第24話 恐ろしい、ブルブル

Side:サーバン

 僕はサーバン。

 フーリッシュ侯爵の密偵。

 ほんとは使用人なんだけどね。

 密偵稼業も慣れてきた。

 やっている仕事は店での色々な人物の性格とか、何を買ったかの報告だ。

 こんな報告書でもお叱りは受けてない。


 そう先日、密偵を店に案内した。

 ポイントカードから出る黒い何か。

 恐ろしい。

 善行しないと。


 案内した密偵は、客にちょっかいを掛けて電撃で痺れて、義賊王が良い笑顔で引き取った。

 あいつはきっと人を守る決死隊に入れられてしまったんだろう。

 義賊王が連れて行くということはそういうことだ。

 最近では子供が悪い事をすると義賊王が連れて行って決死隊に入れられると、そしてモンスターに改造されて人ではなくなると。

 恐ろしい、ブルブル。


 義賊王に一度聞いたんだ。

 そうしたらニカっと笑って概ね事実だなと言った。

 恐ろしい、ブルブル。


「おはよう」


 店に挨拶して入る。


「相変わらず冷やかしですか」

「うん、まあ。買ったら負けで、働いても負けだと思っている」


 クラリッサの目が冷ややかだ。


「おう、冷やかしの。スイータリアを見て恥ずかしく思わないのか」


 ソルさんは何かと絡んで来るな。

 来ないでほしいが、そんなことは言えない。


「ええと、人知れずの任務に就いてる」

「ほう、密偵みたいなか」

「そんな恰好いいものじゃない。日々の暮らしを日記にしている」

「最近はそんな読み物が流行なのかい。魂消たね」

「読者は少ないですよ」


 フーリッシュ侯爵と側近が読んでいるだけだから。


「働いてないのと一緒だな。小説のネタのために新しいことを始めろよ。仕事でなくても良いからよ。そういう趣味が仕事になるんだ」

「働いたら負けだと思っている」


 そう言って僕はコーヒーを淹れてなるべく冷静を装い飲み始めた。


「情けねぇ。何かないのかよ」

「あっ、コーヒーは栽培したいかも。これがなくなったら僕は生きていけない」

「スイータリアが作っているから聞いてみるんだな」


 喫茶店コーナーで耳を澄ませて噂を書き留める。

 スイータリアちゃんが来たので、聞いてみることにした。


「コーヒーの栽培方法を知ってる?」

「知ってるよ。善行ポイントになるから教えてあげる。タンポポの根がコーヒーなんだよ」

「えっ、まじっ」

「うん」


 畑で栽培しているタンポポの根を、スイータリアちゃんから分けてもらい、コーヒーにしてみる。

 飲むと味は似てるが、なんと言うか力がない。

 コーヒーの不思議パワーがない。


 こんなのコーヒーじゃない。

 コーヒーの不思議パワーを突き止めたら金一封でないかな。


 物を知ってそうなマギナさんに聞いてみた。


「カフェインって物質が入っているのよ。紅茶にも含まれている物質だわ」

「何だ。そんなありふれた物だったのか」


 でもこの報告はお褒めの言葉を頂いた。

 何でも下の者を馬車馬みたいに働かせるのにカフェインが使われるようだ。

 うわっ、盛大に黒い何かがポイントカードから出て来た。

 そんなに悪い事だったのか。

 毒でもないのにな。


Side:ホロン・フーリッシュ


 宮廷魔道具師長であるホロン・フーリッシュである。

 崇めたまえ。

 俺は偉大だ。

 けっして無能ではない。


「魔道具師長、貴族から注文が入ってます」

「どれどれ」


 ええと、美しい姿勢ができるような魔道具が欲しいと。

 そんなの作れるかぁ!

 俺を誰だと思っている。

 神様じゃないんだぞ。

 行儀作法の先生を呼んで教えて貰え。

 だが何もしないと無能だと言われる。


「おい、お前ら可能か?」

「できません」


 部下の返答は否。

 ならば。

 頭の上に器を乗せて、それに一定の水を入れよう。

 楽勝だ。

 名付けて姿勢矯正たらい。


 貴族にそれを納入したら怒られた。

 こんなのは魔道具でなくてもできると。

 そんなに欲しければ、シナグル魔道具百貨店に行けよと返した。

 シナグルもきっと困るぞ。


 ところがシナグルは姿勢矯正魔道具を作ってきやがった。

 おまけにこれを使うと腰が痛いのも良いらしい。

 シナグルに大ヒット商品のアイデアを与えてしまった。


 また無能との噂が立った。

 くそっ、それぐらい俺にも出来る。

 姿勢矯正ならコルセットみたいなのでもできるだろう。


 俺は医者の協力のもと、それを完成させ、1000個作った。

 魔道具の値段より安いから、きっと売れる。


「たいへんです。苦情の嵐です」

「何が不味かったのか」

「汗で蒸れて、痒くて堪らないそうです」


 ああもう。

 汗で蒸れないような材質の布を使うと、魔道具より割高になってしまう。

 それでも完全に蒸れはなくならない。


 コルセットの在庫と返品の山。

 返品されたコルセットからは異臭がした。


「その臭いのを廃棄しろ」

「はい、ただちに」


 あー、予算を無駄に使ってしまった。

 無能の声が大きくなる。

 俺は無能じゃない。


 愛人といちゃいちゃして憂さを晴らそう。


「臭い。香水でもお使いになったらいかがです」

「コルセットの匂いか。染みついてしまったんだな。消臭魔道具を買って来い」


 使用人に命じた。


「シナグル魔道具百貨店の物になりますが」

「その名前は聞きたくない。絶対にその商品は買わない」


「匂いが取れたらお呼び下さいませ」


 愛人が帰ってしまった。

 くっ、シナグルにできて俺に出来ないなんて。

 部下が無能だからだ。

 俺は無能じゃない。

 その証拠に姿勢矯正魔道具のアイデアはヒットしたじゃないか。

 部下がそれを作れないのが悪いんだ。

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