第43話 3回の善行
Side:新兵
杖をついたお爺さんを見かけた。
よろよろして危なっかしい。
「爺さん、背負ってやるよ」
「すまんのう」
「でどこへ行けば?」
「噴水広場じゃ」
爺さんの案内で噴水広場を目指す。
「涼しいな」
「銅貨を入れるといいんじゃ」
よし入れるか。
ポンと銅貨を投げ入れた。
「じゃあ帰るか」
「次は大聖堂じゃ」
ボケているのか。
いいや分からん。
今までの案内はしっかりしてた。
噴水までは最短距離だったと思う。
まあいいか。
付き合ってやろう。
「着いたぞ」
「中に入ってお祈りするんじゃ」
はいはい、お祈りね。
これからの航海の無事を祈った。
「次は?」
「スイーテア・パン店だ」
この道は知っている。
シナグル魔道具百貨店への道だ。
着いた所は隣のパン屋。
香ばしい良い匂いがしてる。
「着いたぞ」
「ここのパンは美味いんじゃ」
へぇ、そうなの。
シナグル魔道具百貨店はこれからも使うから、このパン屋を覚えておこう。
パン屋でパンをふたつ買って、喫茶店コーナーでお爺さんと食べる。
仲間が何人か戻ってきていたが何も言わない。
善行ポイントの途中だと思ったのだろう。
余計なことを言うと台無しになるとでも思ったのか。
余計な気づかいだ。
このパン、確かに美味いな。
ポイントカードの転移があるから、毎日買いにきても良い。
今度、留守番している仲間たちにも買って帰ろう。
「次に行こうか」
「次は時計台じゃ」
はいはい。
時計台の周りは人であふれかえっていた。
確かにあの大きな時計は見ごたえがある
露店では絵も売られていた。
「次に行こうか」
「絵を買うのじゃ」
「仕方ないな。その大銅貨1枚の絵をくれ」
「はいよ」
まあ、安いと言えば安い。
痛い出費というわけでもない。
「知っとるか。この絵はシナグル魔道具百貨店の複写魔道具で描いたんだぞ」
「へえ、便利なんだな。良いお土産だ。次に行くぞ」
「次は。酒場だ。背負って歩いて喉が渇いたじゃろ」
「まあな」
お爺さんの案内で行った酒場のエールは冷えてて美味かった。
「わしはな息子がいたんじゃ。息子は二十歳の時に喧嘩して家を出て行った。風の便りに結婚して孫も出来たと聞いた。孫はちょうどお前さんぐらいの歳だ」
「お爺さんには悪いけど、俺は孫にはなれない。手紙を書くんだな。遊びにおいでと。今日、俺と色んな所に行って予行練習になっただろ。本番をやらないとな。次の目的地は冒険者ギルドだ。手紙を出すぞ。住所は分かるよな」
「住所は知り合いから聞いている。そうだな。手紙を出すか」
冒険者ギルドでのお爺さんは嬉しそうだった。
きっとお孫さんは遊びに来るさ。
お爺さんが手を振って俺は別れた。
ポイントカードが光っている。
よっし、2回目。
手紙の返事が来ると良いな。
ぶらぶらしてたら声が聞こえた。
「いらっしゃい」
小さな声だ。
ガリガリの男がか細い声を上げている。
なってないな。
腹に力を入れるんだ。
店は八百屋だな。
あんな小さな声じゃ野菜がしなびて見える。
「おう。腹で呼吸して声を絞り出すんだ」
「いらっしゃい」
「違う。いらっしゃい!!! いらっしゃい!!! 安いよ!!! 安いよ!!! 採れたて新鮮だよ!!!」
俺の大きな声に通行人が足を止める。
大きな声は船乗りの基本だ。
嵐の中とかで蚊の鳴くような声わしてたら伝わらない。
「いらっしゃい!」
「そうだ。その意気だ。とにかく腹に力だ」
二人で叫ぶと徐々にお客が増えた。
中には買ってくれる人もいる。
「品質には自信があるんだ。売り方が下手くそだから、そこは頑張っている」
「今日、たくさんのお客が来たら、品物が良いんだったら、どんどん増えるさ」
客がおいくらと尋ねる。
「大銅貨7枚です。どんどん増えると良いけど」
「こっちのはいくらだ?」
客が野菜を持って値段を尋ねたので俺は聞いた。
「大銅貨5枚と銅貨3枚。何で手伝ってくれたの?」
「気にするな。気まぐれみたいなもんだ」
店の手伝いをしてしばらく経って客足が落ち着いた。
「もう、今日で店を畳もうかなと思っていた」
「他にやることがあるのか。夢は?」
「他にできることなんてない。子供の頃から野菜の目利きで暮らして来たんだ。夢はシナグル魔道具百貨店を超えるような店だよ」
「もしかして、独立したばかりか?」
「そうだよ。前は客引きは親方がやってたから」
「俺も駆け出しだよ。今日の課題は上手くいってない。でも夢がある。船長になるってな。へこたれたら皆に元気をもらうさ。お前もそうしろよ」
「いま、元気をもらっている」
ポイントカードが光った。
俺が誰を元気にできる存在になれるなんてな。
さあ、そろそろ夕刻だ。
帰ろう。
3回しかカードは光らなかったが、この3回は誰にも負けてない自信がある。
喫茶店コーナーに帰ると。
教官から声を掛けられた。
「嬉しそうだな」
「イエッサー。感謝されるのは良いことです。照れ臭いですが、嬉しいです」
「そうか。その気持ちを忘れるなよ」
「イエッサー」
忘れないさ。
背中を刺されるような奴にはならない。
背中を庇われるような奴になるんだ。
そして誰かのためになって、誰かを元気づける。
そんな人間になりたい。
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