第16話 間諜

Side:ファット・フーリッシュ


 俺はシナグルを敵だと思っているファット・フーリッシュ。

 いつも策謀を巡らしている男だ。


「報告を」

「チンピラの言い掛かりは失敗に終わりました。シナグルの店の魔道具には、真似できない刻印がありまして」


「くそっ、用心深いな。噂の方はどうだ」

「こっちも効果が薄いようです。客は着実に増えています。魔道具ギルドが後押ししているようです。客を案内する姿が度々目撃されています」


「上手くないな。金の出所はどうだ。金づるは隠し財産だったか?」

「そちらも商業ギルドの口座を介した他人の投資で、隠し財産の可能性はありません」


 別の手を考えるか。

 支援者である魔道具ギルドに大打撃を与えたい。

 金が無いのが痛い。

 金があれば職人を抱き込むことや、魔石や核石の買占め、色々と打てる手があったのにな。


 職人の10人ほどを抱き込んだところで魔道具ギルドは痛痒も感じない。

 愛人の発案では駄目か。


 貴族を動かせれば、良いが。

 貴族を動かすには職人を抱き込むとは桁が違う金が要る。


 間諜を潜り込ませるか。


「おい、お前。シの付く魔道具百貨店に行って客となれ。他の客と親しくなるんだぞ」


 使用人の一人に命令した。


「はい」


 使用人がシの付く店の街まで着くのは、1週間掛かる。

 まあいい。

 時間ならある。

 時間は俺の味方だ。

 ホロンとニードがいるからな。

 あいつらは上手くやるだろう。


Side:サーバン


 僕はフーリッシュ家の使用人のサーバン。

 間諜として店に客として行けと言われた。

 間諜なんて仕事はやったことがない。

 でも客として店に通えば良いだけだから、別に問題はないだろう。


 1週間ほどの旅をして、シの付く、ファット様はいないから、本当の名前を言って良いだろう。

 シナグル魔道具百貨店に辿り着いた。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


 感じのいい店だ。

 客は誰もにこやかで、雰囲気が良い。

 僕もやるなら、こんな店がやりたいな。

 お金がないから無理だけど。


「何がご入用ですか」

「今日は見るだけ」

「これは来たお客様に無料で渡しているポイントカードです」

「ありがとう」


 ポイントカードを手に取った瞬間に黒いオーラが立ち昇った。


「お客様、悪事を働きましたね。ですが安心して下さい。善行を積めばポイントは取り返せます。マイナスポイントが溜まり過ぎるとどうなるかは分かりかねます。気をつけて下さい」


 えっ、間諜であることがばれたの。

 それよりマイナスポイントが溜まるとどうなるの。

 不安そうな顔をしてたら、可愛い少女が寄って来た。


「お兄さん、暗いね。なんか悩み」

「うん、マイナスポイントを貰ったんだ」

「それは良くないと思う。ポイントが溜まると、何でも願い事が叶うけど、マイナスポイントが溜まるときっと恐ろしいことが起きるよ。マイナスポイントが溜まると願い事の反対だからね。善行を積むしかないよ」


 僕は恐ろしくなって、ポイントカードを投げ捨てて逃げ出した。

 そして、宿に着くと、テーブルの上にポイントカードがあるのに気づいた。

 えっ。

 恐ろしいがどうにもならない。

 捨てても手元に戻るならどうしようもない。


 善行を積むしかない。

 手始めに宿の周辺を掃除してみた。


「ご苦労様」

「いえいえ」


 僕が掃除しているとねぎらいの言葉をみんなが掛けてくる。

 ポイントカードが僅かに光る。

 ふぅ、最悪は免れたか。

 善行を積むと何でも願い事が叶うんだったな。

 ならば善行を積んで、この忌々しいカードとの縁を切ってもらおう。


Side:ホロン・フーリッシュ


 俺は宮廷魔道具師長のホロン。

 宮廷魔道具師長なんて楽なものだ。

 雑用は部下に全て任せる。

 だいたいが溜石の交換だからな。

 核石が壊れても交換でこと足りる。

 予算ならあるんだ。

 たんまりとな。

 着服しても余るぐらいだ。


「晩さん会を催す。必要な魔道具を揃えて貰いたい」


 外務大臣にそう言われた。

 チャンス。

 上手く取り仕切れば俺の名声が上がるだろう。


 必要とされているリストを見る。

 灯りは、ファットに在庫が山とあるから問題ないな。

 少し高値で買い取ってやろう。


 ええと、毒感知。

 こんなのを人数分揃えられるか。

 無理だ。


「おい、何とかしろ」


 部下に押し付けてみた。


「毒感知は無理です。シの付く方でないと」

「くっ、奴に頭を下げろというのか。どの面下げてだ」


 宮廷魔道具師全員に通達した。

 問題を解決した者に金一封を与えると。


 だが1週間経っても誰も何も言わない。

 期限が刻一刻と迫る。


「あの」


 宮廷魔道具師のひとりがやってきた。


「何だ! 今は忙しい! 下らないことなら首にするぞ!」

「リプレース卿が、毒感知の魔道具を手に入れても良いと言ってます」


 リプレース、あいつはシナグルと仲が良かったはずだ。

 仲たがいでもしたか。


「本当か?」

「ただ条件があって。宮廷魔道具師の予算がどう使われているかの帳簿を見せろと言ってきてます」


 裏帳簿ならともかく表の帳簿なら問題はない。


「よし、条件を受け入れると言ってやれ」


 毒感知の魔道具は揃えられた。

 だが良かったのか。

 真綿で首を絞められたような不快感だ。

 暗雲と言っても良い。

 だが、何もできないはずだ。


 帳簿の嘘を見抜けたりしないはず。

 そんな神の御業みたいなことができるなら、俺達みたいな連中は全員縛り首になっている。

 大丈夫だよな。

 不安になってきた。

 こういう時は酒を飲んで愛人とよろしくやろう。

 とにかく名声は上がったはず。

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