ギモーヴ
「慣れるためにたくさん泉くんにドキドキさせるね」。そう彼女に言われた3日後の休日。僕と今井さんはとあるカフェで待ち合わせをしていた。
彼女の服装はいつも清楚系で落ち着いた感じだが、今日は違った。
黒と白のシャツに黒のズボン。そして黒のキャップ帽子を被っている。いつもと違う雰囲気なのは何か理由でもあるのだろうか。
理由が気になったので後から来た彼女が僕の目の前の椅子に座り、メニュー表を手に取る前に聞くことにした。
「いつもと雰囲気が違うね」
そう言うと彼女はゆっくりとキャップ帽子を脱いでカバンへと入れた。
「うん。今日はこういうクール系の服を着たい気分だったの」
そうか、着たい気分だったのか。この後、どこかに行くから動きやすい服装にしたと答えると思っていたが。
それにしても今井さんはどんな服装でも似合っている。清楚系でも今日のようなクール系でもどちらも可愛い。
服装を見るのをやめ、この店のメニュー表を見ることにする。
本日もお店を選んだのは今井さんだ。彼女はいろんなスイーツの店を知っている。彼女ほどではないが、中学の頃から付き合ってきた僕も少しは詳しくなったと思う。
「ここは確かギモーヴ?がオススメなんだっけ?」
「うん、ギモーヴ……。マシュマロみたいなスイーツらしいよ。私も食べたことないから楽しみ」
両手を合わせてニコッと笑った彼女はギモーヴが載ったページをじっと見る。
ギモーヴの種類は4種類あるらしい。フランボワーズ、ヴァニーユ、ショコラ、シトロン。ショコラ以外あまり聞かない名前で味が想像できない。
というかカタカナばかりで世界史に出てくる人の名前に見えてきた。
「今井さん、フランボワーズってどういう味なの?」
「フランボワーズは、酸味。ヴァニーユは、バニラクリーム。ショコラは、チョコレート。シトロンは、レモン」
「……な、なるほど。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ギモーヴ目的で来た今井さんは間違いなくギモーヴを頼むはず。僕もせっかく来たのだからギモーヴというスイーツを食べてみよう。
飲み物は……何がいいのだろうか。決まりはないが今井さんに何がいいかオススメを聞いてみよう。
「今井さんは飲み物、何頼むの?」
「飲み物? そうね……コーヒーの気分だからコーヒーにするつもり。泉くんは?」
「僕は……うん、僕もコーヒーにしようかな」
「そう、いいと思う」
お互いどれにするか決まり、僕はギモーヴのヴァニーユ、ショコラ、シトロンの3種類とホットコーヒーを。彼女はフランボワーズ、ヴァニーユ、ショコラの3種類と同じくホットコーヒーを頼んだ。
注文した後、彼女はメニュー表を閉じていつも付けている赤いリボンをつける。
「ね、泉くん。手出して?」
「手?」
唐突なお願いにわけがわからないまま僕は手のひらを上にして出した。すると今井さんはその上に重ねるように手を置いてきた。
手が触れあい、ドキッとした。手を繋ぎたくなったのかなと思い、彼女の方を見ると今井さんはまたリスのように頬を膨らませた。
彼女がこのような表情をする時は、思っていたことと違う状況になった時だ。
「今井さん、どうかした?」
「何でもない……泉くんと触れ合いタイム」
「ふ、触れ合い……寂しくなったとか?」
「ううん、手繋ぎたくなっただけ……泉くんの手は温かいね」
「そうかな」
泉くんと触れ合いタイム、手繋ぎたくなっただけと彼女は言ったが、おそらく目的は違う。本当の目的はどうやら僕には言えないらしい。
手を合わせた状態だったが、今井さんは、恋人繋ぎのように指を絡めてきた。そして彼女はぎゅっと握ってきたので、僕もぎゅっと握った。
頼んだものが届くまで手を繋いだまま話し、店員さんが来るとパッと離した。
「お待たせしました。ギモーヴとコーヒーのセットです」
「ありがとうございます」
お礼を言った彼女の目はキラキラしており、テーブルにギモーヴが置かれると「わぁ」と声を漏らした。
スイーツの目の前にすると彼女はいつもテンションが高くなる。そんなところがとても可愛いと僕は思う。
「泉くん、食べよっ」
「うん、そうだね」
「「いただきます」」
正直どれがどの味なのか、ヴァニーユ、ショコラ、シトロンの違いがパッと見わからず最初に黄色のギモーヴを食べてみることに。
(ん……ほんとだ)
今井さんが言っていた通り食感はマシュマロと同じで、柔らかい。味は甘すぎではなくとても好きな味だ。
次に食べたのは茶色のギモーヴ。これはショコラだろうか。
(ん……ショコラだ)
2つ目を食べ終えたところでコーヒーを飲むことを忘れていたことに気付き、食べるのを一度やめてコーヒーを一口飲んだ。
やはり甘いものと苦いコーヒーはとても合う。ギモーヴとコーヒー合うねと今井さんに言おうとすると彼女が難しい顔をしてコーヒーが入ったコップを両手で持っていることに気付いた。
「今井さん、どうかしたの?」
「…………コーヒーがビターなの」
「あっ、お砂糖いる?」
店員さんが砂糖をつけてくれていたので彼女に手渡すとコクりと頷いてそれを受け取った。
そして僕は最後のギモーヴを食べる。名前はわからないが、ヴァニーユ、シトロンだろう。
「やっぱりお砂糖がないと飲めない……泉くんは大人ね」
そう言って今井さんは砂糖を入れてコーヒーと混ぜ、そして飲んだ。
「甘くて幸せ……。ところで、泉くん。ギモーヴはどうだった? 私はとっても気に入ったんだけど……」
「美味しかったよ。特にショコラが」
「一緒ね。私もショコラが1番好き……けど」
彼女はそこで言葉を止めてそして僕の方を真っ直ぐと見た。
「スイーツより1番好きなのは泉くん」
「!」
「大好きだよ、泉くん」
「あ、ありがとう……僕も今井さんのこと好きだよ」
「! ドキッとさせるつもりがさせられた……」
顔を真っ赤にした今井さんは、見られたくないのか下を向き、両手でコップを持つとコーヒーを飲んだ。
「可愛い」
「! 泉くん、また頬ぷにぷにするよ?」
「なぜ」
「私ばかりドキドキしてるから」
「えぇ……」
後になって気付いた。彼女は今日、僕に慣れてもらうためにたくさんドキドキさせるようなことをしていたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます