第27話 時間の繭(4)
堀味牧場の取材から4日が経った。
編集長と後輩の潮田は心配こそしてくれたものの、わたしへの同情1、お土産への関心9くらい。
お土産のコールド勝ちだ。
帰り際、村瀬さんにちゃっかり頂いたヨーグルトやチーズを「お前食わねぇの?」という顔で美味しそうに食べている。
あれからのわたしはもちろんあまり食欲も無く
豆腐とコーンフレークとコールスローを食べて生きていた。とても肉や魚を食べられる精神状態ではなかった。
しかし現在恥ずかしながら、4日目にして普通に肉が食べたくなってきた。贅沢な本能だ。
(よく考えたらコールスローにシーチキン入ってた)
久しぶりの豚肉。こま切れをタレで焼いただけなのにどうしてこんなにもご飯に合うのか。
世界平和の味がする。
足並み揃わぬ協調性に欠けた我々人類も見習うべきではないのか。
そんなことを思いながら、命の味を今日も頂く。
明日はいよいよ9年ぶりにみんなに会う日。
なんとなく、いつもより早めに部屋を暗くした。
9年ぶりにみんなに会える。
理由は、わたしが会いたくなったから。
まさか、会える日が来ると思わなかった。
ちゃんと生きてて、よかった。
※※※※
待ち合わせは駅の四番北口に9時。
自販機会社の社長と待ち合わせた場所だ。
忘れた人は♭2を参照してほしい。
8分オーバー。友達との待ちあわせなので、わたし的にはぎりぎりセーフ。
「ときちゃん!!!!」
遅れて到着するなり、駅北口に響く辻宮彩純の声。
「ちょっと辻宮氏、急に叫ばないでよ。僕まで失聴しちゃうよ」
「音季!」
駆け寄ってくる三宮和弘、京坂千鶴の懐かしい声。
なんだ。みんなわたしと同じ。
あんまり変わってないもんだ。
急にどうした、心配した、なんでも言って、
久しぶりね、変わらないね、なにかあったの、、
往復ビンタのごとく連射される懐かしさと面持ちで胸がいっぱいになる。
ほんとに、また会えた。
「ごめんね。すっごい落ち込むことがあって。
急に会いたくなっちゃって夜。寂しくて。勢いで。
呼んじゃった。ごめんね。わたしの負け。」
わたしの言葉に3人は顔を見合わせて息をついた。
あまりにもわかりやすい表情の変化にわたしは笑ってしまう。
3人はまた、口々に喋りだす。
「ほんとに心配したんだから!」
「ね?言ったろ?僕の思った通り。」
「こら2人とも。音季、落ち込んでるんだから。優しく。音季、私たちでよければ話、聞くからね。」
9年という月日がまるで嘘のように、そこには確かにあの頃と同じ、わたしたち4人がいた。
「あのさ、わたし、行きつけの駄菓子屋さんがあるんだ。そこでお菓子買い込んでさ、わたしの家でゆっくり思い出話に花を咲かせようよ。ね?昨日から楽しみでさ。」
わたしは指揮者のように3人を両手で制する。
「ねぇ私も!話したいことた〜くさんあるの!」
「まさか鮫川氏、僕らへのおもてなしを駄菓子で済ませる気じゃないだろうね」
「ほんとにあの頃みたいでなんか嬉しい。ね。」
懐かしい声に頬を緩ませ
3人の先頭をわたしは歩く。
本音を黙っている罪悪感は少しある。
9年の歳月を経て、タイムカプセルは開けられた。
まぁ、わたしが無理言ってこじ開けてしまったんだけど。
ほんとに、大人になったんだ。わたしたち。
ほんとに大人になったんだ。わたし。
※※※※
交差点の角を曲がると、もみじやが見えてきた。
いつも土曜日は開いてるはずなのにシャッターが閉まっている。
「今日は休みかな」
わたしが言い終わる前に、3人とも、
いや、4人とも異変を察していた。
シャッターの前に置かれたたくさんの花束。
そこに5~6人の小学生が、学校で育てたのであろうアサガオの鉢植えと向日葵の花を並べていた。
いつか駄菓子屋に満点のテストを見せに来た子たちだ。あの後もお店で何度か会うことがあった。
胸がざわつく。
「音季、あの花束って、」
お京が言い終わる前にわたしは駆け出した。
シャッターの前で手を合わせる小学生達が
わたしに気づいて、更に悲しそうな顔になる。
言わないで。お願いだから、何も言わないで。
思ってることが、本当になってしまう気がする。
1番背の小さな男の子がよれよれのTシャツの首元をたくし上げて涙と鼻水を拭く。
グシャグシャの顔で、わたしを見上げる。
「岬ばあ、おととい死んじゃったの。」
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