第7話:『明日がなくなりますように』『明日なんか来ませんように』『明日世界が滅びますように』『明日安らかに死ねますように』
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「……なんて言うかな……『新興宗教明日なんかなくなれ教』の教祖兼神様兼巫女さんが私だったんだ。ネットの中で、そんな宗教っぽいことやってた」
俺は一瞬耳を疑った。新興宗教明日なんかなくなれ教。ふざけた字面とは裏腹に、その名前には怨念に近い凄みがあった。本気で世界そのものを憎んでいるのが伝わってくる。
「法人登録したか?」
「ううん。宗教っぽいことだけだから。私が配信すると、ネットのみんなからたくさん悩み事とか辛いこととか苦しいこととか、そういう体験や経験が投稿されるの。それを全部私が聞いて、最後にみんなで祈るの。『明日がなくなりますように』『明日なんか来ませんように』『明日世界が滅びますように』『明日安らかに死ねますように』って」
希死念慮の神か。そんなものが誕生することがあるんだと思う。狂ったデウスエクスマキナ。集合無意識から浮かび上がった人造神。死産した神人。ミシャグジ様。胞衣に包まれた胎児。繁栄と発展を約束する輝かしい一神教の神とは正反対の、原初の混沌と胎動へといざなう蛇。
「ちょっと理解が追いつかないな。要するに、悩み事相談って感じかな」
「相談じゃないよ。気の利いたことなんて言えなかったから。私がみんなの『明日なんかなくなれ』ってお願いを聞いて、そして『分かりました。明日世界が終わるように神様にお願いしてきます』って言って配信を終わるのがお約束。生産性ゼロで弱者の傷の舐めあいだったけど、私が必要とされてるって思えた時間だったから、それでよかったんだ」
そこでコクリコは咳き込んだ。俺は水の入ったグラスを差し出す。コクリコは一気にそれを飲み干して言った。
「明日なんか来なければいいって、世界なんて滅びればいいって、みんな同じ気持ちでさ……なんだか嬉しかったんだ……」
「リスナー……いや、信者のみんなが幸せそうだったか?」
コクリコはえずきながらうなずいた。
「でもいつからだろうね……配信止めたの。なんか急に重たくなっちゃってさ……。全部嫌になって、あのチャンネル、アカウントごと消しちゃったし。でもいいの、私にはやっぱり神様も教祖も無理だったんだ~って分かったから。でも配信中はさ、本当に気持ちが明るくなったんだよ。自分が救世主になったみたいになって、楽しかったな……」
「今は……どうなんだ?」
そう俺が聞くと、コクリコは困った顔で言った。
「……正直辛いよ。生きてるだけで辛いことばっかりあるし。また早く世界が終わらないかなあって考えるのが日課になってる。明日が来るのが怖いから夜も眠れないんだ。だから薬を飲んで無理やり寝るんだけど――目が覚めたら結局望まない明日が来てる」
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