第26話 時間の繭(3)

「あ!ジェットくん、久しぶり〜。太った?」


「あのねぇ、辻宮氏。9年ぶりに会って第一声がそれはないんじゃないの?結構気にしてるんだよ。最新の補聴器って心の声は聴こえないわけ?」


「ときちゃん、まだ来てないの? 早く会いたいね。」


「ねぇ、君補聴器電源入ってる?無視?

しかしほんと、集合かけたリーダーが遅刻するってどうなってんのこれ?」


「おふたりさん久しぶり。三宮君、太ったんじゃない?」


「あのねぇ。京坂氏までそういう事言うわけ?これは9年の歳月に正比例して成長しただけでしょ。」


「あ、お京!!相変わらずお嬢様〜って感じ!久しぶり!あ、それとおめでとうね!!」


「あ、そうだよ京阪氏、おめでとう。」


「ありがとね。その話は追々。音季、まだ来てないの?何かあったんじゃないかって。私、それが心配で。」


「あと1年だったのに、急に集合かけるなんて、ときちゃん、やっぱり何かあったんだよ。」


「いや、案外取り越し苦労だったりするかもよ。ほんと突拍子もないこと、急に言うから鮫川氏はさ。」




※※※※


「私たち、タイムカプセルになろう」


中学卒業の間際、私は3人を集めて話をした。

タイムカプセルにならないといけない。

私は、みんなとお別れしないといけない。

始めから、わかってたはずなのに。


「中学卒業したら10年間、連絡を断つの。

で10年後に感動の再会。ね、どう?」


辻宮彩純、三宮和弘、京坂千鶴の3人は

事の顛末が読み込めず、キョトンとしていた。



「どう?って言われても…、別にわざわざ疎遠になる必要無いんじゃない?どうしたの?急に。」


そうだよね。

別にそんなことしなくていいと私も思う。

計画が狂ってる。私の計画が。


私は顔を曇らせないように、続ける。


「みんなばらばらの高校に行くわけだしさ、10年後にどんな大人になってるか、お披露目するの。それがタイムカプセル。ねぇ面白そうじゃない?」


「私はやだな。ときちゃんにもみんなにも、会えないのは嫌。」


「10年後ってことは25歳?流石にみんな就職はしてると思うけど、鮫川氏それ本気で言ってるの?」


「え?あぁ…、うん。本気。」


ポケットの中を、当てもなくまさぐる。


「まぁ確かに今が居心地がいいのはあるけど。

いつまでもこの4人で一緒にいたら、見聞は広がらないからってこと?」


「そう!それ!そうだよ。さっすがお京!」


「音季はいいこと考えた!が全部口に出るから。」


表情を読まれないように、ほっぺに力を入れて

明るい声を出した。

目が泳がないように気をつける。


「でもね、もし、ほんとにど〜しても。死にたくなるくらい辛かったりとか。助けが必要になったときは例外。その時はすぐに駆けつけること。

ただし、10年以内に集合をかけた人は"負け"。

他の3人にこれ以上ない程の"おもてなし"をすること。どう?面白そうでしょ。」


「誕生日も祝っちゃ駄目なの?成人式は?」


「タイムカプセル、か。相変わらず発想がぶっ飛んでるなぁ。鮫川氏は。」


「10年って長いよ。誰かが音信不通になってたりしないかしら。」


心臓がバウンドする。

3人の反応を見る。

もうひと押しだ。

もう少しで、永遠にお別れだ。


「大丈夫だよ。大丈夫。あのね、

私達4人とも、"変わり者"で、友達も少ないけど。

あすみちゃんも、ジェットも、お京も

すっごく優しい人だから。

どんだけ辛いことや悲しいことがあってもきっと優しいまんま。変わったりしないから。

だから10年後もみんな大丈夫。

じゃあ決定ね。私たちは卒業したら10年間、タイムカプセル。」


全然理由になってないような気がしたけど、私の提案に3人はどこか仕方なく了承したような面持ちで、お互いの出方を伺っていた。


私は漢字帳を破り、一番上のマスの真ん中に

【せいやく書!】と書いて、今決めた壮大なタイムカプセルごっこのルールを書き殴った。




「えぇ〜…ほんとにやるの…?ねぇ、ときちゃん、私、大丈夫かなぁ。」


「先に言っとくけど僕、10年後にはパイロットになってる予定だから。女子たちも頑張って。」


「三宮君みたいに好きなものが明確にあると、こういう時強いね。」


「いやいや、この中で一番ハイスペックなのは京坂氏だから。大臣とかになってたりして。」


「ねぇ、私、ちゃんと大人になってるかなぁ。」




私が作ったお手製の誓約書に4人で順番に名前を書いた。

大切な友達と、予想もできない未来を約束する。


中学の卒業式の日に私が原本、3人はコピーをそれぞれ手に持ち、我々4人は10年後の再会を誓って"タイムカプセル"となった。


別れを惜しみ、10年後のことを話す3人とは対象的に

もう再会の日のことを知っているかのように

私はこう告げた。


「あ、そうだ。無いとは思うけど、10年以内に集合かける場合はこう連絡すること。」


ストレンジテトラ、集合要請です、 って。




忘れもしない卒業式のあの日。

桜の花びらは既に散って、地面で踏まれて汚れていた。

「10年後、また会おうね。今日までありがとう。」

一人一人手を握って、別れを告げた。



もう二度と会えないであろう3人を見送った後、

校舎の影に隠れて、呆然と立ち尽くす。

嘘つきめ。さっさと死んでしまえ。


15歳の3月。

ごめんなさいを何度も繰り返した。




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