第7話 旅立ち

Side:ヤルダー


 スケートリンクは12日間の浮浪児達の訓練でできた。

 浮浪児達には他に数学と文字を教えている。

 着々と溜まる善行ポイント。

 街の子供達もスケートをしにやってきた。


 チンピラがショバ代を払えとやってきたが、魔力結晶のコインで払った。


「あはは、魔力結晶のコインを嬉しそうに持っていった」


 浮浪児が笑う。


「こんなに簡単に金になる方法があったなんて。もっと早く知ってたらな。助けてやれた奴もいるのに」


 浮浪児が悲しそう。

 浮浪児はすぐに死んでいく。

 元浮浪児の僕だからその厳しさは知っている。

 病気になったらまず助からない。

 その病気になる確率が高いのだ。


 衛生指導もやらないといけないようだ。



 29日目。

 ポイントカードからファンファーレが聞こえた。

 遂に溜まったらしい。


 シナグル魔道具店に行くといつもの女性店員のクラリッサさんがいた。


「ポイントが溜まりました。願いを叶えて下さい」

「店長を呼んできます」


「ポイント溜まったって。試験の答えを聞きたいなら、駄目だ」


 シナグルさんがいつもの前掛け姿で現れた。


「そんな」

「他のお願いにしろ」


 困った。

 29日の間に浮浪児の世話をしながら、色々な文献を読んだ。

 だけど明確な答えは出ない。


 仕方ない。

 浮浪児のために殺虫の魔道具を貰おう。


「殺虫の魔道具を下さい」


 シナグルさんと2階に行き、殺虫の魔道具を選ぶ。

 できるだけ広範囲な奴を選んだ。


 持って帰った魔道具を浮浪児達のたまり場に設置する。


「ここに来れば虫刺されに悩まされないぞ」

「やった」

「ありがと」


 ポイントカードがまた光る。

 何もしなくてもポイントカードが光る時がある。

 浮浪児達が僕に感謝しているのだろう。


「みんな世界の始まりってどんなだと思う」


 僕は駄目元で尋ねてみた。


「神様が呟いた」


 宗教ではそう言われている。

 だけど神がどこから来たかははっきりしない。


「ちげえよ。世界の卵があってそれが孵ったんだ」


 これは童話の話だ。

 作家が考えたのだろう。


「その卵は誰が生んだんだよ」


 そういう突っ込みが生まれるよな。

 僕も同感だ。


「そんなの簡単だ。波だよ。波が全ての始まり。今も海の波は誰が何もしなくても起こる」


 波か、一考の価値がある考え方だ。


「海見たことないから知らん」


 僕は海を見たことがある。

 海って不思議だ。

 善人金貸しのベイスさんによれば神のくしゃみの鼻汁だそうだ。

 それでしょっぱいのだそうだが。


「意思こそが全ての始まりだよ。考えるから価値がある。考えのない世界など世界じゃない」


 思考がどこから生まれるのかも謎だ。

 世界は謎で出来ている。


「考える何かが、生まれたというわけ。そいつは誰だ」


 世界意識とかいうものがあるんだろうか。

 あったら、その意識には色々と聞いてみたい。


 浮浪児達の意見は様々だ。

 世界にはこんなにたくさんの考え方があるんだな。

 師匠がこの問題を選んだのは、広い視野になってほしいと思ったのかな。


 シナグルさんに頼ったら駄目だ。

 僕の世界は何だろう。

 今の僕にとって世界とは魔法だ。

 魔法ではおよそできないことなどない。


 案外と世界も魔法でできたのかもな。

 この考えを発展させて論文を書いた。


 師匠に見せると。


「魔力はどこから来ているのか分からないから、きっと世界を作った魔法の余波で現在も魔力があるのよね。魔力が宇宙の創造に寄与したという考えは嫌いじゃないわ。最初の魔法も唱えた者はいなくて偶然起こったというのも良いわ。合格よ。でも満点じゃない」

「分かってます。真理とはとても呼べない。ただの冗談みたいな学説です」

「分かっていれば良いわ。ヤルダーはこれからどうしたい?」

「僕の視野は狭い。浮浪児にも負けてるなと思いました。視野を広げる旅に出ようと思います。ポイントカードがあるからシナグル魔道具百貨店には毎日顔を出します」

「ヤルダーが決めたのなら、私からは何もないわ。ちょっと待って」


 師匠は硬貨を1枚出して来た。


「これは?」

「これが何なのかは自分で調べなさい。杖に付けると魔法のもろもろの効果が上がるわよ」


 良くみたら師匠の杖にもその硬貨は埋め込まれている。


「貴重な物をありがとうございます」

「いいのよ。もらった物だから」


 硬貨に鑑定の魔法を掛けてみた。

 銀に神力だって。

 神からの賜り物。

 神器という物ではないのかな。

 どうやってもらったのだろう。

 やっぱり僕は師匠には遠く及ばない。


 杖に硬貨を埋め込む。

 収納魔法に野営道具を入れる。

 浮浪児達に挨拶して、それから旅立ちになった。


 街の門へは師匠が見送りに来てくれた。


「風邪ひかないようにね」

「やだな。もう子供ではありません。一人前の魔法使いです」

「そうね。必ず毎日、店に来るのよ」

「はい。では行きます」


 涙は見せない。

 毎日会えるんだから、ここでみっともなく泣いてどうする。


 さあ、行くぞ。

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