第3話

「また来たぜ、純香すみか


 綺麗に包装された花を片手に空海はある場所を訪れていた。

 そこは墓地。術者達が眠る一般人の誰も認知していない未開の地だ。幾千幾万という果てた命が眠っており、その中の一つの墓標の前へと空海は降り立つ。重力を感じさせない軽やかな動きで着地すると、花束を墓石の前へ置いた。


「お前が死んでから色々あったが、やっぱり俺の結論は変わらねぇ……術者に弱い奴はいらない。雑魚は雑魚らしく引きこもってりゃいい」


 何の感情も篭められていないかのような淡々とした口調だったが、それはおそらく違うだろう。彼の己の内側から溢れんとせん何かを押し殺すような顰められた顔を見れば一目瞭然だ。


「だが……昔の俺はそれで終わってた。その先がなかった。俺以外の奴が勝手に前に出て、目の前で死んだとしてもそいつの実力不足で死んでいるだけ。それ以上でもそれ以下でもなかった……」


 持ち上げられた右手を見つめ、空海は拳を握る。そのうちに秘められし感情を決して外には出さないように、力強く握り締めた。


「今は違う。弱者は前に出ずとも、出来る役割があるんじゃねぇのかって考えるようになった。同時にお前のことがあって、俺は自分の弱さを痛感した。術者としての強さじゃない。強き者として誰よりも前へ立つ、その覚悟がなかったことだ」


 今の空海は普段の軽薄さも、雲のように掴み所のない態度もなりを潜めている。そこに立っているのはただの空海という青年だった。


「だから俺は最強として、術者として、誰よりも強い……現代最強の風術士として覚悟を決めたんだ。お前が死んだお陰……いや、お前のせいだな。正直、お前が死んでなかったらこんなガラじゃねぇことは思わなかったぜ」


 自嘲気味に口角を上げ、空海は肩を竦める。彼の脳裏を過ぎるのは純香との日々。彼にとって彼女は親友でもあり、家族でもあり、恋人でもあり、同じ術者としての最高のライバルでもあった。

 強さだけなら空海に勝る者は一人もいない。生まれた瞬間から最強とまではいかないまでも、現在の彼に届く者は未だに現れていないくらいだ。だが、その空海の隣に並び立とうとする者はかつて一人だけ存在した。

 それこそがとある事件で命を落とした純香だ。


「俺はお前から意志の強さってやつを教わった……ただ才能任せに力を振り回していた俺が成長できたのは、お前が居たからなんだぜ?」


 返答はない。ただ一陣の風が吹き、辺りに生い茂る木々の枝についている木の葉を揺らす。風術の常時展開を可能とした空海の髪の毛は一本たりとも揺れていないが、ポーカーフェイスが得意な彼の瞳は分かりやすく揺れていた。


「……お前が死んだ分も、俺は生きていく。お前が遺した言葉を胸に、俺は今日も生きていくぜ」


 空海は踵を返す。ふわりとその体は舞い上がり、天井から吊り上げられるかの如く上昇していく。


「……何物よりも愛してるよ、純香。お前と出会えて、俺は幸せだ」


 そう言い遺し、彼は空気に溶け込むようにして姿を消した。

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