第21話 開店前話

Side:シナグル・シングルキー


 1ヶ月前。

 工房から外した転移扉の魔道具を背負いえっちらおっちら。

 ふう、どうしようか。


 金なし、道具なし、職もなし。

 ないない尽くしだ。


「シナグル、探したぞ。やっぱり、この街に帰って来てたな。で裁判の結果はどうだった?」


 そう声を掛けてきたのはマイスト親方。

 魔道具職人で俺の師匠でもある。


「師匠」


 俺は涙をこぼした。

 悲しさではない。

 ほっとしたら涙が出た。


「泣く奴があるか。裁判は駄目か。俺はお前を信じているぞ。お前が悪いことなどするはずもない」

「はい。良心に誓って悪いことなどしてません」


「どうだ。またうちで働くか?」


 マイスト親方は新婚だ。

 結婚してかなり経つがまだ新婚だと言っていいだろう。

 邪魔したら悪い。


「これから、少し考えます。時間ならありますから」


「そうか。何でも相談に乗るからな」

「ええ、その時は。お願います」


「任せとけ。俺ができるのはそれぐらいだ」

「ありがとうございます。師匠は頼りになりますから」


「また飲みに行こうな」

「奥さんに怒られない程度に誘いますよ」


「女房は関係ないだろう」

「奥さんを大事にしないと。離婚されますよ」

「なまいき言うな。俺は飲みたい時に飲む」

「知ってますよ。飲みに行くときは、奥さんにさんざん頭を下げるって」

「げげっ、参ったな。俺は愛妻家だ。悪いか」

「良いんじゃないですか。じゃあ、師匠、お酒もほどほどに」

「ほどほどには余計だ。お袋じゃないんだし。じゃあな」


 マイスト親方と別れた。

 当座の生活資金を借りておくべきだったか。

 切羽詰まったら、そうしよう。


「「「先生」」」


 俺は3人に呼び止められた。

 クラリッサ、グレタ、オーサムの3人で。

 俺が教授だった魔道具大学の学生だ。

 愛弟子と言っても良い。


「裁判の結果は聞きません。きっと駄目だったんでしょう」

「良く分かったな」


「私達は先生を信じてます。でも先生を妬む奴は多いんですよ」

「そうそう、妬む奴らが多数派なんです」

「悔しいです。それで僕らは有罪になったあとの立ち直りの準備をしました」


「準備をしてくれたのか。どんな準備か分からないがありがとう」

「きっと驚きますよ」

「ええ、こちらです」

「宿も用意してあります」


 良くできた愛弟子達だ。

 愛弟子達3人に従って宿へ入る。

 宿の食堂には、顧客の面々が揃ってた。

 ソル、マギナ、スイータリア、ピュアンナ、マニーマイン、ケアレス、ベイス、ブルータの8人だ。


「俺のために集まってくれたのか。これから何が始まるか分からないがありがとう。萎えていた気持ちに火が灯ったよ。ちょっとワクワクしてる」


「ではあたいが代表して説明するぜ。あたい達は、シナグルに出資するために集まったメンバーだ。シナグルに金を上げると隠し財産だと言われていちゃもんを付けられるからな。だから、商業ギルドを通して出資する。出資した金を元に店を作れ。どでかい店をな」

「この街でそんな大きな店を作ったら、知り合いの魔道具職人がみんな廃業してしまう」

「シナグルならそう言うと思ったぜ。で、交易都市コマーズだ。ここで店をやれ」


 心機一転、べつの土地でやるのも良いかもな。


「ありがたくやらせてもらうよ」

「出資金は金貨10万枚を越えている。これならシナグルの理想の店が作れるだろう」


 こぢんまりとした工房はやったからな。

 でかい店か。

 百貨店だな。

 シナグル魔道具百貨店。


「私達は店員をやります」


 愛弟子のひとりのクラリッサがそう言うと、後の二人も頷いた。

 じゃあ、4階建てだな。

 その大きさなら百貨店を名乗れるだろう。


「あたいは交易都市に引っ越すぜ。言うまでもないがあたいはシナグルの無実を信じている。態勢を立て直したら、そのうち最判して無罪を勝ち取ろうぜ」


 ソルが来てくれるらしい。


「私も引っ越すわ。私もシナグルの無罪を信じている。一緒に頑張りましょう」


 マギナもか。


「私もシナグルが悪事を働いたなんて信じない。私、交易都市でパン屋をやる。お金ならソルお姉ちゃんが出してくれるの。店の場所はシナグルの店の隣よ。絶対に譲らないわ」


 スイータリアもか。


「ええ、私も無実を信じてます。交易都市の魔道具ギルドに配置転換を願うつもりです。きっと叶うでしょう。魔道具ギルドはシナグルの味方です。たとえギルドが敵になっても私達は味方です」


 ピュアンナも来るのか。


「私も無実を信じてる。誰よりもシナグルと付き合いが長いからシナグルのことは良く知っているわ。それでね。魔道具を欲しくなると現れる扉。あれは良い物だけど、気軽に転移する魔道具作れないかしら。そういうのがあれば毎日店に行けるわ」


 気軽に転移できる魔道具ね。

 転移は魔力をたくさん食う。

 とてもじゃないが携帯できる大きさにはならない。

 だが、俺への挑戦だな。

 よし、作ろう。


「私もシングルキー卿を信じてますぞ。気軽に来れる魔道具があれば嬉しいですな。職を放り出す訳には行きませんからな。それと優しさの輪が広がる魔道具がほしいですぞ。ここに来るのにそこにある扉からきたので注文せねばと思いましてな」


 ケアレスもそういう物を希望か。

 優しさの輪が広がる魔道具か。

 難しい注文だ。



「よう、これで俺とお前は、悪党仲間だな。もちろん無実は信じてる。本当の悪党は法を犯さないものだ。それとよ俺は毎日店に来るならご褒美がほしいな」


 ベイスの注文はもっともだ。

 気軽に店にくるなら何かメリットがないとな。


「ボスが悪人じゃないのは知ってますぜ。気を落とさずにしておくんなせぇ。俺が欲しい魔道具なら、どでかい褒美ですかね。何でも願いが叶うみたいな」


 ブルータの要求はまあ誰も願いが叶うなら嬉しいよな。

 みんなの要望は分かった。

 出資してくれたお礼になるべく要望には応えるよ。


「俺の無実は問題ない。きっと時間が解決してくれる。ファット・フーリッシュに因果応報魔道具を使ったからな」


 この俺の言葉にあれを使ったなら勝利は間違いないと言ってみんなは頷いた。

 因果応報魔道具は善行には褒美を悪行には報いを与える。


 さあ、この街をたつ前にひとつだけやっておかないとな。

 俺はある木の根元に埋めた壺を掘り起こした。

 中には神の硬貨が入っている。

 収納魔道具の中にもこれは入れておいたが、大部分はここにある。

 これだけは悪党には渡せない、俺が管理しないと。

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