第42話 千載二遇(7)

「ねぇ。当たり屋さんはどうしてこのお仕事をしてるの?」


私は立ち上がって、当たり屋の男の前に立つ。


虚ろな目をなんとか開き、男が私を見る。

私を思い出したのか「あんときの…」

と小さく呟く。


「私ね、今日わかったの。どうして自分がこの仕事をしているのか。職業の記事を書き続ける理由。ついさっき、気付いた」


海を見たわけではないけど

テレビのチャンネルを回すみたいに

頭の中の景色がぐるぐると切り替わる感じがする。

わたしと私が顔を見合わせている。


「わたしは、ね、働いてる人が好き。世の中に無限にある仕事が好き。その人たちの居場所になりたくて、この仕事をしてるんだ。」


きっとそう。


わたしたちの毎日をつくっている色んな仕事を知った。

人と出会って、その人を知れた。


岬ばあに出会って、わたしは私を見つめ直すことができた。

大好きな人が私のことを大切に思ってくれてた。



「おばあちゃんも私たちも、鮫川さんのお仕事で幸せな気持ちになりました。」


火葬場でのあの子の言葉を思い出す。

いつも隣りにいてくれた岬ばあ。

私はあなたの 居場所になれた。

嬉しくってもっともっと生きていたくなる。


こんな仕事もあるんだ。

こんな人たちが世の中を支えているんだって。

たくさんの人に知ってほしい。

ただ1人でもいい。

誰かのなにかの"+1"になれたら。嬉しい。


わたしは何かを成し得る器の人間じゃない。

そんなわたしの仕事で誰かが変われたら

この上なく幸せなことだ。生きる甲斐だ。


カシャン、と聞いたことのある音がした。

五十嵐さんが男に手錠をかけたのだ。

おまわりさんのマニュアルには【空気を読む】という項目は無いらしい。


「五十嵐さん、それ、手錠…、」


「おまわりさんだって手錠も拳銃も持ってるんすよ。」


「警察官とおまわりさんは同じなのよ。警察の階級の巡査って言葉からお巡りさんって呼ばれてるの。」


初めて見るホンモノの手錠をまじまじと見つめる私に、あすみちゃんが教えてくれる。

そうなんだ。知らなかった。ドキドキする。



「…親父が金を借りた相手が、ヤクザでした。

親父も俺も 逃げられなかった。それだけです。」


当たり屋の男がうなだれたまま口を開いた。


ヤクザという非日常的なワードに、

私は少しだけ怖くなる。


「それからはそいつらの言いなりでした。脅されて、親父も無理矢理、団員に入れられて…」

 

「…密売、人さらい、窃盗、詐欺…。全部やらされました。全部…。」


犯人の独白ってテレビでしか見たことなかった。

ほんとにこの世に存在するんだ。



「親父には昔から迷惑かけっぱなしで。

なんとか助けてあげたくて、そいつらの言うこと聞いてたら、いつの間にか俺まで。両足突っ込んでたんです。」


「懺悔タイムにしてはべらべら喋りますねアンタ。いいんすか?曲がりなりにもヤクザなんでしょ?」


話を遮ってやれやれと五十嵐さんが無線で応援を呼ぶ。


「あ、部長?俺です。五十嵐です。ヤーさん確保です。え?いや、だから!ヤクザの舎弟しょっ引いてるって…いやマジですよ!マジ!はい。今!パン屋んとこの角!」


無線ってそんな昭和の業界人みたいな連絡でいいんだ…、と思うも「よくないからね。」と私の心を読んだお京に訂正される。


「すいませんでした。何度も足を洗おうとしたんですけど、アヤつけられて…」


「アヤって言うのはヤクザの隠語で因縁とか言いがかりって意味よ」


あすみちゃんが小声で教えてくれる。


「金を集めてこいって親父も俺も脅されました。

でもガジるのもヤッパ突きつけてタタキするのも、俺にはできなくて。。」


「ガジるは恐喝、ヤッパは刃物、タタキは強盗って意味。」


「あすみちゃん、詳しいね。ヤクザに。」


「学校の図書室にあったそっち関連の本、ほとんど全部読んだから…。」


そっち関連の本って何…?

と思ったけど詳細は聞くのが怖いから黙ってた。

そっち関連の本って何?とジェットがツッコんだので、キッと睨んで黙らせる。


「まぁ話聞く感じでは、上納金集めの三下ってトコでしょうね。いますよ。悪意なく暴力団に手を染めちゃう人は。悪意無く、運悪く。」


五十嵐さんが男の手錠に紫色の布をかける。

色が派手すぎる、と感じたけど多分これ、占いで使う布だ。最悪だ。このおまわりさん。


「でもよかったですね。鮫川さん。千鶴ちゃん。やったことは勿論許せませんけど、コイツも根っからの"悪"じゃないってことじゃないですか。金借りた相手がヤクザだった。運のツキですよ。」


よかった。とまではいかないけど、確かに少しだけ。気持ちが楽になった。


「じゃあなおさら、わたしは許す。

間違ったことをした人でも、心を入れ替えたらやり直せるよ。きっと。普通の人の暮らしに復帰できないのはなんか可哀想。」


「人が良すぎるよねぇ。鮫川氏は。」


「そうよ。ときちゃんは優しいんだから。感謝しなさい。」


ジェットとあすみちゃんが私の側に立つ。

昔の携帯の電波みたいに、影が3つ並ぶ。


「殺人罪じゃなくて傷害致死罪で済むといいけどね。あとは遺族の方々がどう思うか。ここからは弁護士と私たちの仕事。ほら、立って。」


男の手を取って、「殴ってごめんなさいね」

とお京が言う。

また投げ技と関節技のコンボをかけられると思ったのか男はビクビクしていた。

対して息を整えどこか落ち着いた彼女は

なんだか少しホッとした面持ちだった。


私も当たり屋の男の目をしっかりと見る。

何人も取材をしてきたから目を見ればわかる。

悪い人じゃないって。


「さっきも言ったけど、許すよ。私、あなたのこと許すから。だから将来、その、刑務所?から出られたときはさ、ちゃんとしたお仕事をして、岬ばあに毎日手を合わせてください。お願いします。そしたらたぶん、許されると思うから。」


拙い本音を私は頑張って紡ぐ。

男はボロボロと泣いていた。

反省、というより後悔、なんだろう。

見ていて辛かった。


「すいません…ほんとうに、すいませんでした…」


西の空から照りつける8月の灼熱。

飛行機と動物病院と火葬場と警察と暴力団と。

まさかまさかの連続でみんなクタクタだ。


こうして9年ぶりの我らの再会珍道中は

今度こそ無事に幕を閉じたのだった。

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