第32話 よこがお(1)

*※(1)※※

鮫川音季


私にとっては"症状"や"病気"じゃ無いんだと思う。

あくまでも「状態」の話。


異変に最初に気づいたのは、お姉ちゃんだった。


「音季ちゃん、大丈夫? なんか最近変だよ?」


始めのうちは茶化すように私の異変を指摘していたが、私の"変"が加速していくにつれて本気で私のことを心配し始めた。

私に過保護な姉は、どうしても一度病院で見て欲しい と聞かず、私はその日のうちにまあまあ大きい病院へ連れて行かれた。

ランドセルに「君とももうすぐお別れだね」と言って"旅立ちの日に"のアルトパートを歌ってあげてたので、おそらく小学6年生の出来事。


今思えば、自分の妹を心配して精神科に連れていく姉なんて、どっちが頭おかしいって話だ。




解離性同一性障害。


1ヶ月ほど毎週通院して診察結果が出た。

意外とちゃんした病気だったので、自分自身

「ほぇ?」と呆気にとられた。


聞き慣れた言葉に直すと【二重人格】というもの。

心に強いストレスがあったりすると、自分で自分を守ろうとして自分の中にもう一人の人格を作り上げてしまうらしい。


一般的には"陽と陰"だったり"善と悪"だったり

"SとM"だったり"男と女"だったり。

本来の自分とは対象的な人格が形成されやすいらしいんだけど、そこんとこ私はちょっと違った。


「大人」と「子ども」

本来の鮫川音季の人格が「わたし」

知能レベルが子どものままの人格が「私」

と無意識に2つの人格が備わっていた。

("私"の発音は"アタシ"に近い)


元々症状が出るまでは、子どもの頃の「私」が

そのまま本来の自分だった。

小学6年生くらいから「わたし」という

"大人ぶった"もう1つの人格が私の中に生まれて

表に出ることがあった。

思春期特有の「こじらせ」とか「厨二病」みたいなものでは無く、第三者からみたら明らかに異常だったらしい。

わたし自身、「頭の中がなんか変」くらいの感覚があった。



それが歳を重ねるに連れて、本来オリジナルの人格である「私」と、自分の中に生まれたもう1人の「わたし」がいつの間にか入れ替わっていた。

私がわたしに追いついたのだ。

多分「わたし」が自分に定着したのがここ5,6年。

18歳くらいで完全に入れ替わりを遂げた。


何言ってるかわかんないかもしれないけど

実は私もたまにわからなくなる。



子どもっぽい「私」と 大人びた「わたし」という2人の自分が出たり入ったりして生きてきたんだけど、歳を取って本当に大人になるに連れて、"オリジナル"の自分がどっちなのかわかんなくなった挙げ句、入れ替わった。


って話だ。わかったかな。わかんないよね。

話を進めていけば多分わかる。

わたしの一人称に注目して1話から読み直しても

多分わかる。



二重人格という症状は、記憶や能力は共有されない場合もあるらしいけど、わたしたちは記憶の共有は自然とできていた。

『互換性』がなんとかって精神科の先生は言ってた。


一般的な【二重人格】というものが【コインの裏表】だとしたら、私とわたしは神社の狛犬みたいなものだ。 


"一心同体"ではあるけど"表裏一体"では無い感じ。


"顔面と後頭部"じゃなくて"左右の横顔"みたいな

感じかな。


わかるかな。わかんないか。


現在は「わたし」という大人の自分がオリジナルで普段は生活している。


別に無理してるつもりは全然ないんだけど、

無愛想で独りが好きで理屈っぽくて。

波風立てぬよう生きている、ごく普通の女だ。

たぶん、鮫川音季と言う女の子が昔からイメージしていた"大人の女性像"が"わたし"だったんだろう。

小学校高学年くらいの頃から、たまにこの

"平凡な大人"の人格が顔を出すことがあったわけだ。


急に敬語になったり

お寿司を2貫しか食べなかったり

それまで全力で走り回って遊んでいたのに

急に恥ずかしくなって家に帰ったりした。


"大は小を兼ねる"のでこの頃はそこまで生活に支障は来さなかった。


 

そして現在。

社会人として生活しているこの日々に、精神年齢8歳くらいの人格が出てしまうことがある。


急に走り出したり 大きな声で笑ったり

納得できないことがあるとごねたり泣いたりする。


知能レベルが8歳くらいの「私」がいつ出てくるのかというと、これがまた不定期ではなくいくつかパターンがある。


岬ばあと釣り堀にいた時 や

海岸のテトラポットに座っているとき

わたしは「私」に戻っていたから

柄にもなくはしゃいだり

言動は幼くおしゃべりになっていた。




1つ目のスイッチングの条件は

長時間、海を眺めたときだ。




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