第32話 クラフトコーラ

Side:サーバン


 僕はサーバン。

 フーリッシュ侯爵の密偵。

 ほんとは使用人なんだけどね。

 日記執筆家かも知れない。


 本物のコーヒーが飲みたい。

 色々な本屋を回ったが、コーヒーという飲み物が書かれた文献はない。


 この国では見かけない飲み物らしい。


「スイータリアちゃん、その籠に入った枝は何?」

「シナグルお兄さんから貰ったの。シナモンの枝よ。香りづけに良いみたい」

「ひとつ貰って良い?」

「どうぞ」

「ありがとう」


 シナモンの枝を齧ってみる。

 うわっ、きついな。

 慌ててお茶を飲んだ。

 お茶と混ざると意外にいける。


 お茶をシナモンの枝でかき混ぜると良い感じだ。

 コーヒーでもやってみた。

 おお、香りが違うだけでも新鮮味がある。


「くんくん、ニキニッキの匂いがする」


 くっ、マギナが寄って来た。

 こいつはSランク冒険者だからちょっと怖い。

 しっしっ、あっち行けと言えたらどんなに良いだろう。


「この枝かな」

「くんくん、そうそれっ」

「ニキニッキの枝と呼ばれているのか。コーヒーと相性が良いしなんか飲み物が作れないかな」

「薬湯みたいな味になるわよ。実際に薬湯に使っているし」


 ニキニッキの枝を仕入れた。

 シナモンとはちょっと違う感じだ。

 でも匂いは一緒。


 とりあえず茹でてみた。

 他には適当にハーブとかスパイスとか入れちまえ。

 そして、フーリッシュ侯爵から送られてきたカフェインの粉を入れる。

 舐めると薬湯としか言いようがない。

 ピリっと舌にくる。

 スパイス入れたからだな。


 高いが砂糖を入れる。

 ちょっと良い感じだ。


 自慢したくて水筒に詰めて喫茶店コーナーに持ち込んだ。


「うっ、大人の味」


 最初のお客様のスイータリアちゃんは渋い顔。


「スイータリアちゃんには早かったかな」

「レシピ教えて」


 レシピを教えてあげた。

 隣のパン屋を帰りに通ると、ニキニッキの匂いがした。

 パンの香りづけに使ったのかな。

 立て札を見るとクラフトコーラ始めましたとある。

 なんとなく気になって店内に入る。


 貰って飲むと僕が考えた飲み物だ。

 やられた。

 でも、まあいいか。

 そんなに売れそうにない。

 カフェインは入ってないようで、パンチ力がない。

 その代わりに味と甘みが凄い美味い。

 特殊な砂糖を使っているのかな。


 正直言って僕が作った物より美味しい。

 これからはレシピを作ったら、秘密裏に送るようにと侯爵から手紙がきた。

 いや僕だって、みんなの笑顔が欲しい。

 スイータリアちゃんは、あの飲み物の発案者として、僕の名前を商品の名前の横に書いた。

 何人かは嵌ったらしく、僕に感謝の気持ちを持ってくれたらしい。

 ポイントカードが僅かに何回も光ったからね。

 侯爵など知らん。

 今度から日記にはレシピを開発したとは書かないでおこう。


Side:ホロン・フーリッシュ


 宮廷魔道具師長であるホロン・フーリッシュである。

 無能ではない有能過ぎて世界と世間が追い付いてないだけだ。


 また厄介な依頼が舞い込んだ。

 滑舌を良くしろだ、できるかそんなこと。


「蜂蜜でも送っておけ」

「いいんですか。また言われますよ」

「うるさい。言われた通りにしろ」


 宮廷魔道具師は何でも屋ではない。

 大臣にはきっぱり言ってやろう。


 大臣は文句を言いに来ない。

 その代わり宮廷魔道具師が5人辞めた。

 辞めたって別に構わない。

 俺の親類縁者を雇用するだけだ。


 さすがに蜂蜜は不味かったか。

 だが喉に良いと聞いている。

 かなり良い品を送ったのだが、お礼状のひとつもこない。


 お城の廊下を歩くと、クスクス、蜂蜜好きのタヌキが歩ていると声が聞こえた。

 タヌキがいるのか。

 見回すがそんな動物はいない。

 だが、行きかう人は皆笑ってタヌキがいるという。


 俺だけに見えないタヌキがいるのか。

 不思議なことがあるものだ。


 大臣が歩いてきた。


「やあ、蜂蜜タヌキ君。おっとホロン・フーリッシュ殿だったかな」


 タヌキとは俺のことかぁ!

 激高したいが、ここで大声を上げてどうする。


「宮廷などタヌキの巣窟ですよ」

「ああ、フーリッシュ一族はみなタヌキか」


 ここで俺を怒らせて、失脚させるつもりか。


「何か用かな?」

「滑舌の魔道具は、シナグル魔道具百貨店で手に入れた。思ったことが声になる魔道具だ。魔道具の声は良い声で、演説するのが好きになったと喜んでいたよ」

「くっ」


 これ以上は聞きたくない。

 失礼の言葉も言わずに立ち去った。

 嘲笑が聞こえる。


 帰ると、俺の机に、思ったことが声になる魔道具というのが置かれてた。

 大臣の指図だな。

 魔道具を掴むと、間違って起動してしまった。


「あの糞大臣、肥溜めにぶち込んでやりたい!! 俺を笑う奴も全てだ!!」


 大声に何事かと人が集まってくる。

 くそっ。


「ホロン、肥溜めが好きなら自分が入るんだな」


 あっ、王に聞かれてしまった。

 くっ、これは不味い。

 冷や汗が出てくる。


「王様。あれは違うんです」

「ほう、どのように違う?」

「虚言を喚く悪い魔道具め。退治してやる」


 俺は声を出す魔道具を壊した。


「魔道具を壊すのが好きなら、壊れた核石や溜石を粉々にすると良い。一生その仕事をやるんだな」


 くっ、シナグルめ。

 いつか復讐してやる。

 何か策を考えないといけない。

 名声を地に落とすようなのが良い。

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