第33話 両面テープ

Side:ネティブ


 さあ、今日も頑張るぞ。

 猫の額ほどの店を開ける。


 僕はネティブ。

 ネティブ商会の会頭だ。

 と言っても従業員は一人もいない。


 僕が全て兼務しているのだ。

 この二坪ほどの店を出すのだって凄い苦労した。

 店を構えるのは本当に大変だ。

 シナグル魔道具百貨店を始めてみた時は震えた。


 いつか僕もこんな店を持ちたいと武者震いだ。

 不思議と嫉妬する気持ちはなかった。

 独立する前の会頭が言ってた。


「ライバルに嫉妬する奴は馬鹿だ。ライバルのことを洗いざらい調べて、良いやり方はみんな吸収すりゃいい。だからライバルでなくてみんな先生だ。やり方を全て吸収したと思っても、見下すんじゃないぞ。恩師だと思え」


 ライバルはみんな先生。

 そう思うと他人は他人、僕は僕と思えるようになった。

 嫉妬で目を曇らせるのは3流なんだろうな。

 ひとの良い所を吸収してどんどん自分に磨きをかけるのが1流なのかも。


「いらっしゃい」


 お客が来た。


「フックを探している。壁はレンガなんだがそれに付けられるような奴が良い」


 レンガに穴を開けるとたぶん割れる。

 解決方法としてはレンガとレンガの間にある漆喰の部分にフックを付けるのが良いかもと思う。


 だが、付けたい所に自由に付けられないのは不満が残る。

 常に最高の品を。

 僕のモットーだ。

 たかがフックひとつではない。


「いま、たぶんお客様のご要望に沿う品はありません。なので、気に入った物をおつくりしましょうか?」

「おっ、悪いね。頼めるかい」


「他のお店も回られたんですよね。こんな品じゃ無かったですか」


 釘で固定するタイプのフックを出した。


「これだよ。これだと釘を打てる場所が限られる。好きな位置にフックを付けたいんだ」

「承りました。何とかご要望に沿える商品を作ってみせましょう」


 簡単に考えられるのは、接着剤だ。

 ただ、接着剤は弱い。

 恐らくすぐに取れてしまう。


 強力な接着剤ね。

 膠や樹液では駄目そうだ。


 接着面を大きくするかな。

 でも不細工だ。

 スキルでの接着が良いかもな。

 金属とレンガをスキルで接着できるだろうか。


 ええと、どんなスキルなら可能かな。

 変形か。

 変形ならフックの金具を埋め込める。

 だけどポロっと行きそうな気もする。


 実験かな。

 職人に頼んでレンガに変形スキルでフックを埋め込む。

 うん、良い感じだ。


 でもこれが最高の商品とは言えない気がする。

 変形スキルの職人の手を借りないといけない。


 ポイントカードの転移でシナグル魔道具百貨店に飛ぶ。

 喫茶コーナーに入った。

 コーヒーを飲んで考えたいからだ。

 ふと壁に目が留まる。

 外套や帽子を掛けるフックがあった。


 釘で固定されてないのが分かった。

 近くに寄ってしげしげと眺める。

 やっぱりだ強力な接着剤で固定されている。

 綿みたいな物が間に挟まっているな。

 そうか、でこぼこをこれで解決しているのか。

 この接着している物が欲しい。


「あの、喫茶コーナーのフックを固定している物ってありますか?」

「店長に聞いてきます」


 しばらくしてシナグルが現れた。


「うちは魔道具店なんだが。まあ、両面テープは確かに便利だよ。それは分からんでもない」


 困った顔のシナグル


「売ってくれるのか?」

「仕方ないな。俺が使って、余った分だけだ」


 指ぐらいの長さの両面テープというものを売って貰えた。


「ありがとう」

「今回は気まぐれだ。次回からはポイントカードのポイントを溜めろ」

「そうするよ」


 早速、少し切ってフックを取り付けてみる。

 うん、問題はなさそうだ。


 さっそく、お客さんに連絡して、両面テープとフックを渡した。


「これ便利だな。フック以外のなにに使うか考えつかないが、凄い商品だ」


 僕の目標に両面テープ開発が加わった。

 まずは接着剤だ。

 これがなくては始まらない。

 くっ付かないすべすべした紙とかフワフワしているスポンジというものは後回しだ。


 うーん、たかが接着剤、されど接着剤。

 色々な物を取り寄せたが、これはという物がない。

 時間が経つとほとんどの接着剤は固まる。

 両面テープは長い時間固まらない。

 今も固まってないのを確認してる。


 これが世界一の技術か。

 SSSランク職人が見る世界なのだろうな。

 一介の商人にはその一端さえ分からない。


「こんにちは」

「はい、こんにちは」


 6歳ぐらいの女の子のお客さんだ。

 子供には重そうな包みを持っている。

 何が入っているのかな。


「あの。お父さんがここでフックを貼り付ける物を売って貰ったって」


 ああ、あのお客さんのお子さんね。


「うん、売ったよ」

「これ直る?」


 包みの中は焼き物の破片だった。

 壊してしまったんだな。

 焼き物はくっつき難い。

 接着剤研究家として意見を言わせてもらうなら、難問だと言わざるを得ない。


 でも子供にそれを言うのは酷だ。


「分かった。与ろう。色々と試したいから少し時間を貰えるかな」

「はい」


 さてと、膠で貼りつけてみようか。

 うん、とりあえずはできたな。

 焼き物は花瓶で、子供を呼んで見せてみた。


「ひびが……」

「接着剤じゃひびは直らない」

「そんな……」

「僕が悪かった。もっと良い方法を探すから」


 水を入れてしばらくすると水が漏れ始めた。

 膠について書かれた本を見ると水に弱いとある。


「あっ、やっぱり駄目なの」

「いや、最初の一回目だから」


 膠を剥がすために花瓶を煮る。

 膠は綺麗に剥がれたようだ。

 振り出しだな。


 最初から本番は無理か。

 安物の焼き物の茶碗を買ってきて割る。

 さあ次の接着剤は天然アスファルトか。

 べとべとして良い具合にくっ付いたが、ひびが黒く強調されている。


 シナグルならきっと朝飯前で直すのだろうな。


 前に壊れた銀細工を直してもらったことがある。

 金属の接着も難しかった。


 金属が直るのなら、焼き物も直るのだろうな。

 まだあきらめるには早い。

 次に行こう。

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