第31話 延長線上(4)
「乗ってみたいって言ってたじゃない。ほら、早く。急ぐんでしょ、高知。」
「いや、ほんとに乗れると思ってなかったから…。」
釣り堀から全速力ダッシュと車で20分。
空港に着いてからドリームリフターに乗るまではほんとに早かった。
ジェットが手元のスマホで各所に電話をかけ、色んな人に深々と頭を下げるのをわたしとお京は彼の3歩後ろで観察していた。
こういうときは下手に動かない方が、彼も動きやすいはずだ。
大樹に身を任せて生きてきたわたしにはわかる。
余計なことはしない方がいい時もある。
どうやら、ジェットの直属の上司が凄く偉い人らしく、電光石火のスピードでわたしたちの搭乗手続きと検査をして、よくわからないままいろんな書類にサインをしてたら、特別本当にに高知への直行便に乗せてもらえることになった。
空港の、普段入れない通路をキョロキョロしながら機体に乗り込み、無事、離陸。
旅客機は席に座ってから「まだ飛ばないの!?」という謎のもたもたタイムが20分くらいある印象だけど、わたしたちの乗った小型の機体は小回りもよく効くのか搭乗から離陸までは5,6分ほどだった。
離陸前にあすみちゃんから「ギンちゃんと病院に着きました」と連絡があった。3日程入院するらしいけど元気になるみたい。送られてきたギンの画像を見ると、どこか安心している面持だった。
とりあえずよかった。
「ほんとに間に合うかもしれないね。岬ばあの最後。」
ものの30分前はまだ釣り堀にいたのに、わたしは今、ほんとに空を飛んで岬ばあの故郷に向かっている。
夢を見てるみたいだ。
「日本での火葬は大体午前中なの。火葬場が会場するのは一般的には10時からだから一番混雑するのが11時前後。それに合わせて告別式をするはずだから、おそらくまだ間に合うと思う。」
お京が左手のピンクゴールドの腕時計を確認する。
時刻は10時20分。
「お京って なんでも知ってるよね」
「旦那が葬祭関係の仕事をしてるから、自然と覚えちゃったのよ。」
「ダンナ…?」
わたしの日常で聞き慣れない単語に戸惑う。
ダンナって、あの旦那??「夫」の「旦那」?
「お京…、結婚してるの??」
わたしが恐る恐る聞くと、お京とジェットが顔を見合わせる。
「何言ってるの鮫川氏?手紙に書いてあったじゃん。読んでないの?」
「手紙…?手紙ってなに?」
何故かわたしだけ知らないアイテムの登場に戸惑う。
お京からの手紙?どこでそんなレアアイテムを?
「あら?届いてなかった?私、昨年結婚したの。3人にはほんとはすぐ教えたかったんだけど、タイムカプセルの決まりだったから…。音季から集合の連絡があったあとすぐ、3人には手紙を送ったんだけど。」
「先週届いてるはずだよ。A4くらいの封筒。」
封筒…? そんなもの…
「あ…」
…思い出した。
高度何千メートルのわたしの背中を冷や汗が伝う。
「…ゴキ……」
「ゴキ?」
わたしの口から出た【嫌いな単語ワースト3】に老若男女ランクインするであろう4文字の言葉に、お京の細い眉がハの字になる。
「もしかして、玄関先にいたゴキブリに封筒丸めてフルスイングしたとか?」
「うん。玄関先にいたゴキブリに封筒丸めてフルスイングした…。」
ジェットに図星を突かれる。
爽快感すら感じるホールインワン。見事。
お京がフクロウみたいに目を丸く見開いてわたしを見る。
この至近距離の大きな瞳。
罪悪感ごと吸い込まれるかと思ったが案の定、機内はわたしを除いたふたりの笑い声に包まれた。
「ほら着陸体勢に入るよ。四国が見えてきた。」
窓の外を見ると、海に浮かぶ大きな島。
空から見るのは初めて。
これ全部が四国なんだ。
というか、ほんとにもう高知に着くんだ。
「ジェット、ありがとね。」
窓からの景色を見下ろしたまま、お礼を言う。
あなたの愛する飛行機は、偉大だ。
「さっきの辻宮氏じゃないんだけどさ、」
「みんなでタイムカプセルになってる間、僕も考えたんだけど、やっぱり一番は君に恩返しがしたかった。君が居なかったら、僕の人生こんなに楽しいものじゃなかったと思うからさ。」
恩返しだなんて。大袈裟だよ。
わたしはただ、飛行機に一途な君が少し羨ましかったんだ。
いつも空を見ていた一人ぼっちの少年が今
大人になって自分の大好きを仕事にしてるんだ。
今までも、これからもずっと彼は飛行機が好きなんだろう。
カッコいいな。と思う。
「9年もかかっちゃったけど、これにて僕はお役御免。帰りの便は普通に最短の公共交通機関を手配しておくから、岬婆さんまでの道のりは京坂氏よろしく。」
高知県。岬ばあの故郷。
田んぼの田の字でいう左下だ。
「丸い水槽。」
迫りくる海を見つめながらフフッとお京が笑った。
丸い水槽?
「あなたが言ったのよ。卒業前にみんなで海を見に行ったとき。」
「それ僕も覚えてるよ。『この星は7割以上が海だから実質、丸い水槽なんだ』って。」
わたし、そんなこと言ったかな…。
「なんか、変だね。わたし。」
恥ずかしくてなんだかこそばゆい。
でも今聞くと、ちょっと素敵だと思える。
なるほど。丸い水槽か。
時刻は11時。拳をギュッと握りしめる。
ジオラマのような港の空港に吸い込まれるようにわたしたちは降りてゆく。
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