第28話 延長線上(1)

「それでは!9年ぶりの再会を祝って!乾杯!!」


 

と、なるはずだったんだ。


いつもより少しだけ高いウインナーを焼いて

ビールと駄菓子で夜通し話す。 

修学旅行みたいな、柄にもなくパーティーの真似事をできるもんだと思ってた。

9年も待ったんだ。

いいじゃないか。今日くらい。

少なくとも、ついさっきまではそう思ってた。



すっかり忘れてた。

計算が狂うんだ。人生ってたまに。




もみじや店主  岬 冬由華 は8月8日 83歳をもって逝去しました。

ここに生前のご厚情を感謝し謹んでお知らせ申し上げます。

なお、通夜及び葬儀は遺族の意向により亡母の生まれ育った高知の地にて近親者だけで執り行います。

 

        令和 12年 8月 9日

               喪主 岬 慶次郎


 

閉じたシャッターに貼られた張り紙を見つめたまま、ジリジリと照りつける太陽の真下。

わたしは立ちすくむ。


岬ばあが死んでしまった。



なぜだろう。

不思議と涙は出なかった。




「音季はもう社会人なんだから、少しは大人の女性らしくしなさい」


こんな時になぜかお母さんの言葉を思い出す。


大人らしくってなにさ。

迷わないこと?

仕事をしてお金を稼ぐこと?

それとも、こんなふうに涙が出ないことだろうか。


どうして大人は泣かないんだろう。

昔から不思議だったんだ。


どうして、

わたしも泣かなくなっちゃったんだろう。


 

背後から3人の視線を感じる。

心配してくれてるのが気配だけでわかる。

目の前の小学生たちもまるでわたしに気を使っているかのように黙って下を見ている。


半ば放心状態のわたしは

なんとか笑顔をつくってみせる。

大丈夫。とは口に出さなかった。


「岬ばあ、この駄菓子屋のおばあちゃんね、とっても仲良くしてたんだ。毎週遊びに来てお話したり、釣り堀で隣同士座ってお話したり。とっても優しいおばあちゃんだった。」


9年ぶりに再会した3人に、まるで自分に言い聞かせるように説明する。

まだ現実に思考が追いついてない。

いつの間にか思い出になってしまった岬ばあとの記憶に、表情筋を滅茶苦茶に動かしながら、わたしは歯を食いしばり、頭を垂れる。


「知ってるよ。"損益を鑑みない仕事がある" だろ。」


顔をあげるとジェット ー 三宮和弘がわたしを見つめている。

今気づいたけど、卒業式の日よりだいぶ背が伸びた気がする。


「もみじやの岬おばあちゃんでしょ?私も覚えてる。確か4月の記事よ。」


続けてあすみちゃん ー 辻宮彩純が私の手を握る。

彼女はわたしを喜ばそうとするとき、手を握るんだ。9年前と変わってない。


なんで?もしかしてみんな、週間テトラの、

わたしの記事…ずっと読んでたの?


「私はライターとかマスコミとか、大衆伝達の類いは大嫌いだったんだけど。音季の記事は好き。」


お京 ー 京坂千鶴もわたしの背中を擦ってくれる。

月光のような強くて優しい眼光がわたしの意識を吸い込む。


なんだ。ずっと見られてたんだ。

タイムカプセルの中で、見ててくれたんだ。

自分の脈拍を忘れた心臓が、少しだけ落ち着いた。 


狂乱していたわたしの脳みそが【岬ばあは死んでしまった】という変わらぬ事実と、【できることなら、もう一度会いたい】という叶わぬ思いを交互にぶつけてくる。


「お葬式ってもう終わっちゃったのかなぁ」


藁をも掴む思いでわたしは呟く。



「亡くなったのが一昨日なら、昨日がお通夜で今日が葬式と火葬だと思う。」


お京が教えてくれる。

あぁ。大人になるって、たぶんこういうことだ。

教養があるってことだ。


 

頭の中で日本地図を広げて、高知まで線を引く。


「岬ばあのお葬式 場所が高知県…

ここから、愛知からはどれくらいかな」


「車で10時間近くかかると思う。ときちゃん、残念だけど、流石にもう間に合わないよ。」


どうやらテレポーテーションでもできない限り、どう頑張っても、最期に岬ばあに挨拶に行くことは叶わなそうだった。


あぁ。駄目だった。

今になって、ぐぢゅぐぢゅとした泥のような感情が加速する。


岬ばあが死んでしまった。

もう、会えないんだ。

お話もお別れもお礼も

まだまだ話したいこと、たくさんあるのに。

あの優しい笑顔、もう一度見たかったな。


じんわりと視界が涙で揺らぐ。

そのとき、


「んー、いや、間に合うかもしれないよ。」


シャッターに貼られた張り紙を見つめたまま、ジェットがつぶやいた。


「ここから空港までタクシーで約25分。そこからすぐに高知空港まで飛べば、なんとか火葬する前には間に合うかもしれない。」


駄菓子屋の店先に沈黙が走る。

男という生き物特有の習性だ。

いきなり根拠もないデカいことを大真面目に言ったりする。


「でもさ、空港からすぐ飛べば、って簡単に言うけど、そんな都合よく愛知から高知へ直通便が飛んでるの?」


「もちろん、旅客機は無理だ。そもそもこの時間には直通便は無いし、チケットとって搭乗手続きやら保安検査するだけでも1時間近くはロスするね。」


「じゃあどうやって?ジェットくん、自家用ヘリでも持ってるわけ?」


「自家用ヘリは勿論持ってないんだけどね。

忘れちゃった?昼に飛ぶ貨物輸送機。」


ジリジリと照りつける太陽の真下。

8月の大空にジェットが人差し指を立てた。


「ドリームリフターだよ。」




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