第41話 千載二遇(6)

投げ飛ばされた当たり屋の男は、受け身も取れず道路にうつ伏せになったまま、お京に馬乗りになって取り押さえられる。


「いってえぇ…!!何すんだよこのクソ女!!」


暴れる当たり屋の男の後頭部を

形振り構わずお京が思いっきり殴った。

男の帽子が飛ぶ。そこにもう一発、鉄槌。


お京がもう一度素手で男を殴りつける。

その一撃で、男は完全に気を失った。

人が人を思いっきり殴るのを久しぶりに見た。

自分の優しい友達が、だけど。


「私は悪い心を持ってる人を絶対に許さない。大切な人に迷惑をかける人を、絶対に許さない!」


自分に暗示をかけるように、お京が泣きながら今度は男の腕を捻って関節技をかけた。

可哀想に、男が痛みで意識を取り戻す。


「お京、もういいよ、やめて。」


わたしが駆け寄ろうとしたその時。 


「誰かと思えば京坂千鶴ちゃんじゃないすか!」


目下の任侠映画の様な光景をガン無視して

のほほんとした声で五十嵐さんが

「千鶴ちゃん」とお京に手を振る。


「五十嵐さん、お京と知り合いなんですか?」


「通ってた関西の警察学校が一緒なんです。

法学部。千鶴ちゃんは俺の1個下。」


名前を呼ばれたお京はこちらを見ると

一瞬、「げ…!」の顔をした。


「五十嵐先輩…、なんでここに…?」


お京の手が緩み、当たり屋の男はその場に倒れ込む。


「警察学校時代から、千鶴ちゃん、めちゃくちゃクソ強だったんすよ。柔道で全国行ったり、公安から何度も表彰されたり。正義感クリーチャーって呼ばれてました。」 


お京、警察学校に行ってたんだ。

あとこの占い師、年上だったのか…。


「え?あぁ、大学生くらいに見えるってよく言われます。スピってる人種って何故か若々しいもんなんすよ。ほら、90近いのに元気な占い師のばあさんとか、いるでしょ?仙人みたいな憲法の達人のジジイとか。職業柄ですよ。魔法みたいなもんっす。」


「スピリチュアルなこと全般嫌いって言ってませんでした?」


「す〜ぐ揚げ足とるんだから鮫川さんは。公務執行妨害で逮捕しますよ。」


へらへらと笑う五十嵐さん。


「千鶴ちゃんはエリート中のエリート。日本最年少の高3で司法試験受かって検察になったバケモンなんすよ。」


「検察!…かぁ。法曹三者とはさすが京坂氏。」


ジェットが感心して頷く。

ホウソウサンシャ?って何だろう。


「法曹三者は、裁判官、検察官、弁護士のことよ。なるのが難しい職業。」


あすみちゃんが説明してくれる。

取材したことのないレアジョブばかり。

お京、いっぱい努力したんだな。

すごいことなんだな、と曖昧に確信した。


「まぁ、少なくとも現場に走って犯人をボコすのは検察の業務外ですけどね。」


五十嵐さんがお京の手首を優しく掴む。


「はいそこまで。千鶴ちゃんもあんまりヒステリックにならないでくださいよ。それくらいにしとかないとチクリますよ。刑事処分くらうの嫌でしょ。」


ガルルルと猛犬のような形相のお京を

当たり屋の男から引っ剥がす。


男は意識はあるものの、焼けたアスファルトの上でミミズみたいにもがいている。

火傷しますよ、と言って五十嵐さんが抱き起こすも、意識朦朧とうなだれる。


わたしは怒りに我を忘れたお京に駆け寄り、

後ろから抱きしめた。


「お京、もう大丈夫。もういいよ。ありがとね。わたしのために怒ってくれて」


彼女は目を真っ赤にして私を見る。

涙を流しながら、悔しそうに歯を食いしばっている。


「こんな奴のせいで、音季の大切な人が死んじゃったの、私、許せない…。この人殺し!」


あれだけ殴ったのに、まだ気が済まないんだ。

きっと自分の過去とわたしの事を重ねてるんだ。


「お京、わたしはもう許す。この人のこと」


赤い目をパチクリとさせて、お京が私を見る。


「わたしはね、もう許す。お京が背負い投げしてくれたからさ、もう気が晴れたよ」


「でも、悪意は消えないの。悪い人間はこれからもずっとずっと誰かを傷つける!困らせる!コイツ等はそういう仕事をしてるの。私のお母さんがされたみたいに!なんにも悪くない人が、害心を抱く人に傷つけられるのが、私、」


お京は拳を握ったまま再び泣き出した。


「お京の言ってることは、正しいと思う。

でも、誰かの正義の為に、誰かが殴られるのって、なんか変だよ。

それじゃあ岬ばあもわたしも、嬉しくない」


お京の両手を握る。

正義と怒りに支配されたその手から、

力が少しずつ抜けていくのがわかった。


「お京はいっつもわたしの味方でいてくれたんだよね。もう大丈夫だから。優しいお京がそんなことしなくていいよ」


お京は涙を止めることなく、わたしと当たり屋の男を交互に見て、なにか言いたげにしゃがみこんだままうめき声をあげて泣いた。


「立場の弱い人を守ってあげられる大人になりたい。検察官になれば、正義の味方になれるの。家族やあなたのこと、守ってあげられると思ってた。違うの?どうしたらいいの?」


鼻の奥がツーンとする。目の縁も。

頭がクラクラする。

胸いっぱいに息を吸い込んで吐き出すと

いつの間にか、私も涙を流していた。


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