第2話
「
「入れ」
間髪入れず返ってきた返事に踏絵は恭しく一礼と断りの言葉をおき、音を立てずに障子戸を開ける。そのまま流れるような動作で敷居を踏まないように跨ぎ、ゆっくりとまた障子戸を閉めていく。
一連の動作を終え、上座へと腰を下ろす男の前で正座した。空海の二倍は生きているに違いない老熟した者。つるりとした禿頭には炎のような刺青が刻まれている。見た目以上に全身からは覇気が迸っており、空海とは別の意味で圧があった。そのこともあって踏絵にとってはあまり気持ちのいい時間ではない。
膝に手を置き、緊張の面持ちで彼女は仕事の報告へと入る。
「今回、依頼された邪霊は空海様の手によって見事討伐されました。この私、踏絵も邪霊の消滅を確認済みです」
「そうか、ご苦労……それで、その当の本人である空海は何処だ?」
「依頼人の元へ行かれました。そのあとはおそらく……」
ずっとスラスラと口を開いていたが、空海の日課を思い出して言い澱む。僅かに顔色も悪くなっている。彼女を見下ろす位置にいる勝将は、その些細な変化を感じ取ると右手で待ったをかけた。
「墓参りだな……よい。それ以上言う必要はない。そうか……やはりまだ気に病んでおるのだな」
「そうですね……あの方にとって、全てだった人ですから」
踏絵は改めて思い出す。空海が最強の術者といえど、自分達と同じ人間であるという事実。
いくら馬鹿馬鹿しいくらいに強くても、全てを守ることなど出来はしないのだ。それでも誰よりも強い彼にとって、一番守りたかったものが守れなかった。喉に魚の骨が引っかかっているかのように、今でもその事が気になって仕方ないのだろう。
邪霊と相対する者達は皆限りなく死に近い。だからこそ、死なないために力をつけている。空海はその覚悟の密度があまりにも異常だった。それは過去、彼が絶対に守りたかったものを守れなかったことからきているのだろう。
「守れないものは必ず存在する。自分の命と他者の命。両者の命を天秤にかけ、自分を生かすことが正解。奴はそれを選んだに過ぎん……何も間違ってはおらんだろうに」
「……ええ、私もそう思います」
一瞬複雑そうに表情を変えたが、本当に一瞬かつ勝将が見ていないタイミングでのことだったので気付くものは誰もいる筈がなかった。
その後、ひと通り報告を終えた踏絵は立ち上がる。
「それではそろそろお暇させて頂きます」
「うむ。相分かった」
勝将からの許しが出たので一礼し、障子戸を横へと動かして退室した。そのまま静かに閉めると、庭に咲く色とりどりの花々を一瞥する。
「……」
何も言わない。ただじっと花々を見つめ、物思いに耽る。表情は変わることなく、再び歩き出した踏絵は一度も止まることなくその場を去っていった。
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