第6話:私はごくごく普通の女の子だったはずなんだけどなあ



◆◆◆◆



「だってさ、母親の方が先に私を捨てたんだよ。そりゃそうだよね。だって私、半分父親の血を引いてるんだから。私たちを置いて蒸発した父親のことを、私がいると思い出すだろうから。私は親切心から、母親と縁を切ったってそう思ってる」


 自分の過去にかりそめの理由を作っているのが痛々しいくらいに分かる。


「コクリコ、それは……」

「分かってる。恨むのは筋違いだってことはさ。でもどうしても感情がコントロールできなかったんだよ。そういう経験してるから余計にさ……人と人との関係なんてどうやったってうまくいかないし、自分なんて救いようもないとか思っちゃうんだ」


 コクリコは深々とため息をついた。風船から空気を抜いてしぼませていくかのように。


「社会人だったときは、まあなんとかやってたなあ。ぎりぎり何とか、一般人の中に交じって仕事とかできてた。病院の受付とか、窓口業務とかさ。でも、長くは続けられなかった。私の愛想笑いとか嘘くさい笑顔に患者さんとか同僚が、陰で文句とか言ってるのを聞いちゃって……。なんかそれがきっかけで居場所がないなあって本格的に思えてきて」


 おかしいよなあ、と俺は思う。人間って奴は、祝福されて生まれてきて、幸福になるために生きるはずだったよな。神様だったらそうおっしゃるはずだ。でも現実はこれだ。これが現実なんだよ。絶対に偽れない事実だ。


 「私はごくごく普通の女の子だったはずなんだけどなあ……いつのまにかどこに行っても嫌われる存在になっちゃってた」


「それで? 今に至る?」

「……うん」


 コクリコは首肯したのだった。だいたい普段ならこの辺りで会話は終わる。でも今日は続きがあった。


「私が配信者だったことは話したよね?」

「ああ。コクリコって名前も、その配信者の時の名乗ってたんだよな。どんな活動をしてたのかは知らないけど」

「すごく変なことしてた。でも結構人気あったんだ」

「ゲームの実況とか、歌とかか?」


 コクリコは首を左右に振った。ここまでまともに会話が続くのは珍しいし、コクリコが自分の過去をここまで話すのも珍しい。俺はあまり負担にならないようにしつつ、それでも興味がわいていた。


「――私はね……神様だったんだ」


 俺は真面目に聞いた。笑ったり否定したりしたら、コクリコはすぐ黙るだろうから。


「神様……ねえ。ロールプレイとか、キャラ作りって感じじゃないな」

「そうだよ。もっと言うなら……宗教やってた」

「おいおい」


 さすがに俺は突っ込みを入れる。メンヘラと宗教なんて史上最悪の組み合わせだろうが。宗教は良くも悪くもガソリンのような可燃性だ。良く燃えればそれは尊いものになるだろうし、悪く燃えればこの上なく醜悪だ。



◆◆◆◆



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る