第5話 冷静と狂気の間
ヴァイス公国には五の騎士団と、三の魔法士団があり、一度戦争となれば、彼らが中心となって戦いへと赴いていく。
隣国と五十年続いた戦争によって、軍人だけに留まらず多くの者達が血を流した。それでも、最も多く血を流したのは、勇猛果敢に前線に身を投じていった騎士団の者達であろう。
終戦を迎え一年。現在彼等全てが公王陛下の膝元である王都へと帰還を果たしている。
式典などがあれば各団の団長、副団長が顔を揃え並ぶ機会もあり、その壮麗なる姿を、国を守り戦い抜いた英雄たちの姿を、皆が一目見ようと詰め掛ける。
若く、猛々しいその姿を。
騎士団を束ねる団長も副団長も、二十代から三十代と皆揃って若い。総団長の二名だけは壮年と年齢不詳だが、それ以外は皆残らず、地位を得るにはあまりにも若過ぎる。
それだけ有能だ、という見方もできなくはない。
実際彼らは皆、軍人として優秀で有能なんだろう。
経験から来る貫禄のようなものがなくとも、それを補って余りあるものがある。見栄えだってする。
年頃の若い女や、子どもたちが、それぞれ別の意味で彼らに憧れを抱く。
戦場を知らない、王都に住む者達が。
事実とは、あまりにもかけ離れた評だと思う。
あまりにも、不都合で残酷な事実から、目を背けていると思う。
「リオニーさん」
王宮の廊下、窓から見える風景をぼんやりと眺めていると、正面から騎士が一人やってきた。
軽く手を挙げて近付いて来るその人は、リオニーより二回りぐらい、どこもかしこも大きい。
分厚い胸板に、丸太のように太い手足。巨漢とも言えるその人物は、第二騎士団の副団長である。第二騎士団団長であるアルノ・ミュラーの副官だ。
背は高くともほっそりして見えるミュラー団長と並ぶと、余計大きく見える。
いや、むしろ副官が大きいから、ミュラー団長が華奢に見えているのかもしれない。
「こんにちは、クラウゼ副団長。何か御用ですか」
近くに来られると、見上げるのに首が痛い。鎧のような筋肉のせいだろうか。立ってるだけで圧がすごい。
「いえ、姿が見えたので、ご挨拶でもしようかと」
その豪快な見た目に反し、細やかで繊細な気遣いができるオスカー・クラウゼは、先程までリオニーが見ていた窓の外に視線をやった。
そこには、第二騎士団の訓練場が見えている。
訓練中の彼等が上げる、威勢の良い声が聴こえてくる。
その中心に、いつもの団服ではない、シンプルなシャツ姿のミュラー団長が、木剣片手に次々と団員を叩きのめす姿がある。
昨日一緒に城下へ同行して、帰りの馬車の中でずっと無言だったミュラー団長の姿が。
「と、いう名目で……うちの団長と何かあったかなー、と思いまして」
「何もありません」
即座に言い捨てて、リオニーはもう一度窓の外に視線をやった。
軽やかに向けられた木剣を避けたミュラー団長が、向かって来た者の胴を鮮やかな剣捌きで薙いだところだった。
木剣じゃなければ死んでるところだろうが、木剣でもあれは痛いと思う。
ミュラー団長はいつも通り、元気そうに見えるし、素人目にもめちゃくちゃ強そうに見える。
「団長が妙に落ち込んでいる様子なので」
どこが?
同じ光景を視界に入れているはずの副団長は、リオニーの怪訝な表情に気付いたのか、小さく笑った。
「あれは憂さ晴らしです。訓練ですからね。通常であればもう少し上手く手加減するので、うちの団員がこぞって医務室のお世話になることはないんですけど」
そんなこと、知りたくなかった。
じゃあ今は、上手い手加減をせずに、医務室にお世話になる怪我人を量産しているということだろうか。
リオニーの、せいで?
「あ、言い方が悪かったかな。たまには手加減のない訓練も必要なので、彼等には良い機会です。リオニーさんが責任を感じる必要は、これっぽっちもありませんから、その辺は気にしないでください」
そう言われても、ハイそうですか、とあっさり割り切れるものでもない。
だって、リオニーだって分かっているから。
つい、言わなくていいこと言ってしまった。
前線で命を張ってきた人に、あんなことを言う必要なんて少しもなかった。
「……たぶん、わたしはミュラー団長に、不愉快な思いをさせてしまいました」
リオニーを見下ろすクラウゼ副団長の表情に、どこか微笑ましいものを見るようなものが混じる。
その表情に、思わずむっとしてしまう。
「なにか、おかしいですか」
「これは失礼を。ただ、ミュラー団長は、不愉快には思われていないかと」
「じゃあ、怒った……?」
「いや、そういうことでもなくて」
表情を隠すように、口元に手を当てたクラウゼ副団長は、少し首を傾けて考える素振りを見せた。言葉を探すようにして、口を開く。
「……落ち込んでいる……かな」
誰が。
たぶん、リオニーがものすごい「わけわからん」という表情をしたのだろう。
くく、とクラウゼ副団長が笑った。
「そうですね。そう、あれは落ち込んでるんです。元気がなくて、しょんぼりしてるんですよ。あの人は、意外と繊細で純粋な人なので」
誰の話だろう。
「昔、戦場で助けた女の子にお礼を言われたのが嬉しくて、ずっとそれを忘れないくらい」
そういうことを言われると、何も言えなくなるではないか。
「あの人は、一見柔和な優男と見られがちではありますし、騎士団の理性などと呼ばれていて、まあ、そういう一面があることも事実なんですけどね。ですが、実際のところは人一倍苛烈な方です。箍が外れれば結構ヤバい。猛獣と大差ないです」
「……そんなのが騎士団の理性、ってどうなんですか」
「騎士なんて、そもそも全員どうかしてますからね」
どうかしてないと自ら進んで戦場に行こうなんて思いませんよ、と身も蓋もないことを言った騎士の一人、副団長は肩を揺らして笑う。
「そのどうかしてる騎士たちの中でも、とりわけどうかしてる団長ですが、あの人はね、自分がどうかしていることを、きちんと自覚はしているんですよ。自覚してるし、ちゃんとどこかに常に冷静な自分を残している。冷静に周りを見ているし、空気も読める。自分に向けられる感情も、ちゃんと理解してます」
そんなこと。
「だから、好きな女性に冷たくされたら、普通に傷ついたりもするんですよ」
そんなこと、少しも全然、知りたくない。
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