第4話:死ぬのって難しいけど、生きてくのも難しいよね



◆◆◆◆



 食料品や日用品を入手し終えたところで、スマホに着信があった。コクリコからだ。


「おう、どうしたコクリコ。なにかあったか」


 スマホの向こうから聞こえてきたのは、せっぱ詰まったコクリコの声だった。


「なにかあったかじゃなくて……めちゃくちゃ怖い……」


 ああ、また不安が再発したか。コクリコにとって、生きてること自体が不安だろう。


「大丈夫だぞコクリコ。別に部屋に誰かいないし、盗聴されてもいないからな。それとも何か見つけたか?」


 なるべく俺は気安そうに言うのだが、それは打ち消される。


「……そ、そんなんじゃないけどさ、ほ、ほんとにシンジ買い物だけだよね? ね? 今どこ? なにしてるの? 誰かといる? ね? 答えてよ? ねえ? なんで無視するの?」

「おーい、落ち着けって」

「怖い……怖いよシンジ。早く帰ってきてよ……」


 泣き声と共に通話は切れた。まったく手のかかるやつだ。俺はこれからの予定とかほかに回るべき場所とかを全部放り投げることにした。いろいろと支障が出るだろうけど構わない。遅く帰って取り返しのつかないことになるよりはずっといいはずだからだ。



◆◆◆◆



 真っ直ぐ家に帰って部屋のドアを開けると、コクリコはベッドで布団にくるまっていた。ちゃんと靴を脱いでいるところを見ると、まだ少し理性が残っているのだろう。たまにこいつは部屋の中でも靴を履いたままぐるぐるぐるぐる歩き回った末に、そのまま寝てしまうことだってある。俺はほっと胸をなでおろした。


「ただいま」

「……ごめん。いきなりあんなこと言ってさ。迷惑だったでしょ」

「別に。大丈夫だって。お前を一人にして出かけて悪かったよ」

「でも……シンジが買い物してくれないと、私外に出るの怖いし……」

「ん~でも、今日はお前ちょっと調子いいみたいだったからな。俺も油断したよ。ほら、顔見せてみろよ」


 俺がそう言うと、おずおずとコクリコは毛布の中から顔を出した。一応外に出ようとしていたことは分かる。ちゃんと身支度を調えていたようだからだ。でも途中で急に怖くなってきたんだろう。やっぱり難しいよな。


「なんか食うか」

「今は……大丈夫。食欲ないし、何も喉通らない」

「そっか。じゃあ薬飲んどけよ」


 コクリコはベッドからふらふらと起き上がると、錠剤の入ったシートを俺の目の前で振った。そして何粒か取り出して、ペットボトルの水と一緒にそれを飲み込んだ。俺は黙ってそれを見ている。まるで儀式だ、と思う。その行為に意味があるのか無意味なのかまるで分からない。意味があると思いたい。


「ねえシンジ……」

「なんだ?」

「……死ぬのって難しいけど、生きてくのも難しいよね」


 俺は何も言えなかった。コクリコは続ける。


「私さ、メンヘラで、社会不適合者で、生きる価値ない人間だけどさ……。でもやっぱり死ぬのも難しいや」

「……俺はお前に、死んで欲しいとは思わないよ」


 どうして俺は、いつも当たり障りのないことしか言えないんだろうか。まるで機械かAIだ。


「シンジって優しいよね」

「そうか?」

「うん。だから私はシンジが好きだよ」


 そう言ってコクリコは俺の肩に頭を乗せた。そして俺の服をぎゅっとつかむと、体重をあずけてくる。俺はそれをどう思うべきかを考えた。恋愛感情じゃなくて、きっと依存しているだけだろうな。たとえそうであっても、俺はコクリコの泣く顔は見たくなかった。



◆◆◆◆



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