第28話 本物のコーヒー

Side:サーバン

 僕はサーバン。

 フーリッシュ侯爵の密偵。

 ほんとは使用人なんだけどね。

 密偵稼業も熟練のベテラン。

 上手く溶け込めているはず。


「はっ」


 黒い何かに包まれて死ぬ夢をみた。

 ここはシナグル魔道具百貨店の喫茶店コーナー。

 ついうとうとしてしまった。

 仕方ないんだよ。

 温度が一定に保たれているから快適で、まるでここだけ春のよう。


 うたた寝するのも仕方ないと思う。

 ポイントカードをじっと見る。

 黒い何かは出てない。


「お仕事しない生活ってどんな感じ」

「心をえぐるようなことを言わないでくれる」


 スイータリアちゃんは手厳しい。


「えぐられたら普通痛いから働くよね」

「日記を書いて送ってる」

「発行部数は?」


 誰だよそんな言葉を教えたのは。


「一桁」


 本当の事を言わないと黒い何かが出てくるような気がする。


「それって趣味っていうんじゃない」

「良いんだよ。お金は貰っている。さて、目覚ましのコーヒーでも飲むか」


 コーヒー美味いな。

 タンポポコーヒーにカフェインを入れた飲み物は、フーリッシュ侯爵の資金源になっているらしい。

 でもここのコーヒーの味と比べるべくもない。

 ここで飲むコーヒーこそが本物のコーヒーだ。


「知ってる。ここのコーヒーはインスタントなんだって。本物のコーヒーを飲ませて貰ったら、何も入れなくても少し甘いの。そしてコクが違うの」

「えっ、本物のコーヒー。それは是非飲みたいな」

「ポイントを溜めると良いよ」


 ポイントを溜めるべく善行はしている。

 宿の前の掃除は毎日の日課だし。

 老人の重い荷物を持ってやったりもする。


 だけど一向にファンファーレが鳴らない。


「ここだけの話だけど、フーリッシュ候って敵だよね」

「うん」

「内情を教えてあげる」


 話しても問題ないフーリッシュ候の情報を喋る。

 ポイントカードは光らない。

 ちぇっ、ケチだな。


 うん、他に思い当たる善行と言えば、僕は酒場でフーリッシュ候の悪口を言いまくった。

 ポイントカードは光らない。

 今度も駄目。

 いけると思ったんだけどな。


 何か良い手は。

 送られて来た殺し屋を密告してやった。

 おおっ、眩い光。


 殺し屋なんかいなくなっても僕は困らない。

 それどころかあいつらは嫌いだ。

 金で人を殺すのは最低の行為だ。

 密偵として悪い事をしている感がある僕でさえ、存在して欲しくない人間だ。


 裏切りがばれたらソルさんに助けを求めよう。

 そして、フーリッシュ候の情報を洗いざらい喋るんだ。


 だって、シナグル魔道具百貨店が潰れては困る。

 コーヒーが飲めなくなるからね。

 そうなったら、死ぬほどつらい。


Side:ホロン・フーリッシュ


 宮廷魔道具師長であるホロン・フーリッシュである。

 俺は眠っているドラゴンだ。

 今は起きてないだけだ。

 覚醒すればもう向かう所敵なしのはず。

 絶対にそうだ。

 そうでなければおかしい。


「注文が来ました。魅了の魔道具が欲しいと」

「魅了の魔道具は国宝だぞ。できたとしてもそんな恐れ多いことできるか」

「ではそのように返答しますか」

「そうしろ。そしてお詫びの品の化粧品も贈れ」

「はいそのように」


 大臣に怒られた。

 国宝が駄目なのは分かっている。

 劣化版を考えろということだ。

 それぐらい分からんのかと言われた。


 何で怒られないといけないんだ。

 劣化版の魔道具なら、灯りの魔道具を送ってやれ。

 灯りで照らされれば顔が綺麗に見えるだろう。


 再び怒られた。

 もうよい、お前などには頼まないと言われた。


 あの贈った化粧品を塗りたくって灯りで照らせば問題ないはずだ。

 何がいけない。


 大臣がニコニコ顔で来た。

 やっぱりな俺の魔道具が評価されたのだ。


「見てみろ。これが劣化版、いいやこれは別物だ」

「へっ何が」

「わしの顔をみてみろシワがないだろう」

「そうですね」


「シナグル魔道具百貨店で売っているシワ取りの魔道具だ。魔力が切れれれば元通りだが、魅了とて同じ事。パーティや晩さん会の間だけ持てば良い」

「くっ」


「悔しいお前の顔が見れて満足だ。この無能めが。悔しかったらシングルキーの爪の垢でも煎じて飲むんだな」


 くそっ、シワ取り魔道具は流行った。

 みんな虜だと言っていい。

 ぐぬぬ。

 ただ、シワを伸ばしただけじゃないか。


 送風でもできるはずだ。

 できた魔道具を使ってみる。


「あばば」


 風が顔に向かってきて息ができない。

 それにこの不細工な顔と言ったら。

 失敗か。


「ぷはははっ」

「くっ、苦しい」

「わはは」


 部下が笑い転げる。

 魔道具を何とか止めた。


「いま、笑ったお前達は全員首だ」

「あなたは宮廷魔道具師長の器じゃない」

「いうことはそれだけか。さっさと消えろ」


 部下なら替えが何人もいる。

 たかが三人ぐらい別段問題ない。

 だが、他の部下も、内心では笑っている気がする。

 嘘判別魔道具に掛けたい所だ。


 だが俺もさすがに失敗続きだなと思う。

 何か手柄を立てないと。


 そうだ。

 特許料を安くするというお触れを出そう。

 魔道具の更なる発展という理由なら問題ないはず。

 特許を多数抱えるシナグルにとっては大打撃だと思う。


 魔道具師ギルドも期限付きで了承してくれた。

 一か月間特許料半額キャンペーン。

 我ながら良い仕事をした。

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