フォンダンショコラ

「泉くん。冬のスイーツって言われて思い浮かぶスイーツは何?」


 冬休みに入って1日目。僕は今井さんの家にお呼ばれされた。理由はわからない。ただメールで『来て、大変』と来たので急いできたのだが、彼女に危機が訪れているようには見えない。


 スイーツのことを聞くぐらいだから僕が思っていたほど深刻なことは起きていないようで安心だ。


 一安心だが、彼女に突然与えられた問いに答えなければならない。


「冬のスイーツ………急な質問だね」

「そう?」


 家に来て挨拶も交わさずこの質問が来るのだから急だろう。


 さて、冬のスイーツと言われて思い付くものか。飲み物はすぐに出てくるが、冬のスイーツはすぐには出てこない。


「冬のスイーツって言ってもいいのかわからないけど、バレンタインがあるしチョコを作ったスイーツかな」


 質問に答えることにより何があるのかわからないが、答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「チョコレート……さすが泉くん。わかってる」


 何がわかってるんだろう。チョコレートが今井さんの求めていた答えなのだろうか。


 彼女にリビングへ案内されるとキッチンからいい匂いがした。


(チョコレートの匂いがする……)


 気になったのでソファで座って待っててと言われて座る前に聞いてみることにした。


「何か作ってたの?」

「うん、フォンダンショコラ。知ってる?」


 ここ最近、知らない名前のスイーツばかり食べることが多かったが、フォンダンショコラは知っている。


「チョコケーキで、中にとろっとしたチョコレートが入ってるスイーツ?」


 いつもは答えられないが、久しぶりに知っているスイーツなので自信満々で答えると今井さんはコクりと頷いた。


「この前ね、家族旅行で食べたの」

「へぇ、確か東京に行ったんだっけ?」

「うん、とっても楽しかった。泉くんにお土産買ったから後で渡すね」

「ありがとう」


 東京には行ったことがないのでお土産が何かとても気になるが今はフォンダンショコラの話をしている途中だ。


「そこで食べたフォンダンショコラがとっても美味しかったから私も作れないのかなって……」

 

 作ったものは見ていないが、いい匂いがするのでフォンダンショコラ作りは上手くいっているように思える。だが、彼女は困ったような表情をしていた。


 話の流れからしてこれはフォンダンショコラ作りで何かあったから僕を呼んだのではないだろうか。


「フォンダンショコラ、失敗したの?」


 そう彼女に尋ねると首を横に振ったのでどうやら違うらしい。


「失敗はしてない……ただ味見して何かが違うなって……」

「何か?」

「うん、お店で食べたものと違ってチョコがとろっとしてないの。泉くん、フォンダンショコラは食べたことある?」

「あるよ」

「じゃあ、味見してくれる?」

「……うん、いいよ」


 先ほど友人と昼食を食べた後だったので、お腹が一杯だが、味見なら一口だろうし大丈夫だ。


 味見をするためキッチンへ移動すると今井さんは一口サイズのフォンダンショコラを刺したフォークを持った。それを渡してくれるのかと思ったが、彼女は俺の口に近づけた。


「泉くん」

「…………えっと、食べさせてくれるの?」

「うん。あ~んしてあげる」


 周りに誰かいたら恥ずかしいがここには僕と今井さんしかいない。


「じゃあ、いただきます」


 フォンダンショコラを一口食べると口の中に甘い香りが広がった。


 僕が苦手な甘すぎない甘さのチョコレートだったのでとても美味しかった。


「どう?」

「美味しかったよ。けど……」


 正直な感想は多分、今井さんは求めていない。求めているのはチョコのなめらかさがどうかだ。


「やっぱりそうよね。固いチョコはフォンダンショコラとは言えない」


「何か足りなかったか、やり過ぎたか……」


 腕を組み、キッチンに置いてあるものを見て原因を考えてみる。すると、後ろから今井さんになぜか抱きしめられた。


「泉くん、もう1回作りたいから買い出し付き合ってほしい……」

「いいよ」

「やったっ」

「……動けないんですけど」

「あっ、ごめんね……」


 後ろを振り返るとそこには慌ててパッと僕から離れ、顔を真っ赤にした今井さんがいた。




***



「フォンダン、ショッコラ~」


 買い物を終え、帰り道、今井さんは、とても機嫌が良く謎の歌を歌っていた。


「今度は一緒に作ってみようか。足りないもの、見つかるかもしれないし」

「うん、ありがとう。一緒に作ろっ」


 2人並んで彼女の家へと歩いていると前からラフな格好をした髪の長い女性が歩いてきて、僕に向かって手を振ると今井さんは素早くさっと僕の後ろに隠れた。


「やぁやぁやぁ、泉翔太」

「なぜフルネーム」


 フルネームで呼んできた彼女は僕の姉だ。どうやらバイト帰りらしい。


「じゃ、私、友達と約束あるから」

「そう」

「またね」

「うん、また」


 姉と別れると人見知りで背後に隠れていた今井さんが僕の服をクイクイと引っ張ってきた。


「今井さん、どうしたの?」

「さっきの人……泉くんとはどういう関係なの?」


 あぁ、そうか。今井さんは、姉とは会ったことがなかったんだった。


「親しそうだった……ちょっと妬いちゃう……」

「……さっきの人は僕の姉だよ」


 姉だということを今井さんに伝えると彼女は顔を真っ赤にして口元に手をやった。

 

「さっき私が言ったことは忘れて……」

「そんな忘れてほしいようなことは言ってないと思うけど……」

「勘違いしたから恥ずかしいの……だから忘れて?」


 彼女がそこまで言うなら忘れよう。さっきの彼女は可愛かったのでしばらくは無理そうだけど。

 




***




 家に着くとさっそくフォンダンショコラ作りに取りかかった。僕も彼女も初めて作るスイーツのため、ネットにあるレシピを見ながら作る。


「よし……泉くん、味見してみて」

「うん……あっ、食べさせてくれるんだ」


 自分で食べる選択肢はないようで味見してみるかと聞いていた時点で一口サイズのフォンダンショコラは僕の方へと迫っていた。


「じゃあ、いただきます」


 食べさせてもらい口の中へと入ると先ほどとは違いチョコがとろっとした食感があった。


「これだよ、今井さん!」

「ほんと、じゃあ、私にも……」


 モジモジしながら顔を赤らめて今井さんはそう言うが、何がじゃあ何だろう……。もしかしたら私にも食べさせてということなのかもしれない。


 一口サイズのフォンダンショコラをフォークで突き刺し、それを彼女の方へ向けると今井さんはパクっと食べた。


「ほんとだ……美味しい……。あっ、ごめん、口元にチョコついちゃってる……」

「チョコ?」


 どこだろうかと自分の手で取ろうとすると今井さんは顔を近づけてきて手で取ってくれた。


「取れたよ」

「!」


 自分でもわかった。今、僕はおそらく顔が真っ赤だ。

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