第46話 ストレンジテトラ

「ジェット、それいいね。」


戦闘機の形をした銀色のネクタイピンを指さしてわたしは讃する。


「でっしょ!さっすが鮫川氏。目の付け所が素晴らしい。零戦の21型なんだよこれ。零式艦上戦闘機の名を世界に知らしめた優美なディテール!表面は真鍮で仕上げてあるんだ。この滑らかなテクスチャー、堪んないよね。」


ネクタイピン1つ褒めただけなのにそれはそれはよろこんでくれた。


「何?戦闘機?ジェット君、せっかくのお京の結婚式なのになんでそんな物騒な見た目のものつけるの?ほんと男の子ってよくわかんない。」


「あのねぇ、辻宮氏、零戦の良さもわからないような人に言われたくないんだけど。今の僕らがあるのは歴戦を戦い抜いた彼らのおかげなんだよ?ネクタイもちゃんと意識して深いシルバー色に揃えてるんだ。」


いつもさながらにあすみちゃんと口論になる。

自分の胸元を指差すジェットのネクタイはがっつり戦時中の曇った空の色。

そこに真鍮の零戦が飛んでいる。

確かにセンスがトんでる。


場面は変わって今日はお京の結婚式。


地元九州に帰ってきたのは何年ぶりのことだろう。

「お京の結婚式があるから帰る」

とお母さんに連絡したら

「大人らしく、恥ずかしくない服装でね。」

と返信が来た。


大人らしく、か。

お母さんはいつもそればっかり。



"結婚式"というものに呼ばれたのは初めてのことだった。

服装、お祝儀、テーブルマナー、披露宴、祝電、お色直し、チャペル、シャンデリア、カタコトの神父さん、めちゃくちゃデカいケーキ、聞いたことない料理、お米のシャワー、飛んできたブーケ等々。


初めての事だらけで、わたしの頭は「なにこれ」の処理が追いつかずパンク寸前。

お京には悪いけど正直めちゃくちゃ疲れてしまった。


慣れない礼服に窮屈そうにしていると一人の女性がこっちに走ってきた。


「あら!鮫川音季ちゃん!!ときちゃんよね!?

あらぁ!ずっと会いたかったのよぉ!!」


会場に響き渡るくらいの大声で名前を呼ばれる。

お京のお母さんがヒールの高い靴ををカコカコ言わせながらすごい勢いで私に抱きついてきた。


「千鶴!ときちゃんも来るなら来るって言っててよ!!あらぁ〜!!ずっとあなたに会いたかったのよ。美人さんになったねぇ。」


お京のお母さんに最後に会ったのは確か中学卒業前。

その時に比べると、だいぶ血色もよくふくよかになった気がする。和装ではなく派手なドレス。

香水の匂いがちょっとキツイ。


「お久し振りです。」


「あなたが来るってわかってたらおばさん、唐揚げたくさん作ってきてあげたのにぃ!ねぇ、からあげ好きだったもんね?」


「お母さん、娘の結婚式でおばちゃんみたいなこと言わないでよ。恥ずかしい。」


「あら、後ろにいるのは辻宮あすみちゃんと三宮ジェットくんねぇ!2人とも大人になったわねぇ〜。おばさんも歳取るわけだわ!」


口元を押さえて笑うお京のお母さん。

当時は気品のある"上品なお母様"って感じだったけど

"おかん感"が濃くなってる。

お京もわたしも、いつかはこうなるのかな。


「三宮くん素敵なネクタイピンしてるのね〜!それもしかしてゼロ戦の21型?わたし戦闘機とか装甲車とか軍艦とか結構好きなのよぉ!52型とか?F3Hとか?男のロマンって感じ!」


