スイーツより甘いのは彼女と過ごす時間

柊なのは

ショコラテリーヌ

「スイーツはね、その時の自分の気分によって味が変わるの。泉くん、今の私の気持ち、当ててみて?」


 そう僕に話しかけてきたのはセミロングで赤のリボンがトレードマークである今井結月いまいゆづき。彼女と僕の関係は簡単には言い表せない。


 今いるこの場所は学校の近くにある昔ながらの喫茶店。この店の人気メニューはフィナンシェ。スイーツに詳しい彼女によるとフィナンシェはアッサムティーという紅茶にとても合うらしい。


 フィナンシェとアッサムティーをセットで頼み、幸せそうな表情でフィナンシェを食べていた彼女。だから気持ちはおそらくこうだろう。「幸せ」だと。


「幸せ……とか?」


 少し自信なさげに答えると目の前に座る今井さんは、ぷく~とリスのように頬を膨らませた。どうやら間違いだったようだ。


 彼女は何も話さないのでこれは当てるまで終わらないやつだろう。

 

(幸せでないなら……)


 美味しい、もっと食べたい、といろいろ出てきたが、ふと俺は彼女が言いそうなことを思い付いた。


「とっても幸せとか?」

「……まぁ、半分正解。正解したから泉くんには少しだけ私のショコラテリーヌあげる」


 いつの間にフィナンシェの他に頼んでいたんだと心の中で静かに突っ込む。


 あげると言われたショコラテリーヌというのはチョコレートケーキのようなスイーツだ。食べたことはないがスイーツに詳しい彼女から教えてもらった。


「泉くん、少しの間だけ隣に座ってもいい?」

「隣?」


 2人だが、店員に案内され、今いる席は4人座れるテーブルだ。僕と彼女は向かい合わせに座っているので当然隣には誰もいない。


「いいけど……」

「じゃあ、行くね」


 彼女はそう言ってショコラテリーヌを乗せたお皿を僕の近くに移動させると席から立ち上がり、そして僕の隣に座った。


「今井さん、どうかしたの?」

「食べさせてあげようと思って……はい、泉くん、あ~ん」


 ショコラテリーヌを食べやすい大きさにしたものをフォークで突き刺し、それをこちらへ向ける今井さん。


 一度見たことがある。仲の良さそうなカップルが食べさせあいをしているところを。確かあの時、今の状況のようだった。僕はそういう相手がいないからやらないことだと思っていたが……。


「泉くん、食べないの?」


 首を少し傾け、顔を覗き込んできた今井さんの髪がさらっと揺れる。


「……い、いただこうかな」

「うん、美味しいよ」


 口を開けると今井さんはショコラテリーヌを食べさせてくれた。


 口の中に少し大人な味が広がり、自然と「美味しい」という言葉が出てくる。


「どう? 美味しい?」

「うん、美味しかった。知ってると思うけどさ、僕は、あんまり甘すぎるの好きじゃないんだ。けど、これは気に入ったよ」

「ほんとっ!? 良かった……」


 嬉しそうな表情をした彼女は、両手を合わせて微笑んだ。


 今井さんは先程座っていた席へ戻るとメニュー表を開いた。もしかしてまだ頼むのだろうか。


「何か頼むの?」

「うん。締めのカヌレ……ここの美味しいの」


 締めをカヌレというのも始めて聞いたし、スイーツを食べた後にしめをスイーツにする人も始めて見た。


 今井さんは店員さんを呼ぶとカヌレを頼み、待っている間、ずっとニコニコしていた。


「カヌレ、カヌレ~」

「カヌレ好きなの?」

「うん、好き」

 

 キラキラとした目で好きという彼女はそう言って小さく笑った。


「ね、泉くん……この後デートしない?」

「デート?」

「うん、デート。ダメかな?」

 

 デートと言われて僕はてっきり2人でどこかに行くと思っていた。けれど、喫茶店から出て向かった先は彼女のマンションだった。


 今井さんのマンションは何度かお邪魔したことがある。タワーマンションで、1つの部屋がとても広い。


「お邪魔します……」

「そんなに緊張しなくていいよ。親いないから……」


 親がいないという言葉で余計に緊張してきた。親がいないということは2人っきりということだから。


 彼女にリビングに案内され、ソファに座って待っていてと言われたので、言われた通り座って待つことに。


 キョロキョロするわけにもいかないので時計を見つめてぼっーとすること数分。いい匂いがしてキッチンのある方を見るとお盆にティーカップを2つ乗せて持ってきた今井さんがこちらへ向かってきた。


 ゆっくりと歩き、近くへ来ると彼女はテーブルにティーカップを置いた。


「お待たせ……」

「……これは?」


 紅茶なのはわかるがどういう紅茶なのか気になり尋ねると彼女は僕のとなりに座った。


「ダージリンティー」

「へぇ、聞いたことはあるけどこれが……。前から思ってたけど、今井さんっていろんな紅茶知ってるよね」

「うん、たくさん知ってる。温かいうちに飲んで……」

「ありがとう」


 アッサムティーを飲んだばかりだが、ここに来るまで寒かったので温かいものが欲しかったので、飲むことにした。


 一口飲むと隣で感想が聞きたいのかこちらをじっと見てくる今井さんに気付いた。


「……美味しいね」

「! ふふっ、良かった」


 僕がティーカップをテーブルの上に置くと今井さんは一度立ち上がりそして密着するように隣に座り直した。


「今井さん?」

「ふふっ、泉くんって驚いた表情することあまりないから近づいたらビックリするかなって……」


 上目遣いで話す彼女に僕は驚くというよりドキッとした。


 彼女との距離感には慣れているはずなのに時々、こういう甘い空気になる時がある。


 僕は甘い空気が苦手だ。嫌いではないが、慣れていないから。


「うん、ビックリした」

「……ほんと?」

「ほんと。けど、僕だけじゃなくて今井さんもあまり驚かないよね」

「……そう言われればそうかも。驚くのは想像以上に甘いスイーツを食べた時くらい」


 彼女の言葉に僕は小さく笑う。


「ほんと好きだね」

「……泉くんが笑うのレア。もう1回笑って? 写真に収めたいから……」


 スマホを片手にグイグイと近寄ってくるので、少しずつ離れていくが行き止まりになり、動けなくなった。


「今井さん……」

「何?」

「近いです」

「近づきたいから近づいたの」


 そう言って離れてくれない様子の今井さんは、なぜか人差し指で僕の頬をツンツンし始めた。


「泉くんは、こういうあま~い空気苦手そう」

「!」

「ふふっ、やっぱり……私が慣れるためにたくさん泉くんにドキドキさせるね」


 それは困る。その言葉は彼女の耳には届かなかった。




                  【続く】

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