第37話 食べる

Side:チルル

 俺はチルル、魔道具職人。

 ちょっと前に見習いが取れた。

 駆け出しと言っても良い。

 昨今の魔道具職人はどれだけの種類の核石が作り出せるかで腕が決まる。


 新しい歌を買うのも良いが、新しい歌を作り出して、脚光を浴びたい。

 うーん、でたらめに魔道具の歌を弄っても駄目だよな。

 灯りから右の魔道具ができたのは有名な話だ。


 規則性などない。

 灯りと右で共通性なんかあるものか。


 でたらめでも歌はできる。

 ただ歌を刻む時にイメージを込めないといけない。

 歌とイメージが合ってないといけないのだ。


 うーん、でたらめにやったのではだめだな。

 まず改造する

 もとの歌だ。

 『ララーラー♪ララー♪ラー♪ラ♪ララーラ♪』、これは水の歌だ。


 最初の一節を変えよう。

 『ララーラー♪』を『ラ♪』に変える。

 この歌は何だろう。

 水を変更して、火。

 そのイメージで核石を作ったが駄目だ。

 風も駄目。

 土も駄目。

 雷も駄目。

 なんのイメージならいけるんだ。


 料理人のセイラに相談することにした。


「というわけなんだ。色々なイメージを試したが駄目だった」

「じゃあ、塩、辛い、甘い、美味い、不味い、なんてのは試した?」

「試してない」


 クラッシャー、今ではメイカーと呼ばれている魔道具を出す。

 セイラの前で核石を作った。

 駄目だ。

 全部だめになった。


 『ラ♪ララー♪ラー♪ラ♪ララーラ♪』に意味なんてないのか。


 もう貯金で買った最後の魔石だ。


「ええと食べるなんてのはどう。料理は食べるのが最初のステップだから。食べてくれる人がいないと成り立たない」

「やってみる。ラ♪ララー♪ラー♪ラ♪ララーラ♪とやって出来た」


 さあ、最後の正直。

 魔道具を起動する。

 やった料理が消えて、口の中に味があって、お腹が満たされた。


「成功ね。食べるの魔道具ができたわ」

「食べるなんて誰にでもできる。こんな魔道具は誰も使わない」

「使うわよ」


 とりあえず、食べる魔道具の核石と溜石は大きな木のフォークに取り付けられた。



 セイラが連れて行ったのは、お婆さんの所。


「いらっしゃい」

「良いものを持ってきたのよ。今日はいつもの柔らかくグズグズに煮た料理じゃないわ」


 セイラがテーブルに料理を置く。

 困ったようなお婆さんの顔。


「悪いけど」

「心配しないで、この魔道具を使えば、お婆さんにも食べられる。食べる魔道具よ」

「せっかくだから、やってみようかね」


 お婆さんが魔道具を使って食事する。


「どう?」

「噛んだ感触と舌ざわり、味もあって、満腹感もある。こんなことって。歯がほとんどないので、噛んだ感触のある食事が再び味わえるとは思ってなかったよ」


 お婆さんが泣いて、ポイントカードが光る。


「チルル、役に立たないってことはないでしょう」

「うん、食べるのが大変な人がいるなんて思いもしなかった」


「いつもはグズグズに煮た食事を届けていたのよ。でも不評なのよ。噛んだ感触がないのが良くないみたい。食事は噛まないと。ほとんど食べてくれない人もいるわ」

「苦労してるね」


 次の人も同じで。


「これなら食事が楽しい。食事をもう一度楽しむことができるなんて思わなかった」


 ポイントカードが光る。

 次のお爺さんは料理を見るなり喚き出した。


「ジューサーミキサーの食事は嫌だ」


 ジューサーミキサーはシナグル魔道具百貨店のヒット商品だ。

 食べ物をドロドロに変えてしまう。

 果物とか飲み物に変えるにはかなり便利な魔道具だ。


「今日はジューサーミキサーは使わないわよ。これよ」


 食べる魔道具が出された。


「何じゃい。フォーク」

「食べる魔道具よ。さあやってみて」


 食べる魔道具で料理を突くと料理が消えた。


「うむ。味がする。食べている感じがする。なんて素晴らしい。あんなゲロみたいな食事はもう二度と食わなくて良いんだな」

「ええ。私も心苦しかったのよ」

「ああ。お替わり」

「そういうと思って多めに持ってきたわ」


 お爺さんが泣いている。

 ポイントカードが光った。


「分かった? 素晴らしい魔道具でしょう」

「ああ、こんなにも喜んでくれるとは思わなかった」


 魔道具ギルドはちらほらと人がいるだけで、いつものように閑散としてた。

 用がない人は来ないからな。


「特許登録したい」

「承ります」

「歌はラ♪ララー♪ラー♪ラ♪ララーラ♪です」


 受付嬢が特許登録の魔道具を操作する。


「新しい歌だと確認されました。イメージは?」

「食べるです」

「あの料理を食べるの食べるですか」

「はい、食べ物を食べられない人のためになると思います」


「例えばと聞いても良いですか?」

「歯が悪い人。固形物を食べられない人です。老人しか知りませんが、他にもいるかも知れません」

「そうですか。それは素晴らしい魔道具ですね。特許料はいくらにします」

「大銅貨1枚にして下さい」

「安いですね」

「必要としている人に届けたいですから」

「立派です」


 金は、欲しいけど、次の開発資金が貯まるぐらいで良い。

 感謝の気持ちがこんなに心地よかったのは久しぶりだ。

 物を作って感謝されることのなんて幸せなことか。


 魔道具職人になって良かったと思う瞬間だ。

 工房で修理していると、ありがとうと言ってくれる人はいるが、泣いて喜んでくれる人はいない。

 今回作った魔道具は一生忘れないだろう。

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