオニーさん、本当に大丈夫なので。団長の眼つきが無駄に鋭いのも、なんというか生まれつきでどうしょうもないやつなんで……なんですか、睨まないでくださいよ怖いんで。……ええと、それでリオニーさん、焼きたてパイ、のお店って言ってましたっけ? 評判のお店なんですか?」
何かを取り繕うように、クラウゼ副団長がミュラー団長の鋭い視線を無視してリオニーに笑いかけた。
「そう、ですけど……」
本当に、このまま行っていいんだろうか。
迷うリオニーの膝に、隣のララがふんわりと微笑んで手を置いた。
「わたくしにも教えてください。そういったことは疎くて。初めての城下なので、とても楽しみです」
「……え? 初めてなの?」
聞き咎めたリオニーが聞き返すと、ララが微笑んだ顔のまま言葉に詰まって動きを止めた。
「王都に来てから一年ぐらい経ってるって言ったよね? 一回も? お店とか、行ってないの? なんで?」
「あの、ちょっと、機会がなくて……」
身体ごと向き直って問い質すリオニーに、ララが困ったように視線を彷徨わせた。
ララは一年ほど前、家同士の都合で結婚するために、地方からやってきたという。
公王陛下のお膝元である王都は、国中から人や物が集まる都市。地方から来たなら、なおのこと、ララにとって珍しいものもたくさんあるに違いないのに。
「あ、もしかして旦那さんが厳しい? 今日のこともバレたら怒られちゃう?」
「えええええと、そういう、感じでもなくて……あの、本当に機会がなかっただけで、その誰かに外出を制限されてる、とかそういうわけでも、その、なくて……」
「でも、旦那さん全然ララのこと大事にしてくれないんでしょ? ララすごい不安がってたじゃない。ちゃんと思われてるか、自信ないって。構ってくれないし、よそよそしくて不安なんでしょ」
「や、……あの、ちょっと、待ってリオニー……本当に、今その話は……」
「その上、自由に出歩くこともできないなんて。ろくでもない男じゃない! ララはこんなに美人で可愛くて、優しくて、わたしが男でララをお嫁さんにもらえたら、絶対毎日ちゃんと優しくして、絶対不安になんてさせないし、すごーく幸せにするのに!」
馬車の中に、なんとも形容しがたい空気が流れた。
ララがきょとんとした様子で目を瞠って、騎士の両名がそれぞれ口元を抑えて顔を背けた。
え、なに? と困惑するリオニーにはにかむように微笑んで、ララの指先まで白く美しい手が、リオニーの両手をそっと握ってきた。
「……ありがとう、リオニー。あなたにそんな風に言ってもらえて、とても嬉しいです。あなたのようなお友達ができただけでも、ここに来て良かった。だからこそ、誤解してほしくないのですけど」
「……誤解?」
「嫁いできてすぐは、不安なこともたくさんあって、あなたというお友達ができたことも嬉しくて、つい色々こぼしてしまったのだけど、今はもう大丈夫。幸せです。わたくしはへ……旦那さまをお慕いしています。世界で一番、わたくしを大切にしてくれる方ですもの。だから」
ふふ、と可愛らしく笑ったララは、やはりとびっきり可愛らしい。
「リオニーの想いには応えられないの。その代わり、これからもずっと、お友達でいてくださいね」
ララの言葉に、胸が詰まる。
なんだか泣きそうだ。
大切な友達が、こんな風に思ってくれるなんて。
ララが幸せなら良い。
ちょっぴり寂しい気もするけど、ララが不幸な方がもっとずっと嫌だから。
「そっか。じゃあ、うん。良かった。ララが幸せなら、わたしも嬉しい」
へへ、と笑うとララも笑ってくれた。
「ララは、大切なともだち……だから……」
大切な。
その笑顔を見て、忘れかけてた思いが記憶の底から湧いて出てきた。
忘れていた。
いや、違う。
忘れていたかった。
リオニーの大切な人は、みんな死んでしまうのに。
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