第33話 よこがお(2)

「岬ばあ!!!!」


その結婚、ちょっと待ったぁ!の感じで勢いよくドアを開けた。


話は戻って今は火葬場。


別れを惜しむ、しめやかな空気が一変。

ホールにお集まりの岬ばあの御親戚一同が、コンビニに車が突っ込んで来た時みたいに驚いた表情で私を見る。


あぁ今

厳かな、水を打ったような

最後の別れの時間だったんだろう。

それを私が今、ぶち壊したのか。

と自覚する。


空港にはすでにジェットがタクシーを手配してくれてて、私とお京は2人、岬ばあの故郷である芸西村の最寄りの火葬場まで送ってもらった。


海岸沿いを走ること15分。

その間、無意識に海を眺めてしまったので、火葬場につく頃には「私」の人格が出ていた。


さっきも話したとおり、長時間、大体10分くらい海を眺めると、私は人格が入れ替わり、言動や所作が幼くなる。

その後、海から離れて20分くらいで元に戻る。

(精神科の先生が言うには【お父さんが海で亡くなってしまったこと】が自分の中で精神的外傷になってるらしい)


3人は私の"持病"のことは全て知っているので

「お京、私ね、高知って初めて来たよ」

とその一言だけで気づいたらしく、私の方を見つめて「9年ぶりね。」となぜか嬉しそうだった。




「音季、着いたよ。頑張って。」


助手席のお京に力強く頷き、私はタクシーの後部座席から飛び出した。



愛知から飛んで走って 1時間ちょっと。

遠く離れた高知県の火葬場に

ほんとに間に合った。




「あの…どちら様ですか…?」


参列者の中から、50代くらいのおじさんが一歩前に踏み出し、恐る恐る私に声をかける。


場内は線香と火の臭い。

天井からは換気扇の音がする。


「あ、いきなり入ってきて!申し訳ありません!

鮫川と申します。岬ばあ、岬おばあさんの、1番の…

えっと、友達です!お別れに来ました!」


本来9年ぶりにみんなに会う日だから、今日に限ってTシャツにジーパンというラフな格好で来てしまった。これでも一張羅だ。

参列者が真っ黒な喪服を身に纏う中、完全に私だけ浮いてる。

スイミーみたい。スイミーは逆か。


火葬炉の前に、棺の乗った台車があり、

今にも岬ばあは摂氏何千度の火中をくぐり抜けて

天国に行かんとするところだった。


「ねぇ、岬ばあ。会いに来たよ。」


形振り構わず、私は岬ばあの棺桶に駆け寄る。

幸い、蓋は開いていて顔だけ見えた。

お花や折り鶴の中に目を閉じた岬ばあの顔。

ほっぺとおでこには痛そうな傷があった。

転んでしまったのかな。

それで死んじゃったのかな。


「あのね岬ばあ。今日、9年ぶりに仲良しの友達と会う日だったの。それで私、もみじやに行ったんだけどさ、岬ばあいなくって。みんな、泣いてたよ。」


冷たくなった顔に、

息を整えながら早口で喋る。


そうかい。


たった一言それだけ。

いつもの相槌が欲しかった。


「友達がね、飛行機に乗せてくれて、愛知から1時間でここに着いたんだよ。すごいでしょ?ギンも弱ってたけど、大丈夫だよ。岬ばあ。聞いてる?」


何も答えは帰ってこない。わかってるけど。


火葬式に飛び込んで来た奇妙キテレツな私の行動に、参列者一同、血の気が引いている。

そりゃそうだ。葬式に知らない女が飛び込んできて、棺桶に1人べらべら喋ってるのだから。


背中から感じる「何だコイツ」という視線が

どこか懐かしい。


今の私は完全に不審者だったけど

それでも最後に、岬ばあと話がしたい。


「ねぇ、初めてあった日。私が岬ばあにお仕事の取材した日。覚えてる? なんでこの仕事してるのかって、何が幸せで生きてるかって、私、岬ばあに聞かれたの。わかったよ。」


ホールに1人響く私の声は

誰にも届かず消えてしまう。


色の無くなったようなお顔を見ていると、

散った花びらのような、抜け落ちた羽根のような

あぁ、もうこれは抜け殻なんだな。

と脳が理解してしまう。


岬ばあの顔を正面からしっかりと見るのは

なんだか初めてのような気がして、

あぁ、そっか。と気づいた。



私が見てた岬ばあはいっつも横顔だったんだ。

釣り堀でも駄菓子屋でも一緒に散歩するときも。


いつも隣にいてくれたんだ。 




「ねぇ。岬ばあ。わたし、わかったんだ。」


なんでこの仕事をしてるのかって。

誰のために。何のために。


ぜんぶ、全部自分の為だった。


わたしは下唇を噛む。強く。


「話を聞いてくれる人がいると、嬉しいでしょ。たぶんそれだけ。誰かと対等にお話できれば、それで満たされるんだ。わたし、他人に興味なんて無かったんだ。取材だ仕事だ!って、働いてる人の話を聞いてさ、自分を肯定してただけなのかも。」


こんなことが言いたかったんだっけ。

なんだか違う気がする。

いつの間にか、戻ってる?

今の私か?いや、わたし?わたしか?


「わたしが楽しくて、独りじゃないことが嬉しくて、わたしの居場所がそこにあるから、この仕事してるんだよ。」


違う。もっと違うことを言うべきだ。

ありがとう。って一言伝えたくて

みんなにわがまま言ってここまで来たのに。


思ったことが全て口に出てしまうくせに

伝えたい言葉が出てこない。

稚拙だ。コミュニケーションができない。

また、自分がわからなくなる。

私か?わたしの気持ちか?

わたしは、誰に、なんのために。

何を伝えたくて−




「鮫川さん?」


その時。

どこかで聞いたような綺麗な声が、わたしの名を呼んだ。


声のする参列者の方向に目を向ける。

思い出したようにわたしは、すみません!と

天地がひっくり返るくらい頭を下げる。

顔を上げるとその中の1人、見覚えのある少女と目が合った。


「…野月さん?」


紛れもなく、あの夜。

海岸のわたしの特等席。

テトラポッドで泣いていた、

あの少女だった。






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