「さぁすが京坂氏のお母様!ここで52型を出すとは完全にわかっていらっしゃる。そしてまさかのF3H!男's 浪漫・the・ファイアー待ったナシコレ」


「いいわよねぇ。うちの子女の子だからミリタリーとかガジェットに全然興味なくてねぇ。男の子ってやっぱりいいわねぇ。うん!いい!!!」


わたしとあすみちゃんとお京の「何言ってるの?」の冷ややかな表情も2人には届かず、

男's 浪漫・the・ファイアー、とやらに焼き尽くされる。


「火炎放射器とか最高ですよね。硫黄島で使われたやつ。」


「わかるわぁ〜!三宮くん、あっちの席でおばさんともう少しお話しましょう!」


「ちょっと2人とも!私の結婚式で銃火器の話で盛り上がらないでよ…」


お京の声も届かず、ジェットとお京のお母さんはホールの手前のテーブルでお酒を嗜みながら、火炎放射器の話に花を咲かせていた。

男's 浪漫・the・ファイアーの鎮火の方法は、式場のスタッフも知らないようだった。




「そういえば、あの占い師のお巡りさん呼ばなかったの?五十嵐さん、だっけ。」


あすみちゃんが不意に尋ねると、お京は苦笑して手をプラプラさせる。


「あぁ、五十嵐先輩はいいの。こないだの事件で忙しいみたいだし。」


あの事件の後日、わたしは再び五十嵐さんを訪ねて交番へ行った。

用件は「今回の当たり屋事件の全てを五十嵐さん一人の手柄にしてほしい。」というお願いだ。

要はわたしやお京の名前を出さないで欲しい、と。


五十嵐さんの答えはシンプル。

「意味がわかりません。」


「あの後、芋づる式に町の指定暴力団は検挙。勢力は大幅に縮小。鮫川さん、これがどれだけ凄いことかわかってます?」


事前に当たり屋とたまたま接触して面識のあったわたし。

一本背負いと殴打でとどめを刺したお京。

そう。計らずも大手柄を上げてしまったのだ。


各テレビ局のレポーターや記者に騒がれるのは

ある意味同業者としては面倒くさい。

暴力や任侠の匂いが日常に付着するのは御免だ、ってのもある。

特にマスコミにトラウマがあるお京だけでも

この事件からは遠ざけてあげたかった。


訳を話すと、以外にも五十嵐さんはすんなりと「人が良すぎますね。」と真意を見越したような目をして適当に小さく敬礼して、微笑んだ。

流石は易者。察しがいい。


わたしも小さく敬礼して交番に背を向けると、「あぁ、鮫川さん。」と五十嵐さんに名前を呼ばれる。


「千鶴ちゃん、学生時代にあなたの話をよくしてくれましたよ。自分がいま頑張れるのは、再会が楽しみな親友の為だって。」


口を真一文字に結んだまま、できるだけ無表情を固定してわたしは振り返る。


「千鶴ちゃんを高3で司法試験受からせて検察にしたのは紛れもなく鮫川さんですよ。彼女の頭ん中は家族とあなたのことでいっぱいでしたからね。千鶴ちゃんが正義感クリーチャーになっちゃったのはあなたのせいですから、今回の事件解決の要も鮫川さんって事になります。名誉監督みたいなもんです。」


名誉監督ねぇ。

笑ってしまいそうになる口元を隠すように

わたしは人差し指を立てた。

お巡りさんとわたしだけの守秘義務だ。


そんなこととは露知らず、もう当たり屋の事件のことは忘れてくれたかのように、目の前で少し恥ずかしそうに笑みを浮かべているお京。


ウエディングドレスを身に纏った彼女は、それはもう透き通るように白くて綺麗だった。

「わぁ…」と思わず声が漏れる。


立ち姿からして、わたしと全然違う。

シャンとした背筋と肩甲骨。首。

腰とおしりの美しいライン。華奢な指先。脚。

育ちの良さ、というのは直立不動で隣に並んだだけでこうもに滲み出るものなのか、と感心してしまう。


「音季。」


名前を呼ばれて我に返る。


「私ね、15歳のとき、4人でタイムカプセルになったこと、今となっては良かったって思う。」


お京がわたしの目をまっすぐ見て言う。


「私もおんなじ。絶対に動物のお医者さんになってまた3人に会いたい、って頑張れたもの。」


あすみちゃんもわたしの方を見る。


急にそんなこと言われたら恥ずかしい。

恥ずかしさと申し訳の無さで

さっきキャッチしたブーケに目を逸らす。


遠くのテーブルでは、ジェットが酔い潰れたお京のお母さんを介抱している。


わたしたちの視線に気づいた彼は、灰色のネクタイを掴んで離さないお京のお母さんから無理矢理ネクタイを解いて脱出する。


中学生なんてみんな平等に3年しかない。

もし100年生きたとしてもそのうちたった3%だ。

その3%の日々をわたしは選んで

今でもこうして寄り添って

一生の居場所にしたんだ。


窮屈な礼服のシワを適当に正して3人の前に立つ。

「タイムカプセルになろう」とみんなに伝えたあの日みたいだ。




大人と子どもの人格が入れ替わってしまったわたしと私。

狭間に生きてたあなたはさぞ、大変だっただろう。

もう9年も経つ。流石に時効だ。

みんなにちゃんと話そう。


「実はね、タイムカプセルになろうって考えたの、

わたしじゃないんだ。」


わたしの言葉に3人は不思議そうな顔をする。


当然の3人のリアクションに、わたしは息継ぎをして続ける。


「わたしはもう、あの時みんなには二度と会えないと思ってた。ごめん。騙してたつもりとかは無いんだけどさ、あれわたしのアイデアじゃないの。

今を精算して、やり直しなさいって言われたんだ。」


3人はわたしの次の言葉を待つように、口を閉じている。


「ほんとはね、4人だけじゃないの。もう1人、いるんだ。一緒に9年間、タイムカプセルになってた人。わたしの人生をリセットして、みんなに会えなくさた人。」


礼服の裾を摘んで、弄って丸める。

こんなタイミングで自供が始まるとは

わたしも思ってなかった。


「なんでその人は、君にわざわざそんなことさせたの?」


「わたしも、ずっと考えてた。今は何となく理解してるけど。ちゃんと真実を聞いてくる。納得する理由があるんだ。まだその人、タイムカプセルのままだからさ、式が終わったらこの後、起こしに行こうと思ってる。」


何故か泣きそうになるのを堪えながら、真相を打ち明けるわたしとは対照的に、意外と3人は年末の大掃除が終わった時みたいに、晴れ晴れとした表情をしていた。




タイムカプセルになった15歳のあの日。

わたしたちが離れ離れにされた卒業式の日。

今日までの9年間、辛いことが数え切れないほどあった。

誰かに縋りたくて、自分という人間がダメ過ぎて

テトラポットの上でただただ涙を流す日々が何年も続いたなんて、言えない。

しっかりと自分と向き合って、磨き続けた3人はほんとに立派だ。


「行っておいでよ。音季。」


ウエディングドレス姿のお京が、わたしの顔を覗き込んで微笑みかける。

うん、とわたしは頷く。

いい結婚式だったな。

と会場の景色を目に焼き付ける。


そういえば、まだ言えてないことがあった。

あのさ、お京。


「結婚おめでとう」

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