第3話:病人の仕事って休むことだろ
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「落ち着いたか?」
俺が作ってやった経口補水液をちびちびと飲みながら、コクリコがうなずく。顔色もだいぶ良くなって、病人そのもののようだったさっきよりはまともになった。これで今日は生きていけるだろう。
「ごめんシンジ、ほんと迷惑ばっかかけて……」
「気にするなって」
テンプレートの言葉しか返せない自分が情けなくなる。
「でもさ……なんだか死にたくなってきた。こうやってずーっと私ってシンジに迷惑かけて、シンジにたかって、でもメンヘラだから文句ばっかり言って……うう……バカだ、私。もう消えちゃいたい……」
そう言ってコクリコは顔を伏せた。俺はその頭をぽんぽんと叩いてやる。
「何言ってんだよ、お前が消えるのなんて嫌だぞ俺」
「シンジ……」
「それにメンヘラだから大変なのは当たり前だし? 俺だって昔はお前に愚痴聞いてもらっただろ?」
「……そうだっけ……?」
コクリコはまだ少しぼうっとしているように首をかしげる。あ、この話題は止めておこう、と俺は直感して話をそらした。一度過去の話題になった時、コクリコが正真正銘の情緒不安定になったのを思い出したからだ。
「まあ、あれだよ。お前、病人なんだからさ。病人の仕事って休むことだろ。とくに心の病気ってそう簡単に治らないし、気長に行けよ。幸い当分暮らしていくのには困らないし、まあ長い休暇だと思えよ」
「こんなに辛いのに休暇なんて思えるわけないじゃん!」
一瞬コクリコがこっちをにらんでから、すぐに首を左右に振ってうつむいた。
「ごめん……シンジに八つ当たりなんて最悪だよね」
「ん……ちょっと傷ついたぞ。ちょっとだけ」
自分の正直な気持ちは、オブラートにくるんでたまにこうやって伝える。そうしないと返答があたりさわりのないものだけになるし、コクリコが「シンジは嘘をついてる」と疑ってくるからだ。そしてすぐに俺は話題を変える。
「でも、休暇って確かに無神経だったよな。じゃあ……入院か?」
「病院はもっと嫌。あそこって消毒薬の匂いがきついし、先生も看護師もいつもイライラしてる。分かる? 患者なのに全然こっちを見てくれないんだよ。ああ、本当にあれ腹立つ」
よほど嫌な医者にあしらわれたのか、コクリコが爪を噛みながら本気で嫌悪感をあらわにする。
「ところで、今日の分の薬は飲んだか?」
これ以上話しても嫌な気持ちを増幅するだけなので、強引に俺は話を打ち切った。
「あ……うん……」
コクリコがバツの悪そうな顔をして、近くの着替えの山をごそごそと探す。俺は立ち上がってとりあえず後片付けをした。
「……昔の私に戻りたいな」
コクリコが小さくつぶやくのを、俺は聞かないふりをした。
◆◆◆◆
また別の日。念入りに薬の位置や何かあったらどこに連絡すればいいかをコクリコに言い聞かせてから、俺はアパートの外に出た。外は嫌味なくらい晴れている。あいつは家に閉じこもっているんだろうな。鬱が治ればいいと思いつつ、どうやったらコクリコが治るかビジョンが見えない。普通の人間ならとっくの昔に逃げ出しているんだろうな。
逃げたらどうなる? 俺がいつまで経っても帰ってこないことを知り、連絡するけど着信拒否されていることを知り、コクリコは早晩コードか何かで天井からぶら下がってこの世とサヨナラ、となるわけだ。我ながらこの同棲の行きつく先が見えないのに、不安にならないのはなぜだろう。なぜ俺はコクリコのメンヘラに付き合ってるんだろう。
しかも無償で、だ。あのアパートは俺の家だし、俺はコクリコから生活費もろもろをもらってなんていない。そもそも、俺とコクリコは付き合ってさえいないのだ。いや、結論は最初から決まっている。やっぱり俺はコクリコの思考に引きずられている。俺は俺のやるべきことをしないと。忘れてはいけない。
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