第38話 困ったお客さん

Side:チルル


 セイラから呼び出しを受けた。


「困ったお客さんがいてね」

「セイラが根を上げるなんてらしくない」

「妊婦さんなんだけど、料理がどれも喉を通らないの」

「聞いたことがある。味覚が変わるって言うしな」

「食べる魔道具の出番じゃないかしら」

「分かった。試してみよう」


 レストランの中に入る。


「もう、何も食べたくない」

「我がまま言わずに」

「あなたは良いわよ。普通に食べられるんだから」


 若い夫婦が喧嘩している。


「食べる魔道具を持ってきた。試してみてくれよ」

「魔道具を使って食べるのか? 危険ではないよな」

「ああ、老人しか試してないが、みんな美味いと言っていた」


「ハニー、試してみようよ」

「これで最後よ」


 魔道具を使い妊婦さんが食べる。


「普通に食べられた。そうよこんな味だったわ。思い出した」

「ここはね。女房とデートに使った思い出の店なんだ。ここなら食べられるかなと思って連れてきたんだけど。魔道具を使ってでも食べられて良かった。ハニー泣いているのかい?」

「懐かしくって」


 見るからに幸せそうだ。

 ポイントカードが光る。


「良かったね」

「これもセイラが魔道具を開発したおかげだよ」

「ううん、チルルの行動力が凄いから」

「いいやセイラの方が凄い」

「うふふ。二人が凄いってことで良い」

「ははは、そうだね」


 セイラと良いムードになった気がする。

 帰りにいい気分で魔道具ギルドに寄った。


「食べる魔道具の説明に追記して下さい。妊婦さんにも効果ありと」

「承りました。妊婦さんにも効果があるのはかなり良い情報ですね」

「みんなのお役に立てて嬉しいです」


 食べる魔道具がこんなにも凄いなんて。

 1個につき大銅貨1枚しか特許料は入ってこないけど。

 もう金貨1枚を超える金が手に入った。

 1000個も売れたらしい。


 ポイントカードが光り続ける。

 光はほんのわずかだけどこんなにも感謝してくれる人がいるなんて。


 俺は食べる魔道具を量産した。

 でもあまり売れない。


 セイラが訪ねてきて、在庫の山を見て心配そうな顔をした。


「作り過ぎたみたい」

「食べる魔道具よね。老人と妊婦さんの数は多いから、宣伝のやり方次第だと思う」

「どういうこと?」

「妊婦さんなら産婆ギルドね。産婆さんが勧めてくれれば、売れるわよ。老人の方はメイドギルドね。そこへ売り込めば良いわ」


 なるほど。

 産婆ギルドへ入ると場違いな気がした。

 男はほとんどいない。

 いても奥さんの付き添いだ。


 受付に近寄る。


「産婆の予約なら奥さんも連れて来て下さい」

「違うんだ。妊婦さんて味覚が変わって物が食べられなくなったりするだろう。それを解消する魔道具を作ったんだ」


 受付嬢にガシっと手を掴まれた。


「失礼しました。あまりに画期的な道具だったので、いやあなたは聖人とたたえられるでしょう。妊婦さんが食事でどれだけ苦労しているか」

「知っているよ」

「いいえ、当事者にならないと分かりません」

「うん、それで広告を置かせてもらって良い?」

「はい喜んで」


 上手くいった。

 次はメイドギルドだ。

 こっちは男性の姿も普通にある。


 受付に行くと。


「メイドの派遣ですか?」


 そう言われた。


「食べる魔道具っていうのを開発したんだけど。チラシを置かせてもらっていいかな」

「チラシを見せて下さい」


 チラシを1枚渡す。


「どうかな?」

「画期的ですね。柔らかく煮たり、ドロドロにする必要がないなんて」

「チラシ置かせてくれる」

「いいえ、魔道具を100個発注します。チラシを作っている暇があるなら、魔道具を作って下さい。そのサンプルの魔道具も貰います」


 食いつきの良さが怖いぐらい。

 一挙に在庫がはけたようだ。


「在庫があるから持って来る」

「急いで」


 そんなに急かさなくても。

 荷車に山と積まれたでかい木のフォークの魔道具をメイドギルドに納入。


「予想外の性能です」

「何かあった」

「手が不自由な人に食事をさせるのがどれだけ大変か知ってます」

「知らないけど」


「大変なんです。それがこの魔道具を使えば自分で食事出来ます」

「手が不自由なんじゃなかった?」

「料理に魔道具を入れておけば触るだけで食事できます。料理が3品あれば、魔道具を3つ用意すれば良いのです。これがどれだけ凄いか分かりますか」


「分かんないけど」

「自分が食べたい物を自由に選べるんですよ。食べさせてもらう場合はそこが大変だったりします」


 なるほどね。

 とりあえず僅かに手が動けば食事ができるらしい。

 画期的なのかな。


「作った甲斐があったよ」

「食べ物を詰まらせたりしないのも良いですね。むせたりする事例はありません」


 食べるのをイメージして核石を作っただけなんだけどな。

 たしかに俺のイメージでは良く噛んで味わって、むせたりせず健康に食べるだけどね。


「良かったよ。俺の魔道具で危険があったなんて言われたくないから」

「他のメイドギルドにも通達を出しました。全国で使われ始めるはずです」


 1週間ほど経ち、特許料は大金貨1枚になった。

 1万個も売れたんだな。

 ポイントカードが頻繁に光るようになった。

 そろそろファンファーレが鳴るかも。

